連理枝
てっきり彼女はその連れと同じ運命を辿るとばかり考えていたから、今のこの状況いや状態と言うべきか、つまり片方を喪った状態が悲しいとか呆然とするとか以前にただただ奇妙に思えた。衰弱していく体の感覚、錯綜する思考、それらが細糸の裁たれたように消えていたのは数時間くらい前のことだった。
先に、これを状況と呼ばなかったのは彼女らが一つの体に2つの名を持っていたからだ。彼女らは知覚と思考を同じくし、文字通り一心同体であった。
60余年前に夫なき母親の腹から生まれいでたのは腰から尻の中程までが溶け込んだように繋がった奇形の姉妹であった。異形の子を持て余した母親が彼女らを捨て街を出たのはそれから間もなくのことである。だが急流も緩やかなれ、天も我らを見捨て給うたと嘆く間もなく彼女らを拾ったのは裕福な老夫婦であった。
――しかし、と今更ながら老いた彼女は回禄する。老夫婦が彼女らを拾ったのは異形であるその形に惹かれたからであって、彼女らが生きるすべは自分たちに縋るしかないという歪んだ保護欲、いや最早それは独占欲と承認欲求の綯い交ぜにしたもので、神への供物と呼ぶのに相応しい。しかし、又いやいやと頭を振る。その御蔭で私達は独り立ちするまで蝶よ花よと育って来られたのだ、と。ベッドに力なく横たわる老婆の薄い唇が持ち上がり黄色い歯と痩せた歯茎が覗く。笑ったらしい。
彼女らがその老夫婦の庇護下から抜けだしたのは二十代も半ば過ぎた頃であった。世間から隔絶され完全に彼らの庇護という支配下におかれた彼女らの存在を知った者がいて、そこから新聞が、市民が、弁護士が騒ぎ出した。ある夜、若い新聞記者が屋敷に忍び込んできて彼女らの耳をくすぐった。外の世界、自由な暮らし、来るべき目くるめくロマンス。翌年、彼女らは裁判所に認められ老夫婦のもとから抜けだしたのだった。
老婆の眼が少しだけ色めいた。口には先ほど程も笑みなど浮かんではいなかったどころか、引き攣っていたが。その頃はどこかの新聞に彼女らの姿が載らない日はなかった。姉妹はきらびやかな舞台に上がり存分に笑顔を振りまいた。気まぐれに男を取り替えては楽しみそして変える日々に耽った。
だがそんな生活もやがて彼女らの若さに陰りが見えるに従い、舞台もだんだんと日の当たらない場所に移っていった。そしてそれは次第に彼女らの舞台をフリークショーの色合いを濃くさせ、ついに完全なるそれとなっていった。しかしそれでもいよいよ人々の興味をそそらなくなり、それに伴って道徳的迫害――否、無関心的道徳が頭をもたげ、ショーも採算が取れなくなった。この街についたとき彼女らのマネージャーは安宿に異形の老姉妹を押し込め四日分の宿泊費だけ置いて姿をくらました。老姉妹はまたしても捨てられたのだ。
二人は小さな食料品店で働き、ぎりぎりのその日暮らしを始めた。一年と待たず、流行りのスペイン風邪をこじらせた妹がまず死んだ。死ぬ時も一緒だと思っていた彼女は戸惑った。生とも死ともつかない曖昧な体を妹と同じ病床に横たえて。
高熱に侵され滾る血が妹の死体を通って氷水のようになって流れ込んでくると、次第に虚ろの中へと自分が落ち込んでいくような錯覚を覚えた。その虚ろは己の中にありながらまったく存在感がなかった。その存在感の無さが体を覆っていく。老婆は気だるく緩んだ顔の上肉の底に恐怖を湛えていた。
妹が死んだ時にはそんな感覚はなかった。逆にこの疎ましい恨めしい世から居なくなれることに姉妹揃って幸福すら覚えて二人ひっそりと泣き濡れたのだ。妹の死に顔には今まで演じてきた悲劇のヒロイン達のような永遠の柔和さがあった。
老婆ゆっくりと頭を背中合わせの妹の方へ巡らせると、虚ろに歯を立て存分に己を味わった。