001フリオ・キャンデラ「仮面男 その1」
8月最終週のシャルル・ド・ゴール空港第二ターミナル、
一般の入国審査から隔離された殺風景な取調室。
壁にもたれ掛かるジャン・レノ似のイケメン背広刑事、
二名の武装した兵士が脇を固める。
テーブルに座らされているのはセラミック製の仮面を被った中年男、
黙ったままそっと仮面を外す。
顔面から上半身までを覆う、重度の薬品火傷の痕。
男:『昔、事故に遭ってな、』(注、『』はフランス語)
刑事:『覆面とトレンチコートの理由は解った、』
部屋に入って来た部下が刑事にA4ファイルを手渡した。
アメリカのパスポートと身元を証明する資料一式。
刑事:『それでトランクの中身についてはどう説明する積りだ?』
テーブルの上にはトランクから取り出した沢山の黒い布製の小袋、袋の中身はバラバラに分解されて樹脂コーティングされた人体パーツの標本。
男:『私の専門は解剖学でな、今回の渡航目的はパリで開かれる医学学会での講演だ。その標本はラウンドテーブルで使う小道具だよ。』
刑事が眺める資料には発言を裏付ける経歴や学会登録の内容も含まれている。
30分後、漸く到着ロビーに姿を現した仮面の男、真夏だと言うのにトレンチコートに白い手袋と言う出立ち。 やがて小柄な猫背の男が神経質そうにオドオドした挙動で近づいて来る、猫背男はスーツ姿にネクタイと、目立つ鍵の形の銀のタイピン。
猫背男:『遅かったね、何か遭ったのかい?』
仮面男:『なに、何時もの事だよ、』
二人はタクシー乗り場からメルセデスのセダンでパリの中心部に向う。
猫背男:『オスマン通りのホテルを予約しておいたよ、』
仮面男:『これはシスターへのプレゼントだ、決して中身を見ない様に。』
そう言うと、仮面男は掌に乗る大きさの黒い布袋を一つ猫背男に手渡した。