友達の始まり
金曜日のオリエンテーション、そして土日と昨日のランジェリーを挟んで今日は火曜日、本格的にレッスン開始日だ。
午前の講義を終え、午後のレッスンを迎える。
「おはようごさいます」
「おはようごさいます」
「おはようごさいます」
学生同士で挨拶を交わす。
人見知り通しだったり、バイトみたいな挨拶だったりと、今考えれは初々しく
たどたどしい。
「おはようごさいます」
「「「おはようございます、よろしくお願いいたします」」」
講師の挨拶の後、クラス全員で、返すのがこの学院のルールだ。
これは青本講師から、オリエンテーションで言われたことであり、あの場の空気の影響もあって、みな声が出ていた。
「とりあえず、座ろうか」
「失礼します」
これもみな同時に声を出して言う。
「挨拶はこの調子で続けていくように」
「「「はい」」」
返事だけは軍隊のような統一感、返事だけは。
「今日はレッスン前に行うウォーミングアップについての説明とやり方を行う」
「まず、レッスン開始の30分前にレッスン室に入り、集合する」
「まずは、おヘソの下指2本分のところ、これを丹田というが、そこを意識しながら、肩幅に足を開く」
「そして、自分の一番低い、腹に響く声で、『あー』と発生しながら、30回その場でジャンプを繰り返す」
「では、やってみよう」
ーーーすっ
立ち上がる衣擦れの音と共にクラスの全員・・・ではなく、糀を含めた半数が立ち上がった。
立ち上がったメンバーからは、立ち上がらなかった半数へ『頼むよ』という視線を向けた。
ーすっ
ーーすっ
ーーーすっ
はっとして、すぐに立った人、立つために自分の周りに置いてある筆記用具やタオルを端に避けてから立つ人、単純に動作が遅い人。
「ーふん。今すぐに立ち上がらなかった奴らは立ってするウォーミングアップを座ってやるつもりだったのか?」
即座に立ち上がったメンバーの醸し出す空気を楽しんでいるかのように青本は笑いを含みながら静かに言い放った。
「こういうとき、腰が重いやつ、つまりフットワークが悪い奴は、俺なら一緒に仕事したくないね」
立ち上がったことに小さな優越感を得る人、失敗したと反省する人、青本講師の苦言の意味を理解できない人、反応は様々だ。
「では、始める、よーい」
「はじめ」
その後、レッスン室にあーという低い声が響いた。
その後、ストレッチを中心とした身体のほぐし運動を行った。
「これでウォーミングアップは終わりだ。ちなみに、俺の教えたやり方は俺が学んできたやり方だ。だから他の講師は違うことを言うかもしれない」
学生の頭上に「?マーク」が浮かぶ。
「この業界全般に言えることだが、先輩はそれぞれ違うこと言う。どれも正解で、どれも不正解だ。そりゃそうだよな?役者の世界で正解があれば、苦労はしない」
青本先生があえて、やさぐれた言い方をしたのでクラスのメンバーが初めてレッスンで微笑んだ。
「だから、言われたことは全て一旦吸収して、いらないものは吐き出す。そして自分のオリジナルを作ることが大事だろうな。」
「「はい!」」
「では、これで今日の講義を終わる」
「・・・」
「・・・」
レッスン室全体が一泊の間を置いた。
「お疲れ様でした」
「「お疲れ様でした。ありがとうございました」」
レッスン終わりの挨拶を終え、青本先生はレッスン室を後にした。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
背中に向けて各々が挨拶を行い、レッスン室の緊張が緩む。
動いたからか、顔が真っ赤になってる女の子、汗だくな男。そして、なんか臭い人。
このレッスン後の雰囲気をこれからも経験して行くんだろうなと感じていた。
「顔赤いけど、大丈夫?」
糀は隣で息を上げている女の子に思わず声をかけた。
「うん、ありがとう。私、動くとすぐ顔赤くなるんだ」
その女の子は黒のショートカットで小柄な素朴だけど、どこか愛らしいそんな感じのコだ。
「そうなんだ。熱気もすごいしね」
「そうそう」
「コイちゃん、一緒にかえろっ!」
「そ、その名前で呼ばないで」
そういって、近づいてきたのは落ち着いたトーンの茶色で染められたロングヘアーの女の子だった。
以前からの知り合いなのだろうか、ショートカットの女の子に親しげだ。
「コイって名前なの?」
「ち、違うよ。私はレンだよ、レ・ン!」
「でも、初恋の恋って書いてレンって読むんだよ。だから、」
「なるほど、それでコイちゃんか」
「ちょっと、広めないで~」
「そんなこと言ってると、コイちゃん、また顔赤くなっちゃうぞぉー」
「う~」
「とりあえず、ふたりともこれからよらしく。えっと、恋ちゃんと・・・」
「私は、立科梓よろしくね!」
「私は、高木恋。よろしく!」
「んで。君は?」
梓は昔からの知り合いのような雰囲気があった。
「俺は此花糀よろしく」
「お、なになに?自己紹介してる?俺も混ぜてくれよ」
その一言で周囲の男子も会話に混ざってきた。
「俺は野田、よろしく!」
その後も千夏や数人のクラスメートが自己紹介していった。
何だかんだで腐れ縁の始まりとはこういうものだ。
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「実際そうだしねー」
梓は野田を見ながら、言った。
「だな」
素っ気なく、しかし親しみを込めて大野は答えた。
「そういえば、コイちゃん?」
「あーその呼び方懐かしい‼」
「だね。俺も恋ちゃんのこと、久しぶりにそう呼んだわ」
「そうだね、ふふ。」
何を言おうとしたというよりも、ただそう呼びたかっただけといったところだろうか、他愛のない話をしていく。
始発もまだ来ない。それに、まだ帰りたい人もいない。
空の色は相変わらず、夜のまま、朝にはもう少し時間が要りそうだ。