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葛藤

 監禁状態の少女を発見した掘鳥とスティーブは、叩き割られたガラス窓から屋内に進入した。部屋は八畳間の和室で、長期にわたって空き家であることが窺えた。

 少女は窓と向き合う壁の右隅で椅子に縛りつけられていた。

 掘鳥は安全のためスティーブを窓際に立たせ、少女に近づいた。悪臭が鼻をつく。

「大丈夫か?」

 刑事であることを告げると、少女は気丈に首を縦に振った。

 もう大丈夫だ、と口のガムテープを剥がし、椅子に固定しているロープをほどいた。

「お水をください……」

 咽喉の渇きを訴える少女の要求に応えるべく、堀鳥は迅速に行動した。

「水を探してくる」

 スティーブに告げ、窓から身を乗り出した。

「堀鳥さん、でしたらあそこへ行くといいッスよ」

 スティーブは向かって右側の三軒目の家を指差した。

「銃声が気になったンでしょう。ベランダに女の子が出てました」

「そうかッ、自宅避難してるか。だったら連れて行こう。シャワーや着替えもさしてやりたいンだ」

 堀鳥は向き直り、スティーブに玄関の鍵を開けるよう指示した。

 束ねられた色褪せている古いカーテンを取り外し、少女のもとへ進む。

「シャワーを借りに行こう」

 少女の下半身をカーテンでくるみ、抱えあげた。

「名前は?」

 玄関に足を進めながら訊いた。

「肥後奏です」

 奏と名乗った少女は、掘鳥の腕の中でようやく安堵の表情を浮かべていた。

 玄関ではスティーブが待っていた。

 堀鳥が目で合図をすると、周囲を警戒しながらベランダで女の子を見かけたという家まで先導した。

 インターホンを押し、応答を待った。

 スピーカーから声が聞こえるより先に扉が開いた。扉から顔を出したのは、小学校低学年くらいの女の子だった。

「お嬢ちゃん、パパかママはいる?」

 スティーブが柔和な表情をつくって訊いた。女の子は首を大きく縦に振る。

「呼んでくれるかな」

 今度は横に激しく振った。

「病気で寝てる……」

 女の子の言葉を受け、スティーブが掘鳥に判断を仰いだ。

「中に入ろう」

 掘鳥は即断した。スティーブに顔を寄せ、耳打ちする。

「服をよく見てみろ」

 アニメキャラクターがプリントされたTシャツの袖の部分に、血痕のような染みがついているのを見逃さなかった。

 確認したスティーブの顔が引き締まった。女の子に身分を明かし、家に上がれるよう穏やかに諭した。

 誘導した形ではあるが家に入れた。

 スティーブとの会話で女の子は美緒みおという名前であることがわかった。その美緒によると、この家に母親と二人暮らしらしい。今朝、美緒が二階の寝室で目覚めると、いつもは起きているはずの母親が、熱があると言って、ベッドを離れないということだった。

「様子を見てくる」

 堀鳥は奏を上がり端に降ろした。

 スティーブを残し、母親がいる二階には上がらず、玄関から左手に続く廊下を進みリビングに足を入れた。

 リビングで真っ先に目に飛び込んできたのは、円形のテーブルに散らばった薬品類と、血を拭き取ったティッシュの塊だった。状況から美緒の母親が怪我を負っているのは明白だった。

 キッチンで奏のためにコップに水を注いだ。

 玄関に戻り奏にコップを手渡した。スティーブにリビングの状況を告げ、階段を上がった。万一に備え拳銃に手を掛けた。

 二階に上がると、かすかに荒い呼吸音が漏れ聞こえた。

「警察です。大丈夫ですか?」

 声を出せないのか、呼吸音だけが聞こえてくる。

「大丈夫ですか? 失礼すますよ」

 堀鳥は拳銃を抜き、そっとドアを開けた。

 ドア一枚にかなりの消音効果があった。母親は喘ぐように肩で息をしてベッドに横たわっていた。

 掘鳥は拳銃をしまい、代わりに警察手帳を取り出し呈示して、母親の元に歩み寄った。

 額に大量の汗を浮かべた母親の左腕には厚く包帯が巻かれていた。激しく喘ぎながらも、目だけは堀鳥の動きを追っている。

「化け物に襲われたのですか?」

 部屋干しされていたタオルで汗を拭き取りながら単刀直入に訊いた。

 母親はわずかに首を動かし、それを認めた。

 お気の毒です――咽喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。

「シャワーお借りしてもよろしいですか? それから着替えも――」

 堀鳥は一旦寝室を出て、階下のスティーブに奏を浴室に連れていくよう声を掛けた。寝室に戻ると、ドレッサーの椅子を引き、腰を下ろした。

 死者が人を襲う。

 そんな耳を疑うような事件が、昨夜未明から東京・名古屋で相次いで起きた。しかも、これまでの報告では、襲われた者の死亡率は100%だという。更に、死亡確認された直後には、別の命を吹き込まれたかのように活動を始め、人々に襲いかかるという悪夢のような連鎖が起きている。

 堀鳥はまさにその怪異な事象に直面しようとしていた。

 もう、長くはないだろう。

 美緒の母親の呼吸は一段と速くなっていた。

 すぐにでも楽にしてやりたい。そんな思いが込み上げる。

 しかし、法を遵守する立場の職に就いているいじょう、この世に踏みとどまっている命を奪えない。それは殺人である。だが、化け物として蘇ることを望む者もないだろうと思う。

 ならば――。

 堀鳥は銃口を向けたまま、葛藤していた。


 

 

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