エヴィラの勇者
「ついたぞ、聖堂だ。」
激しい光を何度か放ち、襲いかかってくる人々を回避した俺たちは、昼に<奇跡>が行われた聖堂に足を運んだ。
「あの司祭に聞いてみるのが、一番早いだろうな。」
ザットが前に出る、その声には底知れない怒りが含まれていた。
ザットが聖堂の扉を蹴破り、中へと入る。
「エヴィラの司祭! 出てこい!」
ザットが声を荒げる。
しかしその声は、聖堂の中に響いて消えるだけだった。
すると、聖堂内のベンチの陰から誰かがゆっくりと歩いてきた。
あの人は確か… 司祭の隣にいた、ヴェローナって名前のエルフだったな。
手にナイフを持って、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
俺たちを攻撃しようとしているんだろうか?
「誰もいないようだな、奥の部屋を調べてみよう。」
バルバスが言う。
なんだって? 誰もいない?
ここにヴェローナが歩いてきているじゃないか。
この人に話は聞かないのか?
「バルバスさん、あの、ヴェローナって人に話を聞かないんですか?」
「ん、ああ、そうもしたいんだが、いないんじゃできないだろう。」
「いるじゃないですか、そこに。」
ヴェローナを指さす。
ヴェローナとバルバスは互いに驚いた後、少し固まった。
先に行動したのはバルバスだった。
「“透明化”だな!」
バルバスがヴェローナのいる方向に炎の球を生成し、撃つ。
ヴェローナはそれを、輝きの壁を作り出して、防いだ。
「見えた!」
いつのまにかザットがヴェローナの後ろに回っていた。
ヴェローナに手を当て、力を入れて、体勢を崩させたかとおもうと、一気にその身体を投げ飛ばした。
地面に叩きつけられたヴェローナをバルバスがおさえる。
「なかなか姑息な手を使うじゃないか!?」
「アキュラス様の邪魔はさせない!」
押さえられているヴェローナが叫び、彼女の体が輝きに包まれる。
「まずいっ!」
バルバスが押さえるのをやめ、こちらに飛び出す。
瞬間、ヴェローナを覆っていた輝きが爆発し、周りにあった聖堂のベンチを吹き飛ばした。
吹き飛んだベンチの欠片が顔に当たり、思わず顔を抑える。
顔を抑えるのをやめてみると、彼女は手を合わせ、輝きを集めていた。
「シュン、怖いとは思うが、あいつの攻撃を全部受け止めきれるか?」
ザットがひそりと耳打ちをしてくる。
「分かりました…、さっきの攻撃とかも全部…。」
「ああ、“光”だ、あれらは全部光の攻撃だ、つまりお前には効かない。」
戦闘に参加する。
それは自分の命をさらけ出すということだった。
もし何か間違いが起こって、俺の体質が急に消えてしまったらどうしよう。
輝きは俺を貫いて、俺の心臓がはじけてしまうのではないか。
恐怖、
頭の中をそれが支配する。
でも、俺はやらなきゃならないだろう。
これまで守ってもらってばっかりだったんだ。
勇者と呼ばれるなら、やってやらなきゃならない!
「やってみます…!」
「頼んだぞ! エシネジレンの知識の加護を!」
一歩、また一歩と前に踏み出す。
皆を守るために。
頭の中が真っ白だ、もしかしたら、という恐怖が俺を暗い世界に引きずり込もうとしている。
だめだ、歩け。
前に進め。
「まずはあなたからよ! 邪魔はさせない!」
彼女の手から青白い閃光が放たれる。
雷となって荒れ狂う閃光が、まっすぐに自分に向かう。
スローモーションとなってその光景が目に入ってきている。
目の前が白に染まる。
しかし、やはり俺は痛みどころか、微弱な風も感じることもなかった。
(やっぱり大丈夫だ…!)
ヴェローナは驚きの表情を見せる。
「なら…!」
再びヴェローナの手のひらの輝きが集まる。
それは輝きのまま凝縮され、光の粒になった。
彼女はそれを打ち出す。
「邪魔はさせない…!」
光の粒から感じたのは、ハルニアの酒場前で男から受けたような、
純粋な圧力、ただ、前回のよりも強く、重い。
しかしそれがぶつかっても、俺は何も感じることはなかった。
「どうしてっ!?」
ヴェローナは再度手を合わせる。
「…うっ!」
しかし、輝きが集まることはなかった。
「“光”が切れたな。」
そういえば前にバルバスが言っていたな。
光は昼間に体の中にため込むもので、夜間にすべて使い切ってしまうと、もう太陽が出るまでは光を使うことができない、と。
「“爆発”で随分と使ったみたいだな!」
ザットが走ってくる。
「うぅ…! まだっ…!」
ヴェローナが傍らに落ちているベンチの欠片を拾い、振り上げる。
ザットがヴェローナの前についた。
彼女は欠片を両手でがっちりと掴み、ザットに向けて振り下ろした。
ザットは剣を抜き、欠片を弾き飛ばすとそのままヴェローナを、肩からバッサリと、斜めに切り伏せた。
「アキュラス…さま…。」
ヴェローナが倒れる。
彼女から広がり始めた赤い血が、俺が抑え込んでいた恐怖を思い起こさせた。
「わっ…、ひっ!」
おもわず腰を抜かしてしまい、尻もちをつく。
「大丈夫か…シュン。」
ザットが手を伸ばしてくれた。
それに掴まって立ち上がる。
「あ、ありがとうござ…」
そこまで言いかけたとき、聖堂の奥の扉が開いた。
俺たちは開いた扉を向く。
するとそこには、昼間<奇跡>を起こした司祭がにこにこと笑いながら立っていた。
「ヴェローナ… 負けたか、残念だ。」
司祭、アキュラスが倒れているヴェローナの側に行く。
そして彼女の体に手をかざした。
一瞬、ヴェローナの体が輝いたかと思うと、切り傷がみるみるうちに塞がっていった。
「街をこんなことにした後でも、慈悲は持ってるんだな。」
バルバスが皮肉を言う。
「勘違いするな、ワタクシはエヴィラの司祭だ、人の命を助けるのが役目だ。」
「じゃあどうして街をこんなにした! 人々の命を奪うことをした!」
ザットが声を荒げて問いかける。
「それは、この世界を救うためだ、この街の人間には犠牲になってもらうほかないのだ。」
「…? どういうことだ!?」
そこまで言ったとき、聖堂の入口の扉が勢いよく開いた。
皆が振り返る。
「やっぱりここにいたわね! タコ坊主!」
「ロザリアちゃん、あの人も多分名前があるよ… あんまりそういうこと言うのはよくないんじゃないかなあって…。」
「戦士ギルドの者だ! この少女たちの報告を受けてきた! 司祭アキュラス! どうやらこの騒動の詳細を知っているようだな! おとなしく衛兵のもとへと来てもらおう! さもなくばこの場で切り伏せる!」
屈強な男が腰の剣を抜いて、歩み寄ってくる。
アキュラスはそれを見て、含み笑いをした。
「随分と人が集まったようだな、そんなにワタクシを止めたいか、世界を救わんとするこのワタクシを。」
アキュラスがその腕を上に掲げる。
「ワタクシはここで止められるわけにはいかない、全てはエヴィラの名のもとに!」
瞬間、彼の手のひらから黒い靄が噴き出す。
遺体の中に入り込み、魂を与えたときに使っていたものと同じ、黒い靄だ。
黒い靄は曲がりくねりながら天井へと昇っていき、
天井に着いた瞬間、爆散した。
「お前ら全員、卑しく潰れるがいい!」
聖堂の天井にヒビが入る。
ヒビの隙間に黒い靄が入り込み、さらにヒビを大きくしていく。
数秒もしないうちに、聖堂全体にヒビが入った。
「まずい! 頭を守れ!」
ザットが叫ぶ。
次の瞬間、聖堂は音を立てて崩れ始めていた。
大量に瓦礫が落ちてくる。
辺りで悲鳴が聞こえ始めた。
皆、大丈夫なのだろうか。
と、自分の上に大きな瓦礫が落ちてきているのに気づく。
それに気づいてから対処するにはあまりに遅く、そのまま俺の視界は黒に染まった。




