君とデートに行きたいから。
「あっ」
再会はいたって突然だった。糀が思わず声を出してしまったのは心の用意がなかったからなのか、心が弾んだからなのか。
いや、その両方かもしれない。
だって、そこには山吹色の髪のあのコがいたのだから。
そのコはTシャツに伸縮性の高いパンツを合わせた格好。つまり・・・。
「おはようございます」
「あっおはようございます」
いろいろ考えていると先に挨拶をされてしまった。
もちろん、これは誰にでもする普通の挨拶。
「あのコ可愛いよね~」
「うわぁ、びっくりした」
「背中隙だらけよ」
「いや、いきなり声かけるから」
後ろからそう言って声を掛けてきたのは立科梓だった。
「そんなことより、あのコ知り合い?」
ニタニタとした顔で詰め寄ってくる。
「知り合いと言えば、そうだし、初対面といえばそう、みたいな」
こちらは覚えていても向こうが覚えているとは限らない。
「でも、糀は覚えてるんでしょ?」
「ま、まぁ」
「んじゃあ、初対面じゃないじゃん」
「そうだけど、向こうが覚えてないのに知り合い感だしたら、嫌がられないか?」
「そこを上手くもってかなきゃ!」
「うん、私もそう思う」
「俺もそれに清き一票」
高木恋と野田だ。
「お前らいつの間に」
「背中隙だらけよ」
「背中隙だらけだぞ」
「そっからいたのね」
冒頭からとかいうレベルじゃなくて、最初の最初じゃないか。
山吹色のコに魂抜かれてて、気配を感じなかったのだろうか。
「それより、今日って合同レッスンだな」
「うん、そうだけど、急にどした?」
野田の唐突な発言に何も分かってない振りをしたが、当然意識するに決まっている。
「んにゃ、別に深い意味はない」
深い意味はないときに、人は深い意味はないとは言わない。
「あー、そっかさっきのコのクラスと合同なのね」
恋がある意味ベストなタイミングで気づいた。
「いまの俺の小芝居を返せーーー!」
「?」
「此花、コイちゃん分かってない」
けらけらと笑いながら、梓は二人を交互に見ながら言った。
「あー、またコイって言ったぁ!」
「え、いーじゃん、コイちゃんって可愛いし!」
「可愛いくないよー、勘違いした何かみたいだもん」
「えー何かバカっぽくて可愛いじゃん!」
「あーやっぱりバカにしてるー!」
「・・・」
ガールズトークに華が咲き始めた。
「此花、何かすまん」
演技たっぷりの野田の謝罪が絶妙でおもしろい。
「楽しいーから、いいよ」
「だな。ははは」
男は男で笑い合い、奇妙な四人組はレッスン室に入って行った。
レッスンの30分前、つまり、午後クラスは13時30分からウォーミングアップをするのが声優科のルールだ。
「あーーー」
低い声がレッスン室の半分に響く。
それを奇妙な目で見てくるのは合同レッスンの相手クラス、そう、山吹色の髪のコがいるクラスだ。
「むこうのクラスはウォーミングアップやり方違うのか?」
「そうみたいだな」
野田も同じ事を考えていたのか。
「それはそうと、お前こんなチャンス滅多にないんじゃないか」
「え?」
「いや、あのコに話しかけるチャンスだよ」
「お前まで、そんなこと言ってるのかよ」
「いや、別にガールズトークしようってんじゃねぇよ」
野田はしっかりしろと言わんばかりの態度で続けた。
「気になるコを指加えて見てるだけで、女の子が寄ってくるわけないだろーが」
「そりゃあ、まぁ」
一理ある。というかド正論だ。
「見た目がすげぇー恵まれて生まれた訳でもないなら、男から行かねぇーと」
「・・・」
「とりあえず、今日のミッションは仲良くなることだな」
「・・・だな」
「覚悟決まったか。なら、玉砕してこい!!!」
「うるせぇー」
こいつ良いこと言うなと思ったら、これだよ。
「おはよう」
「おはよう」
「あのさ、もし良かったら、」
「はい?」
「舞浜のテーマパーク一緒に行こうよ」
「・・・え?」
「此花ぁぁぁ、お前はバカかぁぁぁ!?」
「いや、だって仲良くなれって」
「だからって、いきなりテーマパーク誘うやつがあるか!!!???」
「1日一緒にいれば仲良くなれるかと・・・」
「・・・ハァ」
野田はもう知らんと言った表情だ。
「ねぇ、どうして私とテーマパーク行きたいの?」
「それは、君と一緒に行きたいと思ったから」
理由になってない理由だと分かりながらも答えてしまう。
「ふーん。」
「あ、もしいきなりテーマパークが重かったら、食事とかでも・・・」
「・・・・・・。」
「あ、もしいきなり食事が重かったら、カフェとかでも・・・」
「・・・。」
「あーーー!野田どうしよう!?玉砕したくないよぉーーー」
「そこまでお前の恋愛スキル低いとは俺も思わなんだ」
野田はそういうと白いタオルを投げた。
「あー、勝手に降参するなよ」
でも、これは野田の言うとおり、玉砕かと糀は半ば覚悟を決めた。
「ふふふ、ははは」
「?」
「・・・いちごパフェ」
「えっ?」
「百文屋の特製いちごパフェ食べたいかな」
「あ、えっと。つまり、」
これは、OKということでは?
「じゃあ、そこに行こう。ありがとう!」
「うん、分かった」
東京来てよかったー。
「あ、でもやっぱり君の好きな店でいいよ」
連れてってもらうのに、自分の行きたい店にってのは悪いしと、彼女は付け加えた。
「あー、そしたら、百文屋行きたいかな」
「えっ、いいの?」
「いやなに、ちょーど、ほんとに、すっごく偶然なんだけど、俺も百文屋行ってみたかったんだよねー」
「ほんとにぃ?」
笑いながら聞いてくるとこも可愛い。
「ほんと!ほんと!」
「ふーん。じゃあ、百文屋ってどんなお店か知ってる?」
「うーんと、それはこれから調べる」
「ははは」
何だか、よく分からないが、デートできることになった高揚感に糀は満たされながら、電話番号とメアドを交換した。
そして、糀はまた感じた。
どうして、楽しそうに笑っているのに、山吹色の髪のこのコは、笑顔にどこか違和感があるのだろうと。