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腕の咲く森

作者: 愛犬家

暗めの童話風の物語を書いてみたかったので書きました。

読む前に前に米津玄師さんの「vivi」のmvを見ていただくと、登場人物の見た目が想像し易いと思います。作者の中での登場人物はまさにあの通りです。

ある森の中に変わった妖精がおりました。

その妖精は卵に顔を描いて手足を生やしたような姿をしており、いつも森の中の倒木に腰掛けてあたりをぼんやりと見つめています。

何があってもそこを動くことはありませんが、唯一人間が近くを通るとのそのそと動き出します。人間は妖精を見て驚き、逃げ出そうとしますが、ほとんどの人間が足元にあるものに足を取られて転んでしまいます。

妖精は緩慢な動きで人間に覆いかぶさり、首をぐいぐいと締め上げます。「ぐえっ」と潰されたカエルのような声を出すものもあれば何も言わず顔を紫色にし、赤い泡を吹くものもあります。妖精はそれが面白くて人間を襲うわけではありません。妖精の目的は人間たちの腕なのです。

妖精は人間たちの腕が大好きです。

食べるわけではありません。あたりの土に生けるのです。妖精は毎日それを見ています。しかし妖精はあまり嬉しそうではありません。妖精が人間を襲い始めるきっかけとなったのはずっと前のある出来事です。


ある日妖精がいつものように倒木に腰掛けてあたりを眺めていると、人間の少女がにこやかに話しかけてきました。妖精は人間には何度かあったことがありましたが、話しかけられたのは初めてでした。妖精はどうしたものかと思いました。というのも、妖精は人間の言葉がわからなかったし、そもそも妖精には言葉というものがなかったからです。

妖精にとって口とは、鼻とは別にある呼吸器官であって音を発する為のものではないのです。口で意思を伝えることのできない妖精は、かぶりを振りました。言葉が理解できないということを伝えたかったのです。

少女はそれを見て、納得したように頷きました。少女が何に納得したのかは妖精にはわかりませんでしたが、少女が自分を指差し、妖精を指差し、妖精の手を握ってきたので、なんとか妖精の言わんとすることが伝わったようだと安心しました。少女の腕は白く、細く、とても綺麗でした。


その日から少女は度々妖精の元に訪れました。毎日何をするでもなく時間を過ごしている妖精の手を引いて、森の中にある、景色の綺麗な場所を歩いてまわりました。妖精は初めて見る景色に目を丸くし、少女はそれを見て幸せそうに笑いました。それを見て妖精も幸せになりました。

そんな毎日を過ごして10年程経ちました。少女はすっかり大きくなり、身長も妖精より随分高くなりました。その日も少女は妖精の元に訪れましたが、いつもと様子が違いました。妖精を見るなり、両手を合わせました。

それが何かに対して謝る時の動作だということは長い間つきあってきてわかっていました。その後少女は暫くここに来られないということを伝えました。妖精は残念に思いましたが、少女にも都合があるのだと自分を納得させました。その日はいつもより長く少女と遊びました。別れ際少女は再度両手を合わせました。妖精は気にしないでと伝え、少女が見えなくなるまで手を振りました。


少女が次に妖精の元に訪れたのは4年後でした。少女からは以前会った時よりも幾分落ち着いた雰囲気を感じました。久しぶりの再会に妖精は嬉しくなりました。少女も喜んでいるようでした。その日は大雨でしたが気持ちは晴れやかでした。4年ぶりに握る少女の手は相変わらず白く細く綺麗でした。妖精は、これから見る景色に胸を躍らせていました。

しかしその景色を見ることはとうとう叶いませんでした。右手に壁、左手に急斜面という道で、少女が足を滑らせたのです。手は繋いでいたので引き寄せようとしましたが、雨に濡れておりつかみ損ねて滑ってしまい、少女はそのまま落ちていってしまいました。妖精は急いで迂回し、少女の落ちていったあたりを探しました。夜になるまで探し回ったところであるものを見つけました。それは地面から生えており、月の光を浴びて白く輝いていました。

それは紛れもなく少女の腕でした。妖精はそれを見て泣きました。長年一緒にいた少女が死んでしまった悲しみも多分にありましたが、それと同じくらいに、その腕の美しさに感動したからでもありました。それは今まで少女が見せてくれた景色とは比べ物にならないほど美しいものでした。それ以来妖精は毎日、少女の腕の咲く場所に足を運び、一晩中眺めていました。

しかし暫くすると腕は変色し始め、ついには枯れてしまいました。妖精はそれを見て残念に思いました。もう一度だけでいいからあの綺麗だった腕を見たいと思いました。そこで人間を襲い、土に生ける腕を手に入れる事を考えました。いつもは少女と出会う前と同じように過ごし、近くを通った人間だけを襲いました。始めて人間を襲い、腕を手に入れた妖精は早速それを土に生けてみました。しかしそれはあまり綺麗だと感じませんでした。

人間の腕ならばなんでもいいというわけではないようです。それから6年程、妖精は逃げていく人間を襲い続けましたが、満足のいく腕に出会えずいました。そんなある日妖精がいつも通り倒木に腰掛けてぼんやりとあたりを眺めていると、後ろから声をかけられました。人間の声だとわかりました。振り返ると笑顔を見せる女の子がいました。なんだか懐かしく感じました。何故かと考えてすぐに気づきました。その女の子がどことなくあの少女に似ているのです。不思議とこの女の子を襲う気にはなれませんでした。黙っている妖精に少女はなおも話しかけます。相変わらず人間の言葉を理解できない妖精はかぶりを振りました。女の子はそれを見て、納得したように頷きました。そして自分を指差し、妖精を指差し、妖精の手を握ってきました。そこで妖精は、懐かしさがこみ上げ、同時に涙が溢れました。その時妖精は、自分が好きだったのは人間の腕ではなく、あの少女だったのだと気づきました。その場に崩れる妖精を女の子は心配そうに見つめていました。女の子はいつまでたっても泣き止まない妖精の手を取り、立ち上がらせました。そして手を握ったまま歩き始めました。妖精は尚も泣いていましたが、口元は幾分ほころんでいました。


それ以来妖精は人を襲わなくなりました。



前書きの通り、この作品は童話風の物語を書いてみたいという思いつきから生まれました。元々、登場人物は米津さんの「vivi」に出てくるあの2名と決めていました。ただ、内容は最初漠然と思い描いていたものとはかけ離れたものになりました。当初の予定では、viviの歌詞にある「明日になればバイバイしなくちゃいけない僕だ」に準えて、1日経過するごとに、記憶が消えてしまう少女と孤独な妖精との切ない物語という小川洋子さん著の博士の愛した数式の様な内容にしようかと考えていました。しかし、乙一さんの書くような、暗めの童話を書いてみたいと思っていたというのが半分、自分の文章力では、「忘れられてしまう切なさ」を表現しきれないと思ったのが半分あり、急遽「大切な人が死んでしまう悲しさ」というわかり易い題材に逃げる運びとなりました。



設定


妖精/

森に住む。何も話さない。何も食べない。死なない。感情はある。

口から手が出る、国旗も出る。


少女/

森の近くの街に住む。笑顔が素敵。

妖精と会った時点では10〜13歳。20〜23の時に結婚。享年24〜27。


女の子/

森の近くの街に住む。笑顔が素敵。

妖精と会った時点では8歳くらい。

少女の子供。

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