盗掘
アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ。
墓地。
ジョン・アイザックはシャベルを力強く地面に突き刺した。
人目を気にして入り口方向を背に、月明りと、口に咥えたペンライトを頼りに何度も土をすくった。数時間前に埋葬されただけに、土はやわらかく掘りやすい。
「まったく嫌な仕事だぜッ!」
ジョンは墓荒らしだった。
ギャンブル好きな彼は、自動車整備士の傍ら、金に困ると棺に納められた宝飾品を盗掘していた。
その盗掘品を買い取る古物商のニコラスからある物を盗ってくるよう電話で命じられた。
「首だってェ!? そんなもンどうする気だよッ!」
ジョンは電話口で声を裏返した。
「クレイジーなヤツはどこにだっているものさ。ともかくいい金になるンだよ、ジョン」
ニコラスはいたって冷静だった。そうだ。いつだって拝金主義者なのだ。
気味の悪い依頼にジョンは口ごもった。
「なにも『人を殺せ』って言ってるンじゃないよ。死んでるンだから大丈夫だろう。ただし、精気が残っているようなフレッシュなやつだそうだ」
耳元にニコラスの低い笑い声が響いた。
ニコラスのジョークに舌打ちしたジョンだったが、結局、金のために引き受けた。
一メートルほど掘り進めると真新しい黒い棺が現れた。
額の汗を拭うと、シャベルを土に刺し、棺の蓋を一気に持ち上げた。
口に咥えたペンライトの光の先に、南米系の黒髪の美女の姿が浮かび上がった。
ジョンはペンライトを咥えたまま口笛を吹いた。若くして亡くなった彼女への彼なりの憐れみの表現だった。ペンライトを手に取り、足元の方までゆっくりと照らす。
「チッ!」
棺には遺体以外の物は納められていなかった。
――これだけかよ。
ついでに宝飾品も、と考えていたが、あてが外れた。仕方なくペンライトの光を遺体の顔に戻す。
――フレッシュなやつだって?
わかっていたことだが、これから胴体から切り離さなければならない。やはり嫌な仕事だ。
ジョンは怖気づくまいと、鼻歌で気持ちを高揚させながらシャベルを握った。
シャベルの先を遺体の首筋にあてる。生唾を飲み、覚悟を決めてシャベルを強く握りしめ、思い切り高く振り上げたそのとき、背後からなにかが近づいてくる気配を感じた。
驚いたジョンが振り向いた視線の先には、ペンライトに反射する二つの光る目があった。
猫だった。闇の中からジョンの悪行を監視するかのように見ていた。
――けッ! 驚かせやがって!
ジョンは怒りにまかせて猫に向かってシャベルを投げつけた。猫は俊敏に後方に飛び跳ねると、音も無く暗闇に吸い込まれるように同化していった。
ジョンは呼吸を荒くしながらシャベルを拾い上げ、再び遺体に対峙した。しかし、首筋に狙いをつけたがなかなか突き刺せなかった。遺体とはいえ、向き合ったままではどうしても躊躇してしまう。
ジョンは一旦シャベルを手放し、ごめんよ、と遺体をうつ伏せにした。
――なンてことないさ、死体だろう。これは人形の解体と同じさ。
ジョンは自分に何度もそう言い聞かせ、シャベルを握る手にに力を込めた。
このときジョンは、遺体の女性のカラダに銃創があるとは知らなかった。