好奇心は勇者をも殺す
「はー、やっとサントアキッドに着いたわね。」
「ヴァリアに追いかけられたおかげで、早くつけたのかも…」
「ふん、そう考えるとあいつらも人類の天敵ってだけじゃないのかもね。」
「でも私は怖いけどなぁ…」
「それより早くあいつらを探すわよ!あたしたちより早く出発してたんだからもう着いてるはずだわ、見つからなかったら隠れてると思ってさらに探すのよ!」
「ちょっとくらい休みたいなぁって私は思うんだけど…」
「だめだめ!使命をしっかり果たしてから休めばいいの!それまではぱっぱと動くわよ!」
「うう…」
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少し太陽が傾いてきただろうか、昼間には雲がすこしばかりはあったが、気づいたら無くなっていた。
ナディアが旅の仲間に加わり、少し狭くなった鞍の上で俺は景色をボーっと眺めていた。
「あ、そうだ。私このあたりのすっごく綺麗なとこ知ってるよ。」
ナディアがふとそんなことを話した。
「へえ、どんなとこなんだ?」
ラッキーの手綱を握っていたザットが尋ねる。
さっきまで握っていたバルバスとは交代し、バルバスは操縦席の後ろで眠っていた。
「んーとね、川?なんだけどね、すごく綺麗なの。穴場ってきっとああいう所を指す言葉だと思うな。」
「へえ、川なら水補給のためにすこし寄り道してもいいな。どこにあるんだ?街道から逸れるのか?」
「まあ、ちょっこしね、ちょっこし。」
綺麗な川、か。あっちの世界にいたときはあんまり意識したことはなかったな。
実家近くの川も、かなり下流の方で透明度はない方だった。
俺の思い描く綺麗な川は、自然番組の中だけのものだった。
「俺も行ってみたいです。」
そんな言葉を出す。
好奇心が出てきたのだ。
「お、シュンが乗り気なのは珍しいな。よし、行ってみるか。」
「じゃ、私に手綱貸してね!」
「…ちゃんと街道に戻れるんだろうな。」
「だいじょーぶだいじょーぶ!」
ザットとナディアが場所を交換し、ナディアが手綱を握る。
「おーラッキー久しぶり!やっぱりちょっと大きくなったよね!ここから見ると実感できるなー!」
ナディアがラッキーを撫でると、ラッキーも喜んでいるのかぶるりと身を震わせた。
「今からお姉さんが素敵なところに連れて行ってあげるからね!はいしゅっぱーつ!」
手綱を大きく振るうと、ラッキーも足を大きく踏み出した。
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「そういえば、このべラトルモスってよく手綱だけで動かせますね、やっぱりそういう訓練を積むんですか?」
近場の森にナディアはラッキーを入れさせた。
道のような、道じゃないような草木と草木の間のスペースを彼女はすいすいと操縦していった。
聞いたことのない鳥や動物の鳴き声、茂みの向こうで何かが歩いている音がしていたが、動揺しない仲間たちを見るとそれが普通のことなのだろう。
俺はザットに頭にぼんやりと浮かんだ質問を投げかける。
「ん?何…ってそういやそっちの世界にべラトルモスはいないんだったな。」
手遊びをしていたザットが応えてくれた。
そして、手はそのままに顎だけで操縦席の方を指した。
「手綱をよく見てみな。」
言われるがままに手綱を見る。
何だ、何か手綱に細工でもしているのだろうか。
「…なにか細工でもあるんですか?」
「もっとじっくり見てみな。」
…じっくり、といったって見た感じただの手綱だが…
細い糸で編みこまれた、綱をそのまま頭につけただけのように思える。
その細い糸にはそれぞれに細かな毛が生えているようだ、この糸自体も荒いが頑丈な素材なのだろうか。
と、その糸の一本が不意にだらんと垂れ下がった。
「あ。」
ほどけてしまったのだろうかと考えた。
しかし、その垂れ下がった糸はなにやらぴくぴくと動いているように見える。
「…?」
考えすぎか?揺れは全然感じられないが、細かな揺れが糸を動かしているのだろうか?
そして動いている糸は、ゆっくりと起き上がり…
「……!?」
自ら、糸の集合である綱の中に組み込まれていった。
「な…」
「見えたか?」
ザットが少し笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「な、なんなんですか、アレ…」
「ん、分んないか。やっぱ珍しいのか。」
「ねー、さっきから何の話してるの?」
操縦席のナディアも会話に参加してきた。
「いや、シュンがべラトルモス種の手綱の正体が知りたいんだと。」
「? …知らないの?これこの子の神経だよ。」
「シンケー…?」
「そ。」
「えっなんですかそれは…。」
「神経知らない?人体が刺激を感じるのに必要な…」
「いやそういうことじゃなくて…」
「人が乗るためのべラトルモスは甲殻の一部を削り、脳神経の一部を露出させている。それに刺激を与えることで、命令を出すってわけだ。」
ええ…
なんか、かわいそうとかいうレベルを通り越してドン引きなんだが…
「そ、それって色々大丈夫なんですか?」
「べラトルモスの生命力はすごいぞ、この神経だって切断するには鋸を使わないといけないって話だ。ラッキーにそんなことはしないけどな。」
「しないんだってー、よかったねラッキー!」
そういってナディアが神経の手綱の一部をぐいと掴む。
するとラッキーはその身を大きく震わせた。
「ラッキーも喜んでる!」
…それって喜ばせてるだけじゃあないのか…?
これでいいのか…?なんかやばいんじゃないのか…!?
この世界との倫理観違いにもやもやしていると、急に草木に囲まれていた視界が開けた。
「ついたー!ここだよここ!あーよかった道合ってて。」
「おい、不完全な記憶でこんな森の中に入ろうとしたのかよ…」
「いやーいいじゃん最終的に着けたんだからさ!」
「お前なぁ…」
うっそうとした木々の中に、突如できている開けたスペース。
台風の目のようなその場所には、ほぼ真円といってもいいような池が佇んでいた。
ほんとに、ほんとに綺麗な円の池だ。
「池じゃねえか、川って言ってなかったか?」
「いやー池なのか川なのかよくわかんないんだよねこの場合、この池の底らへんに水の通り道が一直線にあるんだよ。まるで川の真上に池ができたみたいにさ。」
「へえ、そんなこともあるもんなのか。」
「あるんじゃない?現にあるし。」
ラッキーから降りて、その池の近くに寄ってみる。
そして、また驚いた。
水がないのだ。
いや、確かに水は張っている。
しかし、この窪みに溜まっている水はそこに水があるということを感じさせない透明度をもっていた。
「魚がね、一匹だけ住んでいるの。ヌシっていうか地主だね。手ェ叩くと寄ってくるよ。」
そういいながらナディアがぱんぱんと手をたたく。
視界の端が、ゆらりと動いたと感じた途端、ようやくそれが魚であると認識できた。
2mはあるだろうかという巨体を悠々と使い、こちらに泳いでくる。
波も、水紋も立てずに静かに泳いでくる。
この透明な水の中をそう泳いで来られると、まるで魚が空中を泳いできているような、そんな幻想的な風景になった。
「うお、見たことねえ魚だ、でけえ。」
ザットも驚いているようだ。
真っ黒だが、一本だけ金色の線が体の横に通っている。
ひとつひとつの鱗がしっかりと見えるそのシルエットは、図鑑でみたピラルクーを彷彿とさせた。
宙を気持ちよさそうに漂うそいつは、西日を受けて金色の線を光らせていた。




