寂しさと忘れた者
人として、寂しさを忘れる人はいる
長年実家暮らしとしていれば、もう忘れていく寂しさということに
「おはよう」の挨拶もしなくなれば、他人すら「おはよう」もそれほど言わない
「なんだ、あいつ、まだ実家暮らしかよ」
と思われてしまうのか、家から出られない立場だったり
「まだ、あいつ、あんな生活している」と思われてしまう
だが、世の中というのは、人か変わっていこうと、自分たちというのは、それほどの変化となく、生活としている
人は
「俺が得としていればいいだ」
「私のほうが得していればいいだ」
としか、考えていない鬼だらけだ
寂しさと忘れた者は、みんな
「あっそっ」
と思えてきたり
「勝手してれば?」
と思えてきたりする人などがもう、寂しさも忘れた者であり
「俺は、自分の生きやすい方向に生きていくから」
「私は自由に生きたいから、天使のように」と思えてくる男女が多いだろう
もういい年ぐらいで、寂しさと忘れた者なら
人なら、なんだか腹が立ってくると妄言で
「バカ、バカ、アホんだらぁ」と浮かぶ時も起きたり
急にラインやTwitterで、連絡ときて
「もう、あなたの味方は1人もいません」と連絡がくる人はいないだろうか?
案外、いい年ともなれぱ、1人ぼっちがなんだか気持ちがいい
部屋で留守番としているほうが気持ち落ち着くもんだ、いい年ともなれば
1人し~んとしていると
「モックンをのっとったぞ!今日から俺がモックンだ!」と妄言が浮かんでくる
「私だけのものだから、モックンは」とも妄言が浮かんでくる
日曜日なのに騒がしいな、し~んの朝早くはどうなったんだろう?
私も寂しさを忘れた1人であり、引きこもりの1人
家にまだ、ついている石油ストーブに笑われているようにも思えてくる私
なつかしいよなぁ、子供の頃
「俺たちヒョウキン属」と見て、笑っていたあの幼き頃の自分が
ストーブに
「ファッハッハ、お前には、だ~れも味方も仲間もいないだ!モックン、もうみんな、忘れただとさ」と言われているような私だった
カーっカーっカーっと烏が鳴いている
ワゥワッワッワゥと家の近所の飼い犬が吠えだした
「俺て、烏や犬より、価値なし存在?」と思えてきて
そんな立場側でも、寂しさと忘れている私
あることが浮かんできた
漫画やアニメの「パーマン」
パータッチと行動力が上がる行為とあるがあれは、手でも足でも出来るだなぁと
足なら誰かオナラとすることは、ないだろうか?と
パー子は何番目だったか?と
パーマンの存在キャラクターパー子の正体は、星野スミレちゃん
もし、正体が星野スミレちゃんじゃなかったら、どんなキャラクターが選ばれたんだろうか?
こんなくだらない、考えていても、何こいつ?と思われることを考えている、寂しさと忘れた私だった
寂しさを忘れた者というより、あまり感じれない私であった
あなたをお宝にしていますなどの選ばれた者側としている、されていることもある私なので、まだ、子供みたいな考えでいる私
子供の頃に、もう数人などのお宝になっていたこともある、モテモテくんだった私だから
ブラック校則時代ののび太くんやミツオ君側にいた私だから
実はモテモテくんだったらしい
だから、ブラック校則時代育ちには、あなたをお宝にしていますの選ばれた者だから
だから、それほど寂しさにはなれているのもあり、孤独的でもあり、仲間外れということにもなれていたから、私は
のび太くんやミツオ君は、仲間外れ、孤独的、学校でのダメ人間
私もそうゆう者だったから、義務教育時代の子供の頃は
のび太くんは、ダメ人間で甘えん坊だが、特技はあった
ミツオくんは、ダメ人間でも、その隠された姿とは、パーマン1号
私のこと、モックンは、ダメ人間のごみ人間
どこかで
「モックンは、寂しくない、私がいるから」と言ってくれる人でもいたらなぁ、思ってくれる人でもいたらなぁと考えている私だった




