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あまのじゃくで行こう 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 やっぱりこの暑い時期は、草花も元気がなくなりがちね。

 普段なら水のやりすぎって良くないんだけど、こんなに早く地面が乾いちゃう日中とか、いったいどれほど撒いたらいいのか、見当つかない。それに私たちの活動限界も近いし……。

 ふう、いったん日陰で休憩しましょうか。


 はい、麦茶。ちょっとぬるめにしておいたわよ。お腹がびっくりするかもしれないから。

 今さっき、水をあげた花たちも、最初に浴びたものと最後に浴びたもので、だいぶ水温が違ったかもね。

 同じ人が同じ道具を使って、同じ手間をかけながら育てているのに、同じように育ってくれるとは限らない。その隠された理由を知ることができるのは、すべてを天から見下ろすことのできる、神様のみ。

 私たちは定石とかマニュアルを作って、できる限り被害なく進めようとするけど、結果が失敗に終わる時でさえ、神様が何も言ってくれないのはなぜかしらね。人の嘆く姿さえも、神様には歴史のスパイスのひとつに過ぎない、のかなあ。

 そうだとしたら悲しいことだけど、私たちは目に見えるものでしか、判断できない存在。その解釈に、常に人生のはかりが揺れ動いている。

 涼みついでに、ひとつ不思議な話でも聞いてみないかしら?

 

 学校の裏の畑と言えば、野菜を育てて収穫することで、教育の一環として役立てることがほとんどよね。

 庭にはクラスごとの境界を示す、プラカードが地面に刺さっていてさ、耕した土が尾っぽのようにながく伸びて、盛られていなかった? あの中にクラスメートごとに、それぞれ植物の種を埋められたりしてさ、成長を競い合ったりしたもんよ。地域によっては、プランターで同じようなことをするようね。

 こういう比べっこって、自分がクラスの中での多数派、もしくは良い意味で突き抜けている派だと、気持ちよささえ覚えることもあるわ。その分、負け組となると一気に居心地が悪くなるわよね〜。表立って責められるようなことがなくっても、自分も周りと同じようになりたいと、強く思うことがあるでしょ?

 

 その子の場合も同じだった。どの作物だったか忘れたけれど、普通ならポットまきをするところを、直に畑に撒いて育てることになったんだっけなあ。

 すでにみんなのキュウリは本葉を三、四枚も備えている時期だったのに対し、彼のものはいまだに双葉のまま。育て方だってみんなと遜色ないはずなのに、どうしてか理由が分からなかった。

 みんなと同じようなことをして、同じように結果が出ること。「個」だ、「独自性」だと謳っても、心の中に巣くう、仲間と群れたいという願望は、ふとした拍子に首をもたげてくるものね。

 彼は来る日も来る日も、水やりを忘れず、自分が担当する双葉を見守り続けたわ。

 その甲斐あってか、彼の双葉はじょじょに姿を変え始めたけれど、様子は少し変だったわ。双葉が大きくなったというよりも、その茎に当たる部分が、ひょろひょろと伸び始めたの。そのうえ、他のみんなが双葉だった時と比べても、茎の太さは数倍にも及んだ。

 この特異な成長は、望んだのとは別の意味でみんなの注目を集めたわ。先生方も多かれ少なかれ興味を持って、彼の双葉を観察したそうね。

 当初の、注目されることに飢えていた彼は、少しの間は心地よさを覚えていたみたい。

 

 けれども、それが不安に変わるのに、さほど時間はかからなかった。

 太さを増していく茎からは、やがて毛が生え始めたの。それは枝と呼ぶには、あまりにか細いものだったけれど、何本も姿を現してくるその様は、人間のすねなどに生えてくるそれにそっくりだったらしいわ。

 他のみんなのどの茎にも、同じような傾向は見られない。クラスメートからの好奇の目はますます強まるけれど、その子自身は、仲間外れの成長を遂げていくその芽のことを、少し怖く思うようになってきたの。

 先生方も、同じような心持ちだったみたい。異常な成長が見られるようになって数日後。クラス担任から、あの双葉を取り除いても構わないか、という旨の問いかけが、やんわりと彼にされたらしいわ。

 彼自身も複雑な思いだっただけに、提案を了承。みんなが帰ってしまった放課後に、その育った双葉が抜かれることになったの。だけど、そうは問屋が卸さなかった。

 先生が軍手をはめて根っこをつかんだのだけど、すぐにうめいて手を離してしまったの。軍手越しに赤い血がにじんでいる。

 茎に生えている毛は、想像以上に強かったの。軍手の生地をくぐり、先生の手を刺してしまうほどに。


「これは毛なんてものじゃない。トゲか、もっとやばいものかも知れない。ちょっと明日に伸ばしても構わないかな。道具を準備したい」


 戦略的撤退を告げる先生。彼もそれにつられて畑を離れていったけど、途中で振り返った時に、先ほど先生に掴まれた茎全体が、風もないのにぶるぶると震えているのを見たそうよ。


 翌日。彼が登校した時、学校の庭の方が騒がしいことに気がついたわ。

 向かってみると、自分の双葉がますます大きくなるのみならず、昨日、先生の手を傷つけた「毛」たちが猛烈に伸びて、クラス全体の盛り土に突き刺さっていたの。

 最初に見つけたというやじ馬の一部に聞くと、時間をおいて何度か、茎全体が震えるとのこと。あたかも呼吸をしているようなんですって。

 ざわついていると、昨日の先生が姿を現したの。その手にした得物をひと目見て、思わずみんなは鳥肌を立てつつ、道を開けざるを得なかったわ。

 先生が手にしていたのは、太枝切りばさみ。三メートルを超える異様。豪快に分かれた二股の柄。そして挟まれれば腕どころか、首さえも切り取られてしまいそうな、巨大なハサミが先端に取り付けられている、年代物だった。

 昨日の件は、よほど先生のプライドを傷つけてしまったらしい、と彼自身も息を呑んだわ。周りのみんなも迫力に押されて、誰も先生に声をかけることはしなかったらしいの。

 

 先生は射程に入ると、無法者の茎目掛けて、はさみを広げながら一気に肉薄。その鋭い刃で胴体を押さえることに成功したわ。そのまま切り絶つのか、とみんなは固唾をのんで見守ったけれど、事態は思わぬ方向に。

 茎は切れなかったの。二股の柄がぷるぷると震えているし、先生も顔を赤くしている。相当の力が込められているのが、感じ取れたわ。だけど刃は、茎の半分ほどに食い込んだままびくともしない。

 ひとしきり力を込めた後、先生は作戦を変更したわ。食い込んだ刃の部分を手掛かりにして、今度は無理やり上へと引っ張ったの。文字通り、土から引っこ抜いて、根絶やしにしようという魂胆と見えたわ。

 周囲の土にうずもれていた、茎から伸びた毛たちが、次々と引き抜かれている。その時、「ブチブチ」と、踏ん張り及ばずもぎ取られていく、彼らの悲鳴が伴っていたの。

 信じがたかった。彼らはあくまで茎から生えた毛に過ぎないはず。土に潜ってしまったとしても、根っこでもない限り、抵抗するすべなど彼らは持つことができないだろうに……。

 

 そこで双葉の持ち主である彼は、少し怖い想像をしてしまったわ。

 もしも、あの土から顔を出した双葉が、初めから双葉でなかったとしたら。実はあの太い茎も毛も、本当は作物が持つ「根っこ」そのものだったとしたら……。

 私たちの多くが、根っこは土に埋まるものだと思っているはず。それがまったく逆で、空に向かって根っこを生やすものがあったとしたら……。

 答えは、さほど時間を置かずにもたらされたわ。

 先生の力によって、周囲の土を巻き込みながら地上に引きずり出されたそれは、逆さに咲いたチューリップのような花をつけていたの。

 暗く、重たく、風も光も満足に届かないであろう場所。天に向かって伸びる、双葉の正反対の位置。地面の奥深くで。

 

 掘り出された、逆さに生えるチューリップ、極太の白い茎とつながり、花弁をもっとも重さのかかる地中深くへ目掛けて広げたその姿に、先生自身も含めた多くの人があっけに取られたわ。

 そして空中へと召し出された、逆さまの花弁の中から、もぞもぞと黒い物体が「這い下りて」くる。

 敷き詰められた、黒い蜂たちだった。彼らはゆっくりゆっくり、赤いチューリップの中から外へ、その色を覆い隠すほどに、花弁の外側へと集まった時、一斉におもいおもいの方向へと飛び立っていったの。

 虫が苦手な子たちはパニック状態になり、収拾がつかなくなって、誰もその蜂たちの行方を、まともに見届けることはできなかったらしいわ。

 

 掘り出された、根を張る逆さまのチューリップは、他のそれと同じように花壇の片隅に、「本来の姿勢」で植えられたけど、やはり慣れない姿勢は毒だったのかしら。

 数日程度で枯れてしまい、球根の類も一切見つからないまま終わってしまったらしいの。



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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白かったです! あまのじゃくって、人の意見とは反対のことばかりで、ひねくれ者の印象があります。 でも、なかには気を引きたいとか、何かの裏返しなのかとか、色々な気持ちも隠されているの…
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