襲い来る暴食
青い空が闇をはらみ、暗く、暗くなっていく。
高い木々は二つの太陽の残り陽を完全に防ぎ、夜がこの森に覆いかぶさってきた。
「うおお!初めて見るぜ!」
「ただのカワイイお魚さんじゃなかったのね! ねぇーバルバス! あとどれくらい!?」
「分からん!俺も見るのは初めてだ…!」
三人は小躍りしている。
確かに、こんなに丸い池を見るのは初めてだけど、ただの魚に何でそんなに驚いているんだろう。
何か、珍しいものなのだろうか。
シーラカンスみたいな。
「この魚…金月魚、でしたっけ?どういうものなんです?」
思わず訪ねてしまう。
ザットが金月魚から目を離さずに応えてくれた。
「こいつはな、今日みたいな満月の日に…」
りん。
周りから聞こえていた虫の声が、急に途絶えた。
気にも留めていなかった虫たちの四重奏が終わると、辺りの静寂がより一層聞こえてきた。
「え?」
不穏、ギャップ。
自然の中に不意に現れる穴。
あまりにも溶け合っていない、不自然な状況。
「おい。」
「ああ。」
この世界で生き残っていた3人は、こういったことには慣れているらしい。
先ほどまで、目を離さなかった水面に背を向け、それぞれそれぞれの死角をじっと見ている。
その手にはそれぞれの武器が握られていた。
「…!」
変わり切った三人の顔つきを見て、自分も慌てて腰の鞘からナイフを取り出す。
しっかりと右手に握り、辺りを見渡す。
「いた、まっすぐ。」
言葉を発したのはナディアだ。
ザットが素早くナディアの目線の先に向き直る。
バルバスが池の水をすくい、焚火に水を叩きつける。
キャンプは、深い闇に包まれた。
「見えた、こっちに来ている。」
パキリ、パキリと枝の折れる軽い音が聞こえる。
深い闇に眼も慣れてきた。
月からの木漏れ日が、こちらにくるモノの正体をちらりと見せた。
「ヴァリアだ!」
赤ん坊を膨らませたようなフォルムを汚い灰色の肌。
4メートルはあるその巨体が、のしのしと一直線にこちらに向かっている。
大きな頭には、目や鼻や耳はなく、歯茎のむき出しになった口が大きく開いている。
異形
それが、ヴァリアと呼ばれたそいつに対してでてきた言葉だった。
ぶるふ、ぶるふ。
おぞましい口から、恐ろしい吐息が漏れている。
鈍く輝く歯の隙間から、唾液が数滴垂れている。
「くるぞ!」
ザットの一声で正気に戻る。
改めてその巨体に対峙して、俺は最善の選択を下した。
「退きます!」
ヴァリアに背を向けず、三人の誰よりも後ろに下がる。
「いい判断だ!」
バルバスがこちらを見ずに誉めてくれた。
「ザット!来るわ!」
「おう!」
がふっ、がふっ。
不快な息遣いをしながら、ヴァリアがザットに手を伸ばす。
ザットは深く構えて、ショートソードを下に構える。
「ぅおらぁっ!!」
その手に握られる直前に、ショートソードを振り上げる。
ヴァリアの左手の小指、薬指が宙に浮く。
勢いは止められなかったのか、残り3本の指にザットが握られる。
「ザットさん!」
「大丈夫だ!1本でも指を落とせば、握力は格段に落ちる!こんくらいの力じゃケガもしねえぜ!」
しかし身動きは取れていないようだ。
突然、ヴァリアの身体が後ろ方向に崩れる。
見ると、バルバスが右足に組み付き、足首にダガーをめった刺しにしていた。
「腱をやった!ナディア!」
「もちろん!」
ヴァリアの後頭部が地面に叩きつけられ、ザットが手から投げ出される。
ヴァリアが起き上がる体制になるよりも早く、ナディアがその頭に手を触れた。
「うえぇ、気持ち悪い…」
頭とナディアの掌の隙間から光が溢れる。
真っすぐに進む輝きは膨らみはじめ、質量をもち、対象を潰し始める。
瞬間、炸裂し、ヴァリアの顔がはじけ飛んだ。
うおっ、うぼっ、がぼっ。
えぐれた顔面から無数の気泡が沸き上がり、嫌な声が内側が聞こえてくる。
「やったぞザット!」
「分かった!」
投げ出されていたザットが、倒れこんでじたばたと暴れているヴァリアの胸の上に飛び乗る。
「心臓を抉り取って終わりだ!」
ギラリと光るショートソードを振り上げ、胸の上に振り下ろそうとする。
しかしそれは、無事だった奴の右手に阻まれた。
寝返りを打つと同時に振られる右腕に、ザットは軽く吹き飛ばされる。
「ザット!?」
ナディアが吹き飛んだザットを目で追う。
そのせいか注意が逸れてしまったのだろう、立ち上がったヴァリアの拳を受け、言葉を発する余裕もなく岩場に転がる。
「まずいっ!」
バルバスが声を上げる。
さっき腱は切れていたのではなかったのか、なんで立ててるんだ!?
見ると、左手の指と損傷を受けた腱から気泡が泡立ち元の形に戻ってきている。
「いつもより再生が早い!特別な個体か!?」
ヴァリアは今度は右手でバルバスを掴もうとする。
バルバスはダガーを構えなおし、ザットがやったように指を落とすよう、振り上げた。
しかし刀身の短いダガーでは威力が足りず、小指の中ほどで刃が止まってしまった。
「っ!!」
ヴァリアはその手を閉じ、バルバスをしっかりと握りしめ、岩に向かって投げ飛ばした。
バルバスは受け身こそとったものの、ダメージを負ってすぐには動けないようだ。
3人が一時的に戦闘不能となり、残るは…
「う…!」
俺はもういちどナイフを握りなおした。




