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執行

「蛭川ッ! 静かにせんかッ!」

 刑務官の怒声が廊下に響いた。

 蛭川は、東京拘置所地下にある刑場に連行中であった。ブツブツと同じ言葉を繰り返している。

 執行目前だというのに堂々と足を進める蛭川の目前に重厚な観音扉が現れた。帯同してきた刑務官によって開かれる。

 扉の先には十二畳ほどの空間がひろがっていた。換気が悪いのか、湿っぽい。

 正面に祭壇があり、その脇に質素な文机が置いてある。扉から右側はアコーディオンカーテンが引かれており、その前に数人の男たちが並んでいた。

 その中には先刻執行を告げた堅田所長と、死刑を求刑した押元恒夫検事の姿もあった。執行前とあって、どの顔も表情が硬い。

 蛭川は一瞥をくれただけで、おとなしくその前に立った。

 それでは――と、堅田所長が表情を変えず、抑揚のない声で死刑執行指揮書を読み上げた。蛭川はまるで他人事のように聞き流す。

 教誨師きょうかいしが歩み寄り、蛭川の肩を抱いて祭壇へと導こうとしたが、これも拒否した。神仏に縋る気持ちなどこれっぽちもない。

「誰かに伝えたいことはないかね」

 堅田所長が文机の上の便箋を指差した。

 書いていいのか、と蛭川は椅子に腰を下ろす。

 蛭川はペンを取ると、にやりと笑みを浮かべ、ペンを走らせた。

『肥後、必ず行くから待ってろ』

 蛭川は便箋を切り剥がし、堅田所長の胸元に突き出した。

「蛭川ァ! この期に及んで――。最期ぐらいおとなしく迎えたらどうだァ」

 押元検事が割って入ったが、それを遮るように教誨師が二人の間に入った。

「ふンッ、早く処刑すればいい」

 蛭川の挑発的な言葉に、一瞬顔色を変えた堅田所長は、それをきっかけにするように押元検事や検察事務官に目配せをして、揃って観音扉から出て行った。

 それと同時に、蛭川は刑務官達に両脇を抱えられアコーディオンカーテンの前に立たされた。

――いよいよか。

 刑務官達の動きが慌しくなった。

 蛭川は後ろ手に手錠を掛けられ、ふんどし用の白い布によって視界を遮られた。鋭くなった聴覚がアコーディオンカーテンを引くかすかな音を捉える。

 刑務官に抱えられるようにして、保安課長、教誨師と共にアコーディオンカーテンの先の刑を執行する刑壇室に進んだ。

 足が震える。

 直前になって蛭川に死の恐怖が芽生えた。

――バカな。何を恐れる必要がある。オレは必ず復讐を成し遂げるンだ。

 恐怖と戦う蛭川に構わず、執行の準備が粛々と整っていく。

 両足の自由を奪われると、首にロープの冷たい感触が伝わった。

 蛭川は恐怖に打ち勝つため、ここへ来る途中に何度も叫んだ言葉を連呼した。

「悪を生んだ悪は許されるのか! 悪を生んだ悪は許されるのか!」 

 その瞬間――。

 恐怖から開放されるような感覚。

 無論、蛭川の錯覚であった。

 しかし――現実には起きてはならないことが起きていた。

 刑壇地下室に落下した蛭川に頸部切断という最悪の事故が起きた。

 床に転がる蛭川の頭部。

 しかし、信じ難いことに蛭川の意識はまだ途切れていなかった。

「ワハハッ、オレは生き延びたぞ!」

 刑壇地下室に蛭川の叫び声が響いた。 

 

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