彼らの闇
月の光が射す森の中。アルベール国内部の森。
「おい、ファーデル。大丈夫か。」
バルグードは隣りで体を折りたたみ、少しも動かない相棒に声をかけた。
「・・・・少し、待て。」
囁くような返答に、バルグードは頷き、周りを見回した。
「・・・・派手にやったな。」
二人の周りはもう冷たくなった人間の体と、赤い絵の具を引っ繰り返したような血溜まりが広がっていた。
死体は全て首を切り裂かれている。
(殺すのにも、けっこう慣れたな。)
星が光る空を見つめ、バルグードはぼんやりと考え込んでいた。
奴隷商に、盗賊。特別珍しい事ではない。実際バルグードが住んでいた町にも存在していた。
結局世の中は、弱肉強食で。やらなければ、自分たちがやられる。
(それでも、平気には、なれないんだろうな。)
最初は死体や血がひどく恐ろしくて、グロテスクで。いつまでも吐き続けたが、もうそんなこともなくなった。
殺さなければ、自分が、自分の大切な物が蹂躙される。
(問題は、こいつか。)
隣りに蹲るファーデルの頭をそっと撫でた。
バルグードよりもずっと人を殺すという行為に敏感だったのは、ファーデルだった。
初めて人を殺したときは、食事もまともに取らず、どんどん衰弱していった。
(あの時のことを、俺は絶対忘れない。)
自分が生まれたときから共に在った存在に近づく死の足音は、何者よりも恐ろしかったのだ。
やっとの思いで水を飲ませたとき、聞いた言葉をバルグードは反芻させた。
「心が、痛い、な。」
誰かを殺すたび、心の一番柔らかな場所がひどく痛むという。
殺したくないと、遠いどこかで自分が悲鳴を上げている。
それでも、冷え切ってしまった理性が、殺さなければ殺されるだけだと、無感情に告げてくるらしい。
「俺は、どうだろうな・・・・」
バルグードは、そう呟くと眠るように目を閉じる。そして、大きく息を吐いた。
祈るように胸に手を当て、大きくまた息をした。
それを少しの間を繰り返していた。まるで、懺悔をする聖職者のようだった。
「甘いな・・・・・」
しみじみとした口調で、そんなことを呟いた。
バルグードは時分の体を見下ろした。
マントは血に濡れ、服も黒く薄汚れていく。二人の母譲りである透きとおるような肌も、艶やかな髪も血で汚れていた。
(服とか、買い換えたほうが良いかもな。)
暢気にそんなことを考えて、バルグードは自嘲をこぼした。それは、十三歳の子供が零すには不釣合いなものだった。
人を殺すには、武器と、殺すという強い意志さえあれば事足りると知った。
常に殺意と激情に身をまかせ。
二人のもともと少ない肉は、筋肉に変わっていく。
殺すだけなら、柔軟性だけで十分だった。
「ファーデル。起きろ。」
バルグードは片割れの震えが収まっていることを確認してから、そう呼びかけた。
ゆっくりと顔を上げたファーデルの瞳には、なんの光も宿っていない。
バルグードは慣れた手つきファーデルを立たせ、歩き始めた。ファーデルは抵抗一つせずに、それに従う。
誰かを殺した後は、大抵こうなる。いつものことだった。
「さっさと砂漠を越えんぞ。服も変えなくちゃいけねえし、食料もなくなりそうだしな。」
バルグードが喋り続けても、ファーデルは何一つ反応を返さない。
「イルとキアはどうしてんだろうな?まあ、イルはもともとそういう関係の人間だしな、逃げるだけの能力はもってんだろう。」
バルグードはファーデルに目だけを向けた。
いつものことではあるが、ファーデルがその目をするたびに、不安にはなる。
その目を見るたび、まるで手に掴んでいたものが少しずつ零れ落ちていくような、そんな感覚が覚えるのだ。
バルは強いようで脆い人。ファルは弱いようで強い人。