雇い主のボス
そっとターゲットの背後に回る。気配、足音、息を殺して空気と一体になる。
首筋に狙いを定め、念入りに磨ぎ、丁寧に毒を仕込んだ刃を振り上げ突き刺す。
声をあげずに人であった物は崩れ、ドサリと音だけを出した。
刀についた血を懐紙で拭き取り鞘に納める。
雇い主から指定された宿に行きめんどくさいが、結果を報告しなければならない。
静かに身を翻し、雇い主の待つ宿へゆっくりと向かった。
「いらっしゃいませ、劉璃さまですね?」
「ああ」
女将がパタパタと駆け寄り、荷物を受け取ろうとするが、生憎人に荷物を持たせたくない。
持ち物が重いこともあるが、毒物を仕込んでいるものなどがあり危険だからだ。
だから荷物を持たせず、先導だけさせる。
廊下をつたい、宿の奥の奥へ進んでいく。
庭木が美しくそこにある。
名前は知らないが赤い花、白い花も庭に、木に合うように植えられ咲いている。
人殺しをする俺が言うのもなんだが、命で遊んでいると思う
自然の姿を保つことを許されず、環境が違う土地に植えられ、時には品種改良と称して弄ばれる。
人間のなんと傲慢で悪辣なことか・・・
見ていてぞっとする。
頭ではそんなことを考えつつ足を進める。
また庭を通りかかった。
日本とかいう極東の島国を模した質素な庭だった。
そこは命をねじ曲げることなく植物が本来の姿で生きていた。
なんとなく足が止まった。
静かな縁側に庭を眺める俺がひとり
女将の姿すら見当たらない
それを気にすることもせずに庭だけをただ見つめる。
そうして静かな庭を見つめ始めて幾らか経った時
「気に入ったかね?」
飄々と実態の掴めないような老人の面白味を含んだ声が背後から響いた。
驚いた
幾ら気が庭に向いていたとは言え背後を取られたことに気付かなかったのだから
こんなことは師匠の風音以来だった。
本気を出したシュトーレンなら取れるかも知れないのだが・・・
飄々と笑い続ける老人は俺やシュトーレン、夏鈴その他の暗殺者の雇い主にして暗殺請負集団『玲瓏』のボスだ。
「劉坊、背中を取られるとはまだまだじゃのぅ・・・」
誰もボスの名前、経歴の一切を知らない。
玲瓏を作ったと言う情報しか知らない。
得たいの知れない人・・・それがボスだ。
「まぁ、この庭が気に入った証拠でもあるかの」
ボスが居る開かれた襖の部屋に入ると庭は絵になった。
「依頼はこなした」
床に腰をおろし、報告した。
「そうか、ご苦労じゃったな」
味気ない中身があって内容な会話
それでも、言わなければならない「これは仕事代だ
今日はゆっくり休んでいけ」
それだけ言うとお金が入っていると思われる皮袋を置いて音もたてずに出ていった。
広い湯船に手足を伸ばす。
動く度にちゃぷちゃぷと波紋が広がり消えていく
お湯と湯気に身を委ねしっかり疲れを癒す。
旅をしていると、一所に留まる事がない。
たとえ仮でも安らげる場を提供してくれるボスの計らいには感謝しても仕切れない程だ。
ボスが慕われる理由はここなのだろうと考えつつも更ける夜をゆっくりと過ごした。
明日はまた旅人なのだから