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真夏の吸血鬼  作者: 銀月
8/26

6.ブルジョワジー・ミカちゃん

「夏季休暇きたわー!」


 今年は順調に休めた。去年は結局取り損なって気づいたら消えてた夏季休暇が取れたのだ。嬉しさのあまりひたすら部屋でごろごろと転がっていたら、ミカちゃんがちょっと呆れた顔で私を覗き込んできた。

「……どこかへ出かけたりとかしなくていいんですか?」

「外は暑すぎるんだよねえ」

 日本の夏はとにかく暑すぎる。連日30度どころか35度越えとか頭がおかしくなりそうだ。こんなんじゃ、外に出る気がしない。出たらたぶん死ぬ。

「たしかに、日差しはともかく、暑さは相当きついですね……」

 ギラギラと真昼の日差しが照りつけている外をちょっと嫌そうに眺めてから、苦笑混じりのミカちゃんも呟いた。


「そういえば、ミカちゃんてずっと日本にいたわけじゃないんだよね。前にも来たことあるの?」

「ええ、それほど昔ではありませんが」

「へえ」

「そうですね、初めて来たのは第二次大戦後です。それより前は、こちらへの渡航は色々と面倒でしたので」

 意外に最近だったので、つい驚いてしまう。

「そうなんだ。もっと前に来たんだと思ってた」

「船で何日もかけて海を渡らないといけませんでしたから、ちょっとリスクが高かったのですよ」

「リスク?」

「万一バレた時の逃げ場がありませんし」

「あ、そっか」

 狭いとこにずっと一緒にいると、どうしても吸血鬼バレする危険は高くなるんだろう。何日も顔を合わせてれば、そりゃ違和感だって仕事をする。

 その点、飛行機なら長くても12時間くらいだし、その間寝てればうるさいこと言われないし、それほど他人を気にすることもない。

 うんうんと頷く私に、ミカちゃんは、そういえばと思い出したように続ける。

「同族の中には、新天地を目指して自分で船を仕立てて渡るものもおりましたね。ですが、私はそこまでするのは面倒で、ずっと大陸のほうに留まっていましたが」

 苦笑するミカちゃんに、私はぽかんと口を開ける。

「船を仕立ててって、船って、大きいよね」

「はい。三本マストの帆船だったと記憶しております」

「てことは船員さんもたくさんいるんだよね、たぶん」

「そうですねえ……大洋を渡るような船でしたら、一隻あたり、少なくとも数十人は必要なのではないでしょうか。それに、一隻だけではありませんでしたしね」

 あまり詳しくはありませんがと言いつつも、ことも無げに頷いてみせるミカちゃんにも呆然とする。

「それ全部雇って、お給料払わなきゃいけないんだよね。あと、海で寄り道とかもできないから食糧積んで……あ、水もか」

「ええ。ですから、かなり面倒なことになりますね」

「いや……面倒以前に専用船とかどんだけブルジョワなの……」

「そういう者は、交易品もずいぶん積んでいたようですし、そこで何か利益を出していたのでしょう」

 吸血鬼でも貿易するんだ、と妙なことに感心しながら、首を傾げて費用よりも面倒くささのほうが問題であるかのように言うミカちゃんに、ひょっとして金銭感覚が違うんじゃないかと考える。


 そういえば、映画だの何だのとでてくる吸血鬼って大抵貴族とか大金持ちとかじゃなかったっけ?


「ミカちゃんてもしかして貴族なの?」

「昔はそうでしたね」

「えっ」

「けれど、身分制度は無くなりましたし、今はただの平民ですよ」

「領地とか持ってたりするの? ミカちゃんて地主さん?」

 世が世なら殿様である身分の高いお方に、私はオカン業をさせてたのかと青くなる。不敬罪! 不敬罪すぎる私!! 水戸の副将軍におさんどんさせちゃったとかそういうこと?! 200年前なら切り捨て御免?!

 頭を抱えて悶える私を、ミカちゃんはくすっと笑う。

「いえ……領地などあっても先すぼまりかと思いましたので、1世紀ほど前にすべて金銭に変えてしまいましたよ」

「えっ」

「今はその金銭を信用できる者に預けて、信託や有価証券の形で運用を任せております」

「夢の、不就労収入……ミカちゃん本気でブルジョワなんだ……」

 財テクする吸血鬼。やはり、人外でも時代に乗らなきゃ生き残れないのか。

「バブルのころはよかったんですが、最近は不景気ですし、そうでもありませんよ」

「はあ」

 ミカちゃんパネエ。

「そこから毎月一定額を、ゆうちょ銀行に日本円で給金の形で入金していただいておりますから、私自身に必要なものはそこから出しております」

「給金」

「はい、一応こちらへは就労ビザで来日しておりますし、収入がなければ不審となりますからね」

 痛くもない腹を探られても困りますと笑うミカちゃんに、最近の吸血鬼ってすごいんだなあと思う。

 私なんかよりもずっといろいろ考えてるし、日本の制度やらなんやらにも詳しいんじゃないだろうか。

「っていうか、そんな会社があるの?」

「こういうことのために、有志で会社を興しております。税金対策も兼ねていますよ」

「税金対策」

 人外であっても税金対策とか、世の中って本気で世知辛いんだな。まあ、たしかに税務署は呆れるくらいがっつり持って行くからなあ。

「世の中便利になりましたからね。なかなか曖昧なところにふんわり潜むというのが、昔に比べて難しくなってしまいました。先進国住まいでいるなら、同族同士助け合わないと難しいのですよ」

「互助組合の会社なんだ」

「そのようなものです。中には経営などが趣味のものもおりますから、そういったものが会社を維持しているようです。私は出資のみの参加ですね」

「はあ」

 人外社会も世の中に適応していってるのか。いろいろ頑張っているんだなあ。あれだよね、年をとればとるほど新しいことに馴染むの大変だって婆ちゃんも言ってたし、たぶん婆ちゃんより長生きしてるようなミカちゃんとか、すごく大変だったんじゃないだろうか。特に、産業革命の後って世の中の仕組みとかわけがわからないくらい変わってるはずだし。

「ですからね、律子さん」

「へぁ?」

 つらつらと取り留めなく考えているところをミカちゃんに呼ばれて、私は変な返事をしてしまった。

 ミカちゃんが吹き出している。

「な、何、ミカちゃん」

「こちらの家賃ですとか光熱費ですとか、私も半分くらい楽に負担できますよ?」

「いや、それはミカちゃんが労働で払ってくれてるから問題ないよ。それに、ミカちゃんが来てからもさほど増えてるわけじゃないし」

「そうなんですか?」

 首を傾げるミカちゃんに、私は力いっぱい頷き返す。

「そ。むしろ私のほうが助かってるくらいだもん。お弁当のおかげでエンゲル係数も下がったし、体重も減ったし、やっぱ健康的な食生活って大事だなあって思った!」

 ぱん、とお腹を叩いてから、ふと私は「あ」と気になったことを尋ねる。

「もしかして、ミカちゃんはこのアパートだと住みづらい? 私はほとんど帰って寝るだけだし、私が借りられる家賃で駅から一番近くて部屋が広いところを選んだから、築年数もかなりのものだし……」

 とはいっても、同等の広さで築年数浅めで探すと家賃跳ね上がっちゃうしなあと腕を組んでうんうんと考え出す私に、またミカちゃんはくすっと笑う。

「大丈夫ですよ。それとも、律子さんはお引越しなさりたいんですか?」

「え? 私はここで十分かなあ。家賃もちょうどいいし広いし、それにこういうとこのほうがペトラちゃんも暮らしやすいでしょ?」

「律子さんは欲がありませんね」

 くすくすと笑いながら言われて、そうかなあと思う。けど、私だってもうちょっとお給料あがったら、もう少し壁の厚いとこに移りたくはあるんだけどな。

 そう言うと、ミカちゃんに「そういうところが欲がないと言うんですよ」と返された。

「私が半分家賃を持てば、もっと良いところに住めますよ? なんなら、私が家賃を負担しても構いませんしね」

「いやいや、それはなんか違うし。今だって、ミカちゃんにはいろいろやってもらって分不相応だなって思うのに、これ以上はただのたかりになっちゃうよ」

 私が至極当然と思っていることを述べると、ミカちゃんはまた首を傾げた。そんなに変なことを言ってるんだろうか。

「あの駄犬に聞かせてやりたいですね。

 律子さんのそういう謙虚で慎み深いところは美点かと思いますが、あなたの提供してくれる“栄養”にはそれだけの価値があるのですよ。ですから、あまり変に遠慮はなさらないでくださいね」

「いや、謙虚でも慎み深くもないよ全然。ミカちゃんこそ、昼間なのに私がいろいろこき使って悪いなーって思ってるんだよ。ほんとなら寝てる時間だよね。暗いことで」

 なんとなく申し訳ない気持ちになってちょっと上目遣いで見上げると、ミカちゃんはにっこりと微笑んだ。

「そんなことを気になさってたのですか。問題はありませんよ。昼寝をする時間も十分ありますし」

「昼寝できてるの?」

「はい。畳にゴロ寝というのは、なかなか乙なものですね」

「え」

 畳にゴロ寝。吸血鬼が畳にゴロ寝。いいのか、そんなんで。

「それで寝たことになるの?」

「はい」

 そういうものなんだ。

「ところで、夕飯ですが、何か食べたいものはありますか?」

 せっかくの休暇だから、希望のものを作りましょうとミカちゃんが言う。

「何がいいかなあ。暑いからさっぱりしたものがいいなあ……あ、冷麺とかどうだろう。こないだ買ってあったよね」

「はい、ありますよ。それでは冷麺にしましょうね」

「今日はミカちゃんも一緒に食べよう」

「はい、ではご相伴に預からせていただきますね」


 夕食まで、私は存分にごろごろだらだらを楽しんだ。

 ミカちゃん様様である。


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