005葛葉毅「聖霊少女 その1」
ベルサイユ宮殿からそれほど遠くない郊外に在る某企業の施設。
緑に囲まれた広大な敷地の真ん中に、歴史を感じさせる煤けた外観のビルディングが立っている。
その地下6階、いや3フロア分ぶち抜きの巨大な空間に、大陸間弾道弾のソレにも見劣りしない管制室が設置されていた。 その中では、数十人のスタッフが食い入る様に各種計器類の動向を見護り続けていた。
精密機械群から伸びる数千本にも及ぶ大小のコードが、まるで壁を覆い尽くす蔦の様に、フロア中央に設置されたプレハブ物置へと接続されている。
この奇妙なフロアの隅っこに設けられたカフェエリアで、一組の男女がコーヒーを飲んでいた。
男は身長190cm位、鍛えられたスポーツマン体型のハンサムな日本人、女は少し地黒の小柄なアフリカ系アメリカ人、やはり引き締まった体つき。
アメリカン・コーヒーを啜りながら二人が覗き込む壁掛けモニターには、プレハブの中で無防備に微睡む、美しい白人の少女が映っている。
煌々と明かりのついた暖かそうな室内、最新型のゲーム機が接続された70インチ超の大型液晶ディスプレイ、外れたヘッドフォンからは今期アニメのテーマソングが漏れ聞こえて来る、ホットカーペットの上のテーブル炬燵の上には日本製ジャンクフード、床には日本の漫画が山と積まれ、炬燵布団に腰までくるまって、その少女は安らかに転寝していた。
上下緑のジャージに、外れかけた赤い縁の伊達眼鏡、お団子気味なポニーテールに、すっぴん、と言う出で立ち。 カナリ意識して地味目を演出しているが、メリハリの利いた東欧っぽい華奢で色白な美貌は隠しきれていない。
男:『信じられないな、本当に彼女は人間じゃ無いのか?』
女:『ええ、』(注、『』は英会話)
男:『こんな子供を「材料」に使ったのか。』
女:『適合する人間が他に見つからなかったのよ。』
男:『人間だった彼女はどうなってしまったんだ?』
女:『私には判らないわ。見た目には元の人間だった頃と何一つ変わらないし、記憶も完全に引き継がれている。』
女:『でもそれって、今のあなたが、昨日眠る前のあなたと全く同じ人間かどうか、誰にも、あなた自身にも証明できないのと同じ事じゃない?』