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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【二創企画】雷鳴ノ誓イ -blaze's side-

作者: 中條利昭

「これ以上、俺の大切なものに手を出すな」


 柊哉の目が、まっすぐ私の目に刺さった。きっと普通の人間だったら怯んでしまうほどの強い眼光だ。

 そして彼の手には布都御魂があった。見とれるほどに美しい刃が。


 立ち上がることを、ついに決意してしまったんだね。


「もう、俺はお前に何も傷つけさせない」


 その隣に、メイが並び立つ。


「にゃ? 何をミー君一人で格好付けているのかな? メイちゃんだってそろそろ本気を出すんだよ」


 冗談めかしたメイらしい言葉だが、その奥に含まれる根の部分は柊哉の目にあるものと同じだった。


「……とうとう、そうなっちゃったか」


 力が抜けた。自分が今まで多大な犠牲を払ってまでしてきたことを否定されたような怒りはあったが、迦具土神の炎のように激しく燃え上がることはなかった。

 呆れた、というのに近いかもしれない。


「……メイ、今の内にシノの手当てを頼む。少しくらいならたぶん俺一人でも持ち堪えられるだろ」


 柊哉の言葉をメイは素直に飲み、「らじゃ」と短く答えてシノを担ぎ上げ、公園の外へと姿を消した。


 私は柊哉しか見ていないっていうのに、柊哉は私以外も視野に入れている。

 嫉妬しちゃうな。


「――ねぇ、柊哉」

 これが最後だよ、と心に唱えてから続けた。「いま布都御魂を渡してくれるなら私はこれ以上手を出さないよ」


「お前だって知ってるだろ? 俺の性格くらい」


 そう言って彼は布都御魂の切先を向けてきた。


「……だろうね」


 最初から布都御魂を素直に渡してくれるとは思わなかったが、どこかそうしてくれることを希望している自分もいた。

 故に、悔しかった。

 怒りがここで初めて燃えあがろうとした。


「でも、柊哉だって知ってるよね」


 雨なんかでは到底消えやしない炎だ。


「私が手加減なんて出来ないの」


 言葉尻、炎の爆発で柊哉に間合いを詰め、迦具土神で切りかかる。だが柊哉は布都御魂の刃で軌道を逸らし、その場から動かずに躱して見せた。

 そのまま流され切る前に私はその反動を受けて回転し、二撃目を繰り出す。柄に炎を灯し、更に回転の速度を上げる。

 しかし柊哉は避けようとはしない。その高速の二撃目も、布都御魂で受け流した。


「忘れるなよ。その武器を間近で一番見続けたのは、俺だってことを」


 柊哉はほとんど見えないような最小限の動きで腕を回転させて、布都御魂を振るう。電気的な加速を持ったその斬撃は、迦具土神で防いでいた私を容易く吹き飛ばした。


 衝撃で手が痺れ、冷たい空気を背中が弾いた。

 いつも通りの感覚。王族神器狩りをしてきた上で何度も経験した感覚だ。

 でも、今日は少し違う。

 どこか甘酸っぱく、懐かしい。

 思わず頬が緩んでしまった。


 忘れてなんか……いないよ。


「凄いね、柊哉」


 所詮は慣れた感覚だから、目を瞑っていたとしても倒れたりなんてしない。


「まさか、もう布都御魂を使いこなすなんて」


「昔、千尋さんが散々手ほどきしてくれたからな。まぁ本当にこれを使う日が来るなんて思ってもみなかったけど。たぶん誰よりもこれを扱えるのは俺だと思うよ」


 柊哉は握り締めた布都御魂を眺めていた。


 千尋さんの影でも見えているのかな。


 私は迦具土神を正眼に構えた。


「じゃあ、少し確かめさせてもらおうかな」


 その瞬間、その一瞬で、私は柊哉の背後に回り、迦具土神を振りかざした。


 炎の操作から派生し、爆発を生み出すことによる加速。直線的な加速に限ってなら王族神器中最速とも言われるメイの建御雷にも並ぶ、規格外の速度だ。


 なのに、柊哉はそれに追いついた。

 私の斬撃の軌道に刃を添え、太刀筋を斜め後ろへと流す。迦具土神の纏う炎とは別の火花が散った。


 ――まずい。


 その姿勢では刀を引き戻せなかった。腹を蹴飛ばされ、無理やりに間合いを取り直された。


 今のは、びっくりしちゃったね……。


「……まさか、電気的な刃の加速だけじゃなくて反射まで身につけてるのかな?」


 柊哉の握る布都御魂の特徴を思い出した。

 掌握する電気の操作性だ。


 他の天装が威力や形状という面でしか操作できない事象を、この布都御魂はほぼ完全に支配していると言っていい。その最大の特徴が、反射の掌握だ。

 脊髄反射ではなく、脊髄すら介さずに布都御魂から直接体を動かすのだ。それも、あらかじめ動きを設定しておけば、ただの反射よりもより正確な行動が可能になる。

 そして、柊哉の補助天装は動体視力拡張のV型ただ一つだけ。何よりも反射の速度を上げることにだけ特化している。


「だから言っただろ。この布都御魂を一番扱えるのは俺だって」


 これが、布都御魂。最速の王族神器だ。

 その特性を思い出すと同時に、もうひとつ陰の特性も脳裏によぎった。


「――なら、当然もうその布都御魂の最大の弱点は、知ってるんだよね?」


 また迦具土神を構える。

 そして、全く同じ軌道の斬撃で柊哉に襲いかかった。だが柊哉の反射はプログラムだ。ほぼ自動でそれを受け流そうと動き、迦具土神の腹に布都御魂が触れた。


 そこで私は爆発を生み出し、太刀筋を無理やり捻じ曲げた。

 布都御魂と迦具土神が、正面からの鍔迫り合いになる。ぎちぎちと、互いの武器が押し合う。


「その布都御魂は確かに反射を制御するなんていう王族神器の中でも異端の存在だ。けど、その特性からそれは『最高の補助天装』って呼ばれてる」


 そう言いながら柊哉を押していく。


「そしてそれは正しいんだよ。布都御魂は主力天装としての性能は著しく低い。単発の威力だけならまだマシだけど、硬度の上限値なんか並みの千鳥よりも少しいいってくらい。現に千尋さんは、布都御魂は単体ではなく建御雷と一緒にしか使ってこなかった」


 迦具土神から私の待っている感覚が徐々にやって来るのがひしひしと伝わってきた。


 その時、押される布都御魂の刃に僅かなヒビが入った。


 ――来た!


 柊哉の表情に驚きが入るのが迦具土神に集中していながらでも分かった。


「それを知っているから、柊哉は私の剣閃を全て受け止めるんじゃなくてパリィすることに徹してたんでしょ? でももうダメだね。こうなってしまったら、布都御魂は脆すぎる」


 ヒビが広がっていく。それに連れて胸の中でうごめく狂喜も広がっていく。


 天装の刃は基本的にシミュレーテッドリアリティを改竄することによって生み出される、偽物の刃だ。そこに生じたヒビならば、もう一度刃を生み出し直せば復活する。

 だが、このままにすればこの亀裂は本来の刀身にまで届く。そうなれば、修理しなければ布都御魂は元に戻らない。折れてしまえば、もう永遠に布都御魂は失われる。


 ――さあ、どうする? 柊哉!


 その時、布都御魂が光り、放電を起こした。

 瞬間、私との間にあった空気が弾け、身体が引き離される。


 やっぱりそう来たんだね。


 距離を取った柊哉の顔は今にもねじ曲がってしまうほど苦しそうだった。


 これは柊哉にとっては苦肉の策。自分の攻撃と言ってもそれは自分にもダメージを与える。ゲームのように都合よく自分の攻撃の余波による被ダメージはゼロ、なんてことは絶対にない。

 現に柊哉は、途方もない衝撃と放電で身体が僅かに麻痺してしまっている。


 きっと「それは葵も同じだ」とか、思ってるんだろうね。

 でも、違うんだな。


「分かってたよ。そうするしかないってことは」


 私は、その状態から即座に切り返し、猛然と突進した。


 柊哉はそんな私を見て驚愕の顔を見せた。


 私は放電を見越して既に後方へと退避したのだ。ダメージなんてほとんど食らっていない。


 柊哉の反射が私の刃の軌道に滑り込んだ。だがまだ刃の回復が出来ていない。


 たとえどうあがいたとしても、布都御魂が壊れるのは時間の問題。


 ――勝った。


 そう笑った瞬間だった。


「させないよ」


 メイだ。


 迦具土神の斬撃がメイの建御雷で防がれ、吹き飛ばされた。


 舌打ちをし、ふたりを睨む。

 ふたりは笑っていた。


 もうすぐだったのに。


「――……相変わらず仲がいいね、柊哉たちは」


 そう言いながら迦具土神を構え直した。


「殺したくなる」


 じっと、ふたりを睨んだ。今度はその場の怒りではなく、あの日からの憎しみ、嫉妬を込めて。


 しかし、ふたりはピクリとも怯まない。


「……行くよ、ミー君」


「おう」


 その瞬間、柊哉とメイが全く同時に姿を消した。


「――っ!?」


 どこだ!


 その刹那、背後に気配を感じた。急いで振り向き、柊哉の一振りと阻んだ。


 馬鹿め、と思った。「布都御魂は本来、後の先を取ることに特化した王族神器だよ。それで奇襲を仕掛けようっていう方が――っ!」


 最後まで言い切る前に横からメイの蹴りが飛んできた。

 とっさに躱したが、わき腹にヒリヒリした痛みが走ることまでは避けられなかった。


「悠長に喋ってる隙なんかあるわけないでしょ、葵ちゃん」


「さすがに王族神器持ち二人、それもどっちも近接特化を相手にするっていうのは厳しいものがあるね……っ」


 そう言っている間に柊哉の布都御魂が襲いかかっていた。

 それを防ごうと構えるが、背後からメイが蹴りかかってきた。


 ――やっかいね。


 爆発を起こし、二人を弾くが、距離を取られた瞬間に柊哉とメイが落雷を生み出して迎撃してきた。


「効かないよ!」


 落雷を迦具土神の炎で弾き、破壊する。そして一直線に柊哉へと突進する。

 だがそれを割って入ったメイが正面から受け止めた。


 捨て身の守り。

 そういう風に見えた。捨て身の攻撃ならばよく聞くが、これは初めて見る。


 どうやら自分が斬られることを、互いが心配などしていないらしい。

 柊哉はメイが、メイは柊哉が、自分を護ってくれることを一切も不安なく信じているのだ。


 綺麗な目ね。


 二人の眼光はまっすぐ私に向いていた。芸能人なら欲を満たされる喜びに打ちひしがれるところだが、私は違う。


 壊したい。そして、奪いたい。


 しかし、徐々にそのように考える隙が減ってきた。


 カウンターで柊哉が私を袈裟に斬る。それに反応してメイへの攻撃をやめてそれを受けるが、今度はメイが攻撃してくる。


 この二人はこの前までファーフナーにさえ苦戦していたはずでしょ?

 なのに今は、反撃する隙など微塵もない。

 普通ならこんな速度で連携なんか取れるはずがないのに……っ!


 柊哉の布都御魂が反射を理性的に操れるとしても、この速度で共闘すれば些細な動きのずれがどちらかの攻撃の邪魔になってしまう。下手をすれば、互いが互いの命を奪いかねない。

 でも、この二人からそんな不安なんて感じられない。

 しかも速度を緩めるどころか加速している。こんな単純な相乗効果なんて存在してたまるか……!

 しかし、目の前にあるのだから認めざるを得ない。まるで、一つの体のようだった。


「どうした、葵。この程度で追い付けないか?」


「舐めないでくれるかな」


 歯を食いしばりながら、ギリギリのタイミングで柊哉にカウンターを叩き込もうとする。

 だが、届かない。


「――っ!」


 柊哉の反射が、それを紙一重で躱してみせたのだ。


 嘘……っ!? 今のはいくら布都御魂の反射があっても躱せるような速度じゃない!


 しかし悠長に驚いている暇もない。次いで放たれた柊哉とメイの攻撃をバックステップで回避したが、そこに来る異常な速度で飛ぶ柊哉の追撃までは防ぎきれなかった。


 ついに、届いてしまったのだ。

 左肩に布都御魂が刺さっているのが見えた。

 一瞬何の痛みも感じなかったが、鮮血が噴き出した瞬間、傷口から燃えるような激痛が遅れてやって来た。


「っぁぁああああ!!」


 痛い。痛いなんて言葉じゃ表せないくらい痛い。

 息が苦しい。巨人に肺を握り潰されたみたいに痛い。

 気が付けばぬかるんだ地面に顔が貼りついていた。倒れた際の痛みなんて全く感じなかった。


 それを見て、柊哉は言葉を失った様子で硬直していた。

 メイも追撃を忘れ、呆然と立ち尽くしていた。


「どうなってるの?」


 きっと、この程度の傷で何をこんなに痛がっているのか、と言いたいのだろう。しかし、口から声が出てこない。声帯が暴れるような音しか出ない。


「お前、まさか」

 柊哉は気付いたのか、声を震わせた。「皮膚感覚拡張の補助天装を……?」


「ミー君、それは違うよ。だって、葵ちゃんのあの反応速度を見たでしょ? あれはそのC型の補助天装じゃ不可能だよ」


 少しずつだが、痛みが晴れてきた。


「そう。それじゃない……」


 ぜえぜえと息を切らせながら私は立ち上がり、泥を払った。「私が使っているのはF型。五感の全てを向上させる補助天装」


 その言葉を聞き、言葉を失った柊哉の姿は時間が止まったかのように硬直していた。


 それも無理はない。F型の補助天装は、他の感覚補助の天装と違い、常に感覚を増強するのではなく与えられる感覚の著しい変化、あるいは不自然な変化のみを増強させるものだ。一度の情報量が少なくて済む為個々の感覚に合わせた補助天装を使用するよりも増強率がいい。

 だがそれは、痛みの感覚も他の感覚補助の天装よりも増強するということに他ならない。下手をすれば軽傷でもショック死しかねないような、そんな危険なものだ。


「こうでもしないと、柊哉とメイの速度にはついていけないからね」


 ようやく呼吸が整ってきた。


「凄いよ、柊哉。まさか布都御魂を握って数分で、私をここまで追い詰めるなんてね。F型の補助天装なんて使っても一撃も当てられないなら大丈夫、なんて思ってたんだけどね」


 私は跳び、迦具土神を振り下ろした。


「……追い詰めてるのは俺じゃない」


 だが柊哉が迦具土神を切り上げ、隙が生まれた。そこにメイの蹴りが入ってしまう。


「俺たちだ」


 柊哉とメイの瞳に、全く同じ電光が宿る。まるでそうあるのが当然かのように、柊哉とメイは並び立っていた。


「……本当に、強いよ」


 私は反撃に動いた。

 その瞬間、柊哉の布都御魂がまるで伸びるように追って来た。


 これは、攻撃する隙がない……!


 布都御魂の切先が迦具土神の腹と衝突した。

 腕を伸ばした状態で、ぎちぎちとせめぎ合いながら柊哉が睨みつけて来る。


「俺はこれ以上、何も失わない。俺が護るんだ」


「――護る?」


 私を守ることもできなかったのに?


 怒りがこみ上げてくる。私にとって、それは力となる。


「戯言だよ、柊哉のそれは」


 刹那。

 私は柊哉の視界から消えた。彼の目は追ってこない。あまりの速さに追い付けていないのだ。

 そして、柊哉の左腕を、蹴る。


「ミー君!」


 柊哉が吹き飛ぶのを見ながら、メイが叫び、私に蹴りかかってきたが、遅い。

 それを受け流し、素手でメイの腹を殴ってやった。


「そんなに軽々しく、その言葉を使わないで」


 柊哉に向かって一足で間合いを詰め、迦具土神を振り下ろす。次々と受け流されてはいるが、こちらが押していることは誰が見ても明らかだろう。


「ミー君、下がって!」


 その声と共に落雷が飛んだが、そんなその場しのぎの技など予期して避けられないはずがない。躱した時の勢いを殺さぬまま、次はメイに真正面からぶつかりに行き、爆発で吹き飛ばした。


「護るっていうのは、そんなに簡単なことじゃないんだよ」


 言葉を発する度に胸が震える。言葉だって震える。しかし、それは弱々しく怯えているからではない。


「それでも私は護るし、その為なら何だってするよ。たとえそれが私の良心を焼き尽くして、私を更に苦しめるだけだとしても。――――私は、私の大切な者を護る為に」


 爆発にも似た斬撃で、柊哉を弾き飛ばした。柊哉は受け流すことに神経を注ぎすぎたのか、踏ん張ることも出来ず、無様にぬかるんだ地面を転がっていった。

 だがその斬撃に鋭さなど微塵もなかった。刀の攻撃なのに、柊哉は斬られていないのだ。


「その邪魔は、誰にもさせない。たとえそれが、柊哉であっても」


 刀の攻撃なのに切れない。それは単純な演算のミスによって起こることだ。

 そんなミスを犯してしまうほどの怒りが、私の中で燃えていた。制御だけで精一杯な、莫大な怒りが。


「何でそんなに……」


 そう言いかけた時、柊哉の表情がピクリと動いた。


「……気付いちゃったか」


 私がどうして、ファーフナ―に柊哉は殺すなと命令したのかを。王族神器を譲らせたくなければ柊哉を殺す方が楽で早いというのに。


 そして、柊哉が精神的に戦うことが出来なくなることを、私が望んでいることに。


「私が護ろうとしていたのはね、柊哉だよ」


 柊哉の目が小刻みに震えている。私の目的を分かっていても理解ができないのだろう。


「理解してもらう気はないよ。ただ私は、柊哉が大好きだった」


 柊哉は何も言わず、呆然と立ち尽くしていた。


 私は苦笑して続けた。「ほら、分からないでしょ?」


「……俺の、」

 柊哉からやっと出た言葉は震えていた。「俺の家族を殺して、俺を自分だけのものにでもする気だったのかよ……? まさかそんなことの為に千尋さんまで――」


「さすがに、そんな狂った恋愛観は持ってないよ。知ってるでしょ? 私の目的は王族神器の奪取だって」


 そう言いながら、柊哉の声を聞きながら、私はあの日の決意を思い出していた。


「この王族神器は本当に凄いものだよ。個人も国家も、これを手に入れる為なら何だってするくらいに」


 迦具土神を持っているのとは反対の拳をほとんど無意識に握りしめていた。爪が肉に食い込み、多分血も出ているだろう。


「これがある限り、柊哉はずっと危険な目に遭うんだよ。その布都御魂を握っている限り、柊哉は絶対に逃れられない」


 王族神器を狙っているファーレンなんて、潰しても潰しても潰しきれないほど存在する。それがひとつでも残っている限り、柊哉から『危険』の二文字が離れることはない。


「だから私は王族神器を狩った。柊哉の手に渡る可能性のある全ての王族神器を奪うことで、私は柊哉を護る。そして柊哉の大切な者すら殺して、私は柊哉から戦う意思の全てを砕いた。こうすれば、もう二度と柊哉が危険に巻き込まれることはないから」


 愛する者を護るために自分が愛する者に憎まれる、ということよ。

 それは心の中にとどめた。口にしたところで彼に理解してもらえるとは思えないから。


「だから私は何だって壊すし誰だって殺す」


 拳に力が入り、更に爪が肉に食い込む。痛みからか、少しずつ声がかすれていく。


「たとえ柊哉が私を嫌おうが憎もうが、私は柊哉さえ生きてくれていればそれで良かったから。幸せを願うことも、出来ないと知ってたから……ッ!」」


 柊哉に切りかかる。彼はそれを受け流そうとはしたものの、体が鉛になったみたいにうまく動いてくれないようだった。


「なのにどうして、天佑高に入っちゃうかな……っ。もう柊哉は立ち上がれないはずだったのに、そんなことされたら、また私はまた柊哉を絶望に落とさないといけないのに……っ!」


 私を傷つけているのは他の誰でもなく柊哉なんだよ……っ!


 負の感情全てを込めた一閃が、柊哉の布都御魂を後方に弾き飛ばした。


「……終わりだね、柊哉」


 私の目的は柊哉を殺すことではない。柊哉を危険に晒す布都御魂の奪取なのだ。

 だが、私の前にメイが立ち塞がった。


「……退いてよ、メイ」


「どうしてなの、葵ちゃん……」


 降りしきる雨の中で、メイは顔を伏せたまま唸った。

 深刻なダメージを負ったわけでもないのに、攻撃するでもなくただメイは哀しい表情を浮かべるだけだった。


「ミー君は、そんなに弱くない。葵ちゃんがそんな無茶なことをしなくても、ミー君は自分も他の誰かも護れるくらい、強い人だよ」


「……知ってるよ、そんなことは」


「ならどうして! どうして、葵ちゃんはミー君を信じてあげられなかったの!? 人を好きになるっていうのは、その人を信じるってことじゃないの!?」


「……たまに、メイも酷いこと言うよね」


 今にも、泣いてしまいそうだった。この雨の中でもはっきり分かりそうなほどの涙が流れてしまいそうだった。


「私は自分で言ったその言葉を、誰よりも認めたくなかったっていうのに……っ」


 感情を封じ込めるため、唇を噛んだ。しかし、口から何か生温かい液体が垂れたのを感じる。


「信じているならどうして! どうして直樹さんを殺して――」


「殺してなんかいない!!」


 そう叫ぶと、呼吸が荒れてしまった。

 呼吸を整えようとしていると、柊哉の声が聞こえた。


「何を言ってるんだ……っ? だって、父さんはあの日、殺されてるんだぞ……!? 家族のパーティーに行ったはずのお前が公園にいて、迦具土神を握っていたんだぞ!」


「あの日、わたしが公園にいたのは柊哉の家のパーティーに参加する為だよ」

 少しずつではあるが呼吸が整ってきた。「堅苦しい家のパーティーなんかこっそり抜け出しちゃったよ。……そして私は、本物の王族狩りと戦っている直樹さんを見つけちゃったんだ」


 あの日の光景だけは思い出さまいとしていたが、もう無理だった。あの日のここで繰り広げられていた景色が鮮明に蘇る。


 直樹さんが苦しげに迦具土神を握りしめていた。私には、あの直樹さんが押されているように見えた。


「あの王族狩りは本当に強かった。アジトをつけていた直樹さんに気付いただけじゃなく、直樹さんと真正面から戦っても引けを取ってなかった」


 直樹さんが血を流している姿なんて初めて見た。相手の王族狩りも傷ついてはいたが、ほんの少し優勢だったのは子供ながらにも明らかだった。

 当然私は何もできずにそれを眺めることしかできなかった。息を殺し、唾を飲み、ひそかに応援の言葉を胸に秘め、じっと眺める。直樹さんが相手を切りつけて興奮する事より、直樹さんが切られて吐き気に襲われることの方が多かった。


「そして直樹さんはその胸に相手の天装の一撃を受けて、死んだ。でも相手も重傷だった」


 ここからはあまり記憶に残っていないが、私は王族狩りに向かって走ったはずだ。いや、正確には迦具土神に向かって。それを握りしめた時、王族狩りはどんな顔をしていただろう。思い出せない。


「だから私は迦具土神を握って、ほとんど動けないその相手を殺した。柊哉の悲しみを考えたら、私は湧き上がる怒りを制御できなくなっちゃったんだ。骨も灰も残さずに私は焼き尽くした」


 気が付いた時には直樹さんの無残な死体だけが倒れていた。息を切らし、吐き気にも似た興奮を覚え、私は彼をじっと見つめていた。とても、現実味がなかった。


 そこで、柊哉が来てしまったのだ。


「私はその時、柊哉になんて声をかけようか、なんて考えてたよ。悲しみの言葉が出るだろうけど、私はなんて慰めればいいだろう、なんて考えてたの。でも柊哉は、こう言った」


 もう、抑えきれなかった。視界がぼやけ、頬に生温い何かが落ちた。


「お前がやったのか、って」


 絶望。

 誰よりも信じていた者から放たれた疑いの言葉。

 世界が破壊してしまうような絶望だった。


 どうしよう。何を言おう。無理だ。信じてもらえるはずがない。

 慌てる少女の心の言葉が津波のように押し寄せてきた。


「どうやって誤解を解こうか、必死に考えたよ。でも私は既にそのファーレンは灰も残さずに殺した後だったし、すぐに見せられる証拠は何も残ってない。そんな状態で、どうやって信じてもらえるんだろうって思った。もう、柊哉は私を信じてなんかいなかったのに」


 その時の心境は、ほとんど諦めに近かっただろう。


「そこで、私は考え方を変えたの。血液とかの証拠があったとしても、それは私の求める信頼じゃない。もう柊哉に信頼してもらう方法は、絶対にないんだ。だったら私に何が出来るだろう。どん底まで堕ちた私に出来ることは、何なんだろうって」


 そして、あの少女は今の私になる答えを導き出した。


「あの日、私は決めた。柊哉に憎まれているならそれを最大限利用して、柊哉を護ろうって。柊哉からあらゆる希望を奪ってでも、柊哉を直樹さんのような目に遭わせないように、この私が護るんだって」


 柊哉の顔はあの時の私のように絶望的に見えた。あの時に彼が今と同じ表情をしていたら、何かが変わっていたかもしれない。


 そう思うと、柊哉が憎かった。とてつもなく愛おしいけど、殺したいほど憎かった。


「だから私は、信じるとか、そんな言葉はもう聞きたくなかったのに……っ。私は柊哉のせいになんかしたくないのに!」


 そして、ダムは決壊する。


「それでも、私がどんなに想っても、こんな風になっちゃったのは柊哉のせいだよ! 柊哉が、私を、私の世界を、ここまでグチャグチャに壊したんだよ! 全部、全部、柊哉が!」


 必死に、三年もの間、自分の心を偽っていたのに。

 その事実からだけは目を背けて、どうにか自分を保って、柊哉を護ろうとしてきたのに。


「人を好きなるってことがその人を信じるっていうことなら……っ! もう柊哉の中には私はいないっ。そんな現実なら、もう全部、壊れちゃえばいい!! 柊哉だけ残して、全部燃えちゃえばいいんだ!!」


 迦具土神から、炎が迸る。

 それは、自分でも驚いてしまいそうになるほどの強大な火柱だった。その周囲だけ雨が地面まで届かない。

 更に王族神器の迦具土神自身がその熱で僅かに溶け始めている。

 王族神器だろうと普通の天装だろうと、自身の力では壊れないように硬度を操作出来る。だが、それは自壊しかけている。

 つまり迦具土神のリミットを振り切ってしまっているのだ。


「……もう、全部壊れちゃえばいい」


 じっと迦具土神の炎を見つめていると、涙が乾いたように感じた。でも、それ以上に流れ出てもいた。


「傷つけたくなんかないのに……! これ以上柊哉を傷つけたくなんかないのに! もう私を傷つけないでよ!」


 燃えてしまえ。全て、燃えてしまえ。


 柊哉に向かって私は迦具土神を振り下ろした。

 だが柊哉は避けようとはしなかった。ただ自身に炎が襲いかかるのをじっと虚ろな瞳で待っていたのだ。


「しゅう、やぁっ!!」


 その声と同時に、炎と何かが真正面から衝突した。柊哉は諦めたように構えていなかったのに。

 凄まじい衝撃波が辺りを叩きつけ、その烈火すら砕き、弾き飛ばす。

 散った火の粉がかがり火のように燃え続けるが、それでも柊哉は傷一つ負っていなかった。

 そして柊哉の横に、まるで天使のように降り立つ者がいた。


「ミー君は、誰にも傷つけさせないよ」


 柊哉の横にメイは立つ。その紫電を纏った姿に、揺らぎなど欠片もなかった。

 その時、柊哉の瞳に生気が戻ってきたのが見えた。徐々にいつもの彼に戻っていく。大好きで、それ以上に大嫌いな目に。


「――終わらせよう、メイ」


「……うん」


 二人の覚悟を決めて強い眼光が、ぼやける視界の中でもはっきりと見えた。

 ゆるぎないほどに強い、まっすぐな光が。


「どうして、どうして、こんな風になっちゃうの……っ」


 どうして。どうしてなの……。

 もう嫌だ。もう嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。もう、嫌だ!


「もう、こんな世界なんてなくなっちゃえばいい……ッ!! 全部、全部! 私が壊して壊して壊し尽くす!!」


 迦具土神の刀身から焔が爆ぜ、赤黒く燃え上がった。


「消えちゃえ! 全部、なくなっちゃえばいいんだ!! そうすれば、そうすれば私は――ッ!!」


 燃えてしまえ燃えてしまえ燃えてしまえ燃えてしまえ燃えてしまえ燃えてしまえ燃えてしまえ燃えてしまえ燃えてしまえ燃えてしまえ燃えてしまえ!


「――護るんだ。最後でいい。もう他の何もいらない。だから、メイだけは俺が護る」


「――最後じゃないよ。何度でも、いつまでも、わたしは柊哉を護るんだから」


 うるさい! そんな声聞きたくない! 全てなくなってしまえ!


 迦具土神から溢れ猛る血の炎を、布都御魂と建御雷、つまりは柊哉とメイの二人の青白い光が焼き切る。一寸の迷いもなく、突き抜いていく。


 蒼白の刃。

 真紅の刃。

 二つが激突し、真っ白なその雷光が煌めいた。

 獄炎の刃が悲鳴を上げる。それは誰かの心の叫びにも似ていた。


 またあの日の哀しい景色が蘇ってきた。決意したあの日の光景が。

 それからたくさんのことがあった。戦いがあった。でも、私が倒れることはなかった。

 もし時間を戻してやり直すことができるとしたら、どこに戻って何をすればよかったんだろう?

 でも、どうでもよかった。

 青白い後光の差す迦具土神の炎が、この時だけは闇を浄化する炎のように思えたのだ。

 刀が折れ、手に拍子抜けしたような感覚が生まれると共に体が前のめりになり、胸に何かが届いたのが見えた。


 ねえ。


 これで良かったのかな。


 これで……。











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[一言]  自分の作品の二次創作品を批評するのは何とも不思議な気分なので、純粋な感想だけを。  最後、本当に最後の勝負をつけるシーンが最高でした!  これだよ、俺が葵で感じてもらいたい感情はこれだ…
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