日々は同じく
ふと雪の匂いを乗せた風に頬を撫でられ、目が覚めた。
小さな圧迫感を感じ、視線を落とすと、自分の胸部に包帯がぐるぐる巻きにされていた。この雑な処理はザットのだな、と確信し、視線を身体ごと起こす。
「あ、バルバスさん。 大丈夫ですか? 起きたってこと、ザットさんに伝えてきますね。」
「ん、おう。」
隣に、シュンが座っていた。
どうやら、俺の目が醒めるのをまっていたらしい。
もう少し何か言いたかったが、胸にずきりと内側から痛みを覚え、それをやめた。
「あいたたた… 無理、しすぎたか。 肋骨を何本かやったんだろうな。」
辺りを見渡す。
ザットの家だ、ええと、何があったんだっけか。
少しずつ思い出す。
そうだ、エヴィラの司祭を名乗って悪さをしていた男を、エヴィラ自身が倒して、それで… そうだ、その時から記憶がない。
多分その時から倒れていたんだろう。
何をしようと腕を組むと、ドアがノックされた。
「はいはい、いますよ。 家主はいないけどね。」
きしむ音と共にドアが開き、よく知った顔が現れた。
「えと…えと、エヴィラの使いの者です。怪我をしている方がいらっしゃったら、治癒いたしますが……わ。」
向こうも俺に気付いたらしい。
聖堂が崩れる時に、俺がその身を庇った少女だった。
名前は確か、ウユ、って呼ばれてたか。
互いに顔を見あって無言になる。
…なんでこんな気まずい雰囲気になってるんだ。
「あ、わ、えと、怪我、なさってますよね…?」
「ああ、悪いが、頼む。」
彼女は俺の寝ているベッドに腰掛ける。
「かっ、患部に効果的に治癒できるよう、う、上着を脱がせますね。」
「ん、悪いな。」
手慣れてない感じで俺が羽織っている上着を脱がせ、綺麗に畳んで傍に置いて、彼女は俺の身体を見た。
「わ…。」
多分、彼女は驚いたんだろう。
自慢じゃないが、俺の身体には多くの傷跡が刻まれている。
まぁ…苦い思い出のものが大半だな。
「ハハ、驚いたか? まぁ、怖いよな。」
「え、う、そ、そんなことないです!」
しまった、俺としたことが。
嫌なこと思い出して、卑屈になっちまった。
「ただ…とっても、強いんだな、って思って…」
強い? この俺が?
この女は俺の何を知ってるんだ。
この傷は、この傷は俺の弱さの表れだぞ。
「…この傷は俺が守れなかった数だけある傷だ。 俺は強くなんかないさ。」
「…じゃあ、もっと強いですね。」
「弱いさ。」
「いいえ、強いです。」
「何で?」
少し苛立ちを込めた声で彼女の方を向く。
彼女は、真っ直ぐに、俺を見ていた。
「そんなに傷ついても、それでも折れずに守ろうとしているじゃないですか。」
少女は続ける。
「それに…その、聖堂が崩れた時、わたしを守ってくれたじゃないですか。」
無意識に自分の胸を触る。
ズキリと骨が痛む。
俺は、この傷でこの子を守れたのか。
「折れないで、折れないで、それでもダメでも折れないで、守れるってとっても…その、強いと思います。」
どうやら俺は、自分自身を少し遠いところから見てしまっていたらしい。
「…そうだな。」
少女の顔をまた見る。
「自分に自信が持てたのは久しぶりだ、ありがとな。 お嬢ちゃん。」
「い、いえそんな…! ち、治癒を始めますね!」
彼女の手に輝きが集まる。
彼女はその掌を俺の胸に当てた。
エヴィラ信仰者には、エヴィラの加護が与えられる。
その力は、“治癒”
生と死を司る彼女の力を借り、傷付いた者を癒す。
それが外傷であろうと病気であろうと、である。
勿論、本人の光を要するが。
「…あなたに比べたら、わたしなんて全然ダメですよね。」
光が俺の胸部を包む。
痛みが和らぎ、随分と楽になる。
「ロザリアちゃんとかダンテさんとかにずっと頼ってばっかりで…」
輝きは更に俺の身体を癒している。
「昨日なんて、エヴィラ様の問題はわたしたちで解決しないといけないのに、わたし、全然役に立たなくてっ…!」
彼女の掌の輝きが乱れる。
ふと、俺の身体に冷たい粒が落ちる。
こいつ、俺を元気付けておきながら、自分も俺みたいに自信を無くしてるのか。
やれやれ。
小さく震えている頭、金色の髪を持った後頭部手を乗せる。
そしてそのまま、俺の胸に抱き寄せた。
「ひゃっ…!?」
彼女は驚き、ぱたぱたと手を動かしている。
俺はそれを気にせず少女に話した。
「何言ってんだよ、お前が弱いわけないだろう?」
「そ、そんなことないです。わたしなんて何も出来なくて…」
「さっきの俺みたいになってどうする? ん? お前は何も出来ないなんてことはないさ、現にさっき、俺を元気付けてくれたじゃないか。」
「そっ、それは別に…」
「自分に自信が無くて、自覚していないだけさ。 今だって、俺を治癒してくれてるじゃないか。 な? お前も強いんだ。」
大人しくなった少女に、最後に言いたいことが俺にはあった。
「だから笑え、俺は君に泣いて欲しくて助けたんじゃないぜ?」
元気付けてくれたお返しだぜ。
…ノリで抱きよせちまったけど、冷静に考えたらこれただの変質者じゃないか?
何してんだ俺、まずかったか。
ちらりと少女を見る。
さっきよりも多い涙を流していた。
「わっ! わっ! すまん! 今のは、つい、というかそのーなんだ! ええっと…」
「違うんです…」
「え?」
少女はぐいっと涙を拭った。
「わたし、他の人のこと気にしてばかりで、自分のこと、全然見てなくて。」
そしてこの子がこの家に入ってきた時と同じようにこちらを真っ直ぐに見つめると、
にこっと笑ってみせた。
「嬉しくて…!」
「…ハハ、いい笑顔だ! やっぱり君には涙は似合わないな、俺も嬉しいよ。 あぁ、そうだ、俺の名前はバルバスだ。」
「バルバスさん、ですね。 わたし、ウユって言います!」
「ウユちゃんか、よろしくな。」
「はい! よろしくお願いします! じゃあ、早速治癒をしますね!」
「え? チューしてくれるって?」
「え、な、ななな何いってるんですか! 何いってるんですか!」
「ハハ、冗談さ。」
・
・
・
「(出づらい…!)」
ザットさんにバルバスさんの覚醒を伝えに行く前に、水の一杯でも飲んでから行こうと思ったけど…
なんでこんなバルバスさんはいい雰囲気を作っちゃってるんだ…!
どうする…シュン…!
「(この扉を開けないとザットさんの所にはいけないし、でもこの扉を開けるとこの雰囲気絶対ぶち壊しちゃうし…!)」
俺はどうすればいいんだ…!
だめだ、俺にはどうすることもできない!
誰か…誰か俺が出られる状況を作ってくれ!
その時、家の扉が開き、また見知った顔の少女が現れた。
「ウユー? いるー? そっちの治癒終わ…」
ロザリアだった。
入ってくると同時に、ベッドの上の二人に視線が吸い寄せられたらしい。
半裸の男に抱きしめられている少女。
嫌々ではなく、ベッドの上。
事情を知らない人が見たら多分、ほぼ全ての人はその少女と同じ結論を出すだろう。
「あ、ああ、あんたたち、なん、何してんのよ…!?」
みるみるうちにロザリアの顔が朱色に染まっていく。
バルバスの腕の中の少女も、少しぽかんとした顔をしたと思うと、今自分の置かれている状況を冷静に見直したらしい。
耳まで真っ赤になり始めていた。
「あ、あわわわ、ろ、ロザリアちゃん! ちっ、違うの! わたし、ただの治癒をしようとしただけでっ!」
「ウユ! べべ、別に恋愛をするなとは言わないけど、その、いきなりそういうのは… は、早いと思うわ!」
「誤解だよぉ! ロザリアちゃん!」
ワイワイと騒がしくなってきた。
この騒ぎに乗じて逃げられないかな。
…あ。
窓が開いてた、ここから出られたな…
・
・
・
「…ごめんな、お前ら。」
小さな二人の目線に合わせるよう、俺は身体を屈めた。
「形はどうだったであれ、俺はお前らの母ちゃんをお前らから奪っちまったな…」
その兄妹の目は、俺の目をしっかりと捉えている。
「お前らの幸せを願ってるって、言ったのに、俺が奪っちまうんだもんな。」
二人の輪郭が歪む。
どうしても、言葉に出してしまったら、こらえきれなかった。
「ごめんな…ごめんな…! 許してくれなんて…言えねぇよな…!」
まだあの時の映像が頭の中にこびりついている。
こいつらの母ちゃんを刺した時の、こいつらの顔。
絶望と、恐怖で染まって、俺を軽蔑していたあの目。
守ると誓ったものを、守れなかった。
あいつも、こんな気持ちだったんだろうか。
「…ザットおじさん。」
いつもと変わらない声が、俺を呼ぶ。
ゆっくりと俺は、顔を上げた。
「ありがとう。」
…え?
今、なんて言ったんだ。
何で俺に、ありがとうなんて言うんだ。
「僕たち、一晩中考えたんだ。 でね、分かったんだよ。」
「あの時反省すべきだったのは、わたしたちの方なんだって。」
何で。
「僕たち、お母さんが戻ってきて、すごく嬉しかった。 この時間が永遠に続けばいいのに、って思ってた。」
「でもね、それは違ったの。 何があろうと、お母さんがもう死んじゃった、ってことは変わらない。 それをわたしたち、必死に誤魔化してた。」
「そして誤魔化してるうちに、お母さんの様子がおかしくなって、僕たちを襲い出した。」
「そこにザットおじさんがきて、お母さんを止めてくれた。 わたしたちを守ってくれた。」
「なのに僕たちは、奪われた、って思っちゃった。」
「もうお母さんは奪われることはなかったのに。」
「だから僕たち、ザットおじさんに謝りたい。」
「「ごめんなさい。」」
そういって二人は深々と頭を下げた。
馬鹿言うなよ。
なんでこいつらが謝るんだ。
悪いのは、俺だろ。
目頭に熱を感じる。
さっきまで2人が写っていた視界がぼんやりと歪む。
これ以上視界を歪ませないようにと、俺は2人をしっかりと抱きしめた。




