夜、銀貨、血葡萄のワイン
夜のお話です。
宿屋 <血葡萄亭>
この世界の調理技術は現実世界と大差ないようだった。
目の前に置かれたサケのムニエル、野菜のポタージュ、パンを見ながら考える。
ムニエルやポタージュといった調理法だけでなく、サケといった魚やこのポタージュに入っているにんじんやジャガイモがこの世界にも存在しているということに驚いた。
この世界で動植物が進化していく中で、自分たちの世界と同じ進化を辿っていった種族も少なくないだろうと考えると幾分か安心できる気がした。
「そういえば、どうやらお前は特別な体質を持っているようだ、さすが勇者って感じだな。」
ザットがサケのムニエルを頬張りながら話す。
「えっ、僕が?」
「ん? なんだ、気づいてないのか?」
突然そんなことを言われても分からない。俺に特異な体質? せいぜいすこしやせ形だということぐらいしか体に特徴は無いと思うが。
「ちょっといいか。」
そういってザットが俺の肩に手を置いた。
「…やっぱりだ、バルバス。」
「不思議なこともあるもんだ。」
二人で顔を見合わせている。いったい何なんだろうか。せっかく安心してきていたのにまた不安になる。
「よし、少し試してみるか。」
バルバスが立ち上がる。
「おい、バルバス、何を…。」
ザットの問いかけを適当にいなして、すこし空気を吸うとバルバスが叫んだ。
「この血葡萄亭にお集まりの皆さん! 少しゲームを致しませんか? ルールは簡単! この連れの少年に光を使ってけがを負わせることが出来たら皆さんの勝ちです!」
なんだって… 少年ってことは…
俺のことか!?
「銀貨10枚で30秒挑戦できます! 見事けがを負わせることができたならば、ここにいる皆さんにこの血葡萄亭での最高級品である、ブラッドグレープワインの40年物を皆さんに3杯、いえ5杯ずつおごりましょう! さぁさ、腕に自信のある方からどうぞどうぞ!」
「おい、バルバス! もしそれでこいつが傷ついたらどうする!」
光、ってあれだよな。 バルバスが盗賊に放った、魔法のこと。
あれでたしかその盗賊は死んでいた気がするんだが…
「バルバスさん… それって俺、死んじゃうんじゃ…。」
「ははは、大丈夫だよ。 それに、今更この雰囲気を止められないよ。」
宿屋の中は熱狂に溢れていた。
屈強な大男たちがにやにやと笑いながらこちらに歩いてくる。
椅子に座ったままの者たちも大男たちに「ぶっとばしてやれ!」「頼んだぞ!」と声援を送っている。
宿屋の店主に関してはカウンターの下から樽を取り出していた。血葡萄酒、3414と書いてある。
どうも俺がぶっ飛ばされる前提で話が動いているようだ。
これはまずい…これはまずいぞ…。
バルバスが大男から10枚の硬貨を受け取った。
ザットはそれを見てから、諦めた顔をしてこっちを見た。
まじかよ…
「それじゃあ、外でやりましょう!」
バルバスが言い、参加客たちもそれに続く。
「…ザットさん、駄目、ですかね…。」
「…こんだけ多くの奴をまきこんでしまった。今更中止にしたら変な何癖をつけられちまうかもしれない。しかも詐欺って感じで衛兵を呼ばれちまうこともあるかもな…。 どっちにしろ…」
どっちにしろ、無事ではすまない。
俺にもそれは分かった。
つまりこの状況は、逃げられないということだった。
力なく扉を開けて外に出る。
もう日は完全に落ちてしまったようだ。
しかし完全に暗いということはなく、周りの店から漏れる光が通りを照らし、綺麗に闇を晴らしていた。
その光景を見て、すこし元気が出た気がするのはなぜだろうか。
「まずは、俺からだな。」
低い声で話しかけられる。驚いて振り返ると、男がにやにやしながら手を前に突き出していた。
「さあ、それでは始めてください!」
「見てろよてめえら! うめえ酒を今に飲ましてやる!」
えっ、今始めって言ったか。
待ってくれ、まだ心の準備が。
男の手が輝きの破片を集めていく。きらきらとした輝きの破片は手の中で混じり合い、大きくなり、輝きを強くしている。バルバスのようにそれが炎のように形を変えることはなかったが、それでもバチバチと音を立てながら大きくなっていく輝きはそれだけでも恐ろしいという感情を俺に生み出させた。
「はぁーーーーーっ!!!」
不意に叫ばれる。 いったい、何を。
男はまるでピッチャーのように投球フォームを取ると、そのままその輝きの球を俺目がけまっすぐに、投げ飛ばすように放った。
高速で近づく輝きからは、熱さも、冷たさも感じなかった。感じたのは純粋な“圧力”。
そしてそれが俺の体を押しつぶそうと。
「ちょっと待っ――――――――― 」
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「ブラッドグレープワインの40年物を頼む、そう、全部銀貨で支払う、3杯だ。」
店主は肩をすぼめて樽に穴を開ける。
ジョッキを3つ取り出すと、それぞれに赤いワインを注ぎ始めた。
「…つまり、俺は“光”が通じない体質ってことですか?」
「ああそうだ。」
真っ白に染まる視界、聞こえる爆発音、俺は吹き飛んでしまったのかと思った。
しかし、足は地面についたままだったし、それどころか、身体のどこも痛みを感じはしなかった。
男は驚き、さらに俺に輝きをぶつけるも、まるで風が当たったかのような感覚しか感じることはなかった。
そしてそれは金を払う男たちの分続き、俺はこうして無事だし、大量の銀貨が手元に残った。
「お前、盗賊たちに襲われたときに、変な感じはしなかったか?」
そういえば、確かに。
「はい…、視界が金色に染まって… でも、それだけです。」
「そうなんだろうな、実はあの時、盗賊の一人がお前に向かって雷撃変化をさせた光を撃ったんだ。お前はそれに直撃したが、どこもけがをしていなかったんでおかしいとは思ったんだ。」
「なるほど…」
しかしこれはいいことなのかもしれない。この“光”が当たり前にあり、それが攻撃手段として浸透している世界にとって、光にとっては最強といえる防御力を手に入れることができたのだ。
「シュン、“光”を使うことはできるかい?」
バルバスがジョッキにで出されたワインを飲みながら言う。
「ええと、僕にも使えるんですか?」
光を使う、それはすなわち、俺もあの魔法を撃つことが出来ると言うことだ。
撃ちたい、全国の子どもたちが漫画のエネルギー波を練習するように、異能力が使えると言うことは男のあこがれでもあるはずである。
「分からないけど… まず“光”がいったい何なのか、知ってるかい?」
「んと、暗闇を照らす?」
「まぁ、そうだね。 でもそれは、“光”自身の持つ“力”によるものなんだ。“光”は様々な“力”に姿を変えることができる。それは熱、だったり純粋な力、だったりね。」
「ははぁ…」
科学の授業でやったエネルギーについてを思い出す。…いや、そんな思い出せなかった。質量保存がどうとかってやった気がするが… もっと勉強しておくべきだったか。
「そしてその“光”を俺たちにくれるのが2つの太陽、“ガル”と“ゴル”だ。 2つの太陽が出ている間、俺たちは“光”を存分に使うことが出来る。」
「え、でもさっき夜だったのに光を使ってましたよね。」
「そう、“光”は貯めることが出来るんだ、自分の身体にね。夜は“光”を得ることが出来ないから昼間のうちに浴びていた“光”、身体の中に残っているのを使わないといけない。 …もし身体の中にある光を全部使い切ってしまうと、もう太陽が出るまでは光を使うことはできない。」
「そうなんですか…」
「でも君の場合、今日は“光”を使ってないよね? だから身体の中にまだ残っているはずだ。使うことが出来るかもしれない。」
「本当ですか!」
「ああ、手のひらを出してごらん。」
手を前に出す。
「そして、イメージするんだ。光を集める、ということを。」
光を使う、か。
俺にも出来るかな、もしかしたら、“光”を使ってこの世界で無双できるかもしれない、なんてったって神に選ばれたんだ。
よし、やってやる… やってやるぞ…!
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