046 フリオ・キャンデラ「The Point Of No Return その1」
フリオ・キャンデラは携帯の着信音で目を覚ました。
どうやら、何時の間にか眠っていたらしい。
フリオ:『もしもし』(注『』は英会話)
女性オペレータ:『伝言サービスです、トオル・ミナミ様から、フリオ・キャンデラ様宛ての伝言を預かっております。』
フリオ:『ああ、頼む。』
女性オペレータ:『では読み上げます。…「フリオ、引き返し不能地点だ」、以上です。』
フリオは、携帯電話の時計で、時刻を確かめる。
フリオ:『有難う、』
女性オペレータ:『どう致しまして、ご利用有難うございm…、』/フリオ:『あっ、君、…』
女性:『はい、何でしょうか?』
フリオ:『今の伝言、どう言う意味だと、思うかね。』
女性:『スミマセン、解りかねます。…何かの暗号ですか?』
フリオは、まるでハプニングを楽しんでいるかの様に、失われてしまった表情のまま、確かに微笑んだ。
フリオ:『いや、済まない。 では質問を変えよう。…君は、自分が何の為に生まれて来たのか、考えた事は有るかね?』
今度は、受話器の向こう側で、若い女性が失笑を漏らす。
女性:『…、失礼しました、お客様が、急におかしな事を尋ねられたので。…つい、』
フリオ:『そうだな、すまなかった。 もう良いよ。』
女性:『あります。』/フリオ:『うん?』
女性:『時々、いえ、しょっちゅう考えます。 何で自分、こんな所で、こんな仕事してるんだろう、…って、考えたってどうしようも無いんですけどね、』
フリオ:『そうだな、…』
フリオは、満足気に、携帯を切って、それからゆっくりと起き上がり、スーツケースの中から、アスピリンの入ったプラスチックのクスリ瓶を取り出す。
サイドボードの上に中身を全部ぶちまけると、その中から、一つだけ大きさの違う、白いタブレットを摘まみ上げて、口に含み、…ミニ・バーの中からウィスキーの小瓶を取り出して、一気に、喉の奥に流し込んだ。
ホテルの正面の道路に面したカーテンを開けて、今まさに一台の高級セダンが到着した事を確認する。 数人の護衛が駆けつけて、中から降りて来た一人の日本人の女子を警護して、ホテルのロビーへと入って行くのが見えた。
フリオ:『「聖霊の種」を摂取した人間は1176時間で聖霊に精神を食い尽くされる。「聖霊」の完全体覚醒後の人類による制御は不可能。 唯一の「人造聖霊」成功例「ミリアム・マリア・ヴァリ」の研究レポートによれば、摂取後ただちに「効果」を発生させ、且つ継続的に人類との交渉可能なヒトとしての意識を維持する為には、…』
それからクローゼットの中の貴重品用金庫を開けると、中から拳銃を取り出して、…
銃声:「「…バン!…」」
自らの口の中に銃口を突っ込んで、上顎の裏側から頭蓋骨に向けて、拳銃の引き金を引いた。
大きな音がして、…辺りにキツい硝煙の匂いが立込める。
唇の粘膜を焼く銃口の熱と、なにかドロリと粘っこい液体が鼻を詰まらせる感覚が後を引く。
いつの間にかフリオは床に倒れているらしかった。…粉砕された側頭部から、液体状の生命がジワジワとカーペットの上に漏れて、拡がって行くのが見える。
それが、フリオ・キャンデラと言う人間が感じた、最期の感覚だった。




