彼らの家族
湿った風が頬を撫でる。ただっぴろいだけの草原をそんな風が渡る。
「どうかしたの、イル?」
呆れたようなその声に、イルは空を見上げることを止め、キアの方に目を向けた。
「いんや、特に何も。」
へらへらとした笑みと共にそう答えたイルに、キアは大きく溜息を吐いた。
イルという少女には、そんな笑みがひどく似合った。
夕陽のような赤い髪に、神秘的な青碧の瞳。アーモンド形の目を細めると、まるで猫の様な印象を受ける。
「・・・・まあ、どうせファーデルたちのことでも考えてたんでしょう。」
その言葉にイルは、またけらけら笑いながら、
「キアにはかなわないな~」
と、呟く。
「あのね、ふざけてないで降りてきて。キャラバンの人にばれたら怒られるよ。」
鮮やかな若草色の瞳に、柔らかく輝く金茶の髪。特別整っているわけではなかったが、柔和な顔立ちをしており、その色彩がその柔和さを強調していた。
イルが今座っているのは、キャラバンのホロ車の上だ。キャラバンの人間はとっくに寝静まり、見張りの数名が起きているだけだった。
イルたちのホロ車は寝床からも遠く、さして重要なものも乗せていないため見張りの目には届かない。
山岳部近くにある草原は山からの風が絶えず流れる。
その風がイルの髪を撫で、イルの顔はその髪のせいでよく見えない。
「・・・・まあ、いいじゃない。明日には目当ての町について、このキャラバンともお別れなんだから。」
それにキアはまた大きく溜息を吐くと、自分もホロ車の上に登った。
「あれ、キアも上がるの?」
不思議そうなイルに、
「まあね、私もよくよく考えればもうここともお別れだと思うと、なんか寂しくなっちゃって。」
と、イルの隣りに座った。
そして、二人は黙り込み、揃って夜空を見上げた。
「ファーデルとバルグード、どうしてるかな?」
「さあて・・・・いつもどおり、漫才みたいな掛け合いでもしながら旅してるんじゃない?」
「でもさ、さすがにおかしくない?本当なら前の町に私たちより早く着いてるはずなのに。何かあったのかな?」
それに、イルは目を細め、それはありえないとひとりごちる。
共に在り続けるというのが、彼らとの誓いであり、そして約束でもあったからだ。
どんなことがあろうとも、きっと生きて再会を。例え、泥水を啜ろうとも、例え、奴隷に身をおとそうとも。
「大丈夫さ。」
イルの力強い断言に、キアは虚を突かれたような顔をしたが、直ぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「そうだね。きっと、大丈夫だよね。」
二人はそのまましばらく、無言で夜空を見上げていた。
誰も手をのばす私たちに手をのばしてくれたのは、あなたたち。
だから、私たちはあなたたちの幸せを望みましょう。