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死刑囚

 東京拘置所。

 死刑確定囚舎房。

 蛭川ひるかわ正次は、絶望とは無縁のいたって安定した精神状態で、執行までの日々を過ごしていた。

――あと一人。

 死刑囚の身でありながら精神を支えるのは、やり遂げられなかった復讐への強い思いだった。その思いが、やがて迫りくる死への恐怖に打ち勝っていた。

 蛭川の復讐の対象者は三人いた。

 肥後克哉。

 原田大貴。

 角田信雄。

 このうち原田、角田への復讐は果たした。

 自分が味わった苦痛と同等のものを与えてやった。

 しかし、肥後への復讐は警察の手によってくしくも阻止された。

 それでもなお、死刑判決によって永遠に自由を奪われた今でも、復讐の炎が消えることはなかった。まだ機会は残されている、と今もって信じている。

 蛭川を復讐に走らせたきっかけは、二十五年前まで遡る。

 当時、三人とは中学の同級生だった。中学時代の蛭川は、この三人によって絶望の淵に追い込まれていた。

 遊びだと称して「暴力」「脅迫」「辱め」といった行為が、日々繰り返された。命の危険にさらされることも一度や二度ではなかった。

 しかし、教師をはじめ、手を差し伸べるものは現れなかった。誰もが見て見ぬ振りをして我が身かわいさに保身に走った。

 蛭川はただ耐えるしかなかった。相談できる者は誰ひとりいなかった。「自殺」の二文字も頭を何度かよぎった。

 それでも蛭川は乗り切った。

 蛭川より先に耐え切れなくなった生徒の自殺報道に世間が騒いだ。それが歯止めとなって三人から開放された。

 しかし、蛭川の心に深く刻まれた傷は、その後の人生に大きな影響を与えた。

 もともと社交性の乏しかった蛭川は、三人と関わりが切れてからも人間関係をうまく形成できなかった。能力主義の社会にもついていけなかった。

――アイツ等だ、全てアイツ等のせいだ!

 最早、自分を省みることはできなかった。三人への恨みだけが心を支配していた。

――許せない。絶対に許せない。

 蛭川は二十五歳のときに復讐を誓った。

 復讐を決意してからの蛭川は実に冷静だった。

 三十三歳で犯行を起こすまでの八年間、執念深く待った。

 復讐するにあたって最も重視したのは、完全犯罪ではなく、いかに三人に苦痛を与えるか……だった。 そこで導き出した答えが、三人が一番大切にするであろう子供に危害を加えることであった。

――生涯苦しむがいい。

 その粘着質な思考が、すぐにでも実行したい衝動を抑制した。

 犯行に及んだのは、原田と角田の長男が小学生になる春だった。二人は地元に残り家庭を築いていた。

 二人が幸せと喜びに満ちあふれている陰で、蛭川も微笑んだ。

 蛭川は入学式直前、桜の花びらが舞うなか、二人の子供を誘拐し絞殺した。

 その際、残忍にも犯行の様子を記録した残虐な動画を二人に送りつけた。

 世間が猟奇的な事件に騒然とするなか、蛭川は残る肥後の長女の殺害の準備を着々としていた。

 肥後はその当時、地元を離れて生活していた。

 長女は四歳だった。

 蛭川は、早い時期に警察は自分に目を向けるだろう、と読んでいたが、警察の動きはそれを上回った。長女を連れ去ろうと肥後の生活地域に近づいたとき、数人の刑事に囲まれ、取り押さえられた。

 路上にうつ伏せで転がされた状態で、警察の背後に立つ肥後の姿を、蛭川は目の端に捉えていた。

 激昂している肥後に蛭川は口角を上げた。

「まだ、終わってないぞ……」

 発芽する可能性を信じて、恐怖の種を植えつけていた。

――平穏な生活など一瞬にして崩れるものさ。

 蛭川は鉄格子を激しく揺らしながら肥後ォォ、といつものように叫んだ。



  

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