ピットリヴァース博物館
東京拘置所長の堅田鉄夫は、休暇を利用してオックスフォード大学附属のピットリヴァース博物館を訪れた。
ピットリヴァース博物館は、同大学の自然史博物館から出入りする。
自然光の射す、自然史博物館の展示室を抜けると雰囲気が一変した。暗がりのなかびっしりと民族・考古資料が詰め込まれた黒塗りのケースが並ぶ通路を目を凝らし、期待に胸を膨らませながら進んだ。目的はただひとつだった。
「美しい……想像以上に――」
足を止めた堅田はその展示物の前で声を漏らし、胸を躍らせた。
<ツァンツァ>
暖かなライトに照らされるにはそぐわない野球のボールほどに加工された小さな女性の頭部。
剥いだ皮に詰め物をして作られたそれは、生前の表情をわずかに残している。
光沢のない茶色い長い髪。突出した下顎が特徴的で、額の両側面は収縮している。
堅田は特に縫われた瞼に魅かれた。きっと美しい目をしていたに違いないと想像を掻き立てられる。
かつて<ツァンツァ>は、首狩りの風習をもつ部族に宗教的な意味合いをもって作られていた。
敵の霊魂を束縛することにより、制作者への奉仕を強制するものであると信じていたのだ。
しかし、ヨーロッパを中心とした好事家の目に留まると、交易用に製作され、世に広まった。そのために多くの命が奪われたことは悲劇と言っていいだろう。
趣味の読書で<ツァンツァ>の存在を知った堅田は、実物をひと目見たいとインターネットを利用し、ピットリヴァース博物館が所蔵しているとの情報を得てここに訪れたのだった。
――実に見事だ。
堅田は深い皺が刻まれた目尻を下げた。人目も憚らず、食い入るように見つめた。
堅田は死顔が好きだった。
きっかけは、母の死である。
堅田の母和子は、若くして他界した。子宮ガンだった。
和子は、堅田が物心がついた頃には病床に臥していた。生前の母の記憶といえば、病に苦しむ姿しか浮かばない。
その母の最期を父と看取った。
「お母さんは遠い所へ行ったンだよ」
遺体となって家に戻った母の横で、死化粧が施されるの見ていた。苦痛から開放された母の顔は、とても穏やかで、眠っているようだった。堅田の知らない母の顔だった。
「お母さんきれいだね」
涙を流す父をよそに、堅田は母の顔に目を輝かせた。死顔は美しいものだと認識した瞬間だった。
――なンとか手に入らないものだろうか。
堅田は<ツァンツァ>に目を奪われたまま、そう思った。