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楓と迷惑執事  作者: 音哉
9/30

楓と釣り竿


 釣具店は反応の薄いお爺様が一人で店番をしていた。レンタル用釣竿は宿の近くと言う事で需要が多いのか、かなり多くの数と種類を揃えている。和美と佳奈は直感で決めたのか、ものの数分でその中から一本を選ぶ。しかし、私は竿を手に取ろうにも・・・。


「私これっ! 針がいっぱい付いていて釣れそう!」

「私はこの細くて短いやつー。お値段も手ごろだしl!」


 和美と佳奈は支払いを済ませて店の外でもう振り回し始めている。でも、私は借りようにもお金を持って来ていない。こういう備品の様な物は学校が用意してくれると思っていたからだ。まさか有料オプション扱いだとは・・・。一番安い300円の竿すらも私には借りる事が出来なかった。


「楓ちゃんー。まだぁ?」

「どうせ私達には釣れないからどんなのでも一緒だって! 雰囲気を楽しみに行く感じで軽ぅーくいこうよ!」


 二人は釣竿でチャンバラをしかねないくらい暇を持て余し始めたようだ。私の方もどんなに制服のポケットを探っても硬貨の一枚も見当たらない。私はとりえ合えず、二人の時間を無駄にしてはいけないと、店の外に向かって言う。


「ごめーん。私こういうの時間かかるタイプなのー。先行っててー!」


「まったく! 楓はどうせこだわりの本格派なんだろうけどぉ。良さそうな竿は値段高そうだったよー。けど楓には関係ないかっ! それじゃ、先行ってるねー!」


「楓ちゃーん。さっきの岩場の向こうに見えた波止場だよー。早く来てねー」


 二人の騒ぐ声が小さくなっていった。店の奥を見ると立派な竿が並び、和美の言うとおりそれに見合うようにお金の桁が一つ増えている。一番安いのも借りられないのだから、当たり前のように奥に行く意味は無い。私はおじい様に愛想笑いを見せながら店を出た。


「どうしよう・・・。借りずに二人が釣りしているところを見ててもいいけど・・・。せっかくみんなで釣りをするって決めてたのに・・・変な空気になるかなぁ・・・」


 トボトボと波止場に向かって歩く。


しかし、私の頭にひらめく事があった。良く見れば・・・、いや、良く見なくてもこのあたりは豊かな木々に囲まれている。残念ながら竹こそないが、細く長い木の枝を捜してそれを釣竿にすればいいじゃないかと!

 

私は「よしっ」と言いながら手を一つ叩くと、茂みの中へ躊躇なく足を踏み入れた。このような場所に入り込むのは山菜を採りに行く時に良くやる事なので勝手が分かっている。気をつけるのは毛虫とマムシだ。この林の感じだとマムシはいないと思う。


 私は5分とかからず2m弱の手ごろな長さの細い木の枝を手に入れた。その先にソーイングセットに入っていた糸を結びつける。裁縫道具は多少の靴下や下着の破れでは捨てる事が許されない我が家では必須アイテムで、いつも胸ポケットに忍ばせている。


 完成した立派?な釣竿を持ち、私は上機嫌で和美達の元へ急ぐ。どうせ和美はこの釣り竿を見ても『江戸時代の名品』だと言い出すだろうが、私はお金が無い本当に貧乏人だと説明する良い機会かもしれないと思った。ただ・・・、裁縫用の糸が魚を釣り上げる時に切れないかと言うのだけが心配である。


「そっ・・・それは江戸時代の名匠、加賀屋彦十郎の品では!」


 私は考えていた事と同じようなセリフを後ろから投げかけられ、体を震わせるほど驚いた。無言で振り返ると、ポケットがたくさん付いているベージュのベストを着た、60歳過ぎだろうと思われるおじ様が立っていた。黒く長い竿を持っており、釣り人にありがちなタイプのつば付きの帽子もかぶっている。


「わ・・・私ですか? 私に話しかけているのですか?」

「そうだよ! ちょっとそれ見せてくれ!」


 おじ様は私の釣り竿・・・には程遠いかもしれない棒切れを奪うと、目に近づけたり遠ざけたり、手で撫でながら質感などを調べている。


「あの・・・それは私が今作った・・・」


 釣り竿・・・と言う言葉が出ない。ザリガニ捕りの棒と言った方が良いかもしれない。


「なんとっ! 君が作ったのか! これはすばらしい出来だよ! 是非譲ってくれ! どうしても欲しいんだ!」


「は・・・・はあ」


「もちろんタダとは言わない! この竿を上げるよ!」


 おじ様は替わりに私に黒い釣り竿を渡すと、スキップをしながら去って言った。何か・・・不自然だ。どこか・・・おかしい。いや、かなりおかしいぞ・・・これは・・・?


 交換に渡された竿は傷や汚れのような使用感は無い。どうみても新品に見える。欠点と言えば全体的に若干重いかな。おそらく原因はこの機械の塊に見える複雑なリールだ。品質は、先ほどの釣具屋で貸し出していた一番値段が張る物より上に見える。


 あまりに良すぎる物を貰った気がして返そうと思ったが、おじ様はもう姿が見えなくなっていた。まあもう少し歩くと和美達が待っている波止場なので、もしおじ様の気が変わって戻ってきたらすぐ見つけてくれるだろうと思い、私は黒い釣竿を手にして歩く。



「楓ぇー。遅かったねー。でもさ、小さな魚しか釣れな・・・」


 和美は私の釣り竿に目を留めると、口も同時に止めた。和美や佳奈の借りた短い竿とは違い、私のは圧倒的に長く存在感がある。そして、二人の竿についているリールの3倍はあるメカニカルな糸巻き装置が装着されている。


「か・・・楓ちゃんの釣り竿・・・高そぉ・・・」


 佳奈も触るのをためらうようにして、顔だけ近づけて私の竿を眺める。けっして私達は釣りマニアではない。しかし、素人目にもこれはただならぬ品物だと言う事がわかってしまうのだ。


「時間がかかったのは・・・ひょっとして楓、「この店の品物は大した物が無さ過ぎる! もっと良いものしか私は使わんぞ」・・的な事を言って、あのお店のおじいさんに秘蔵の釣り竿でも出してもらったの? 金に糸目はつけんみたいな感じで?」


「なるほどぉ。確かに楓ちゃん、自分にぴったりな竿が無いって雰囲気だったもんねー。お店の中で・・・」


「えっ? ・・・って、和美も佳奈も何言ってるのよ! これはさっき知らないおじさんが・・」


「法華院・・・すげーなこれ・・・」


 私が必死に身振りを交えて手に入れたいきさつを話そうとすると、同じクラスの男子がメガネを上げながら近寄ってくる。波止場には他にも釣りをしに来たクラスメートがいて、大体20人ほどいた。


「竿も凄いけど、これ見たことも無い電動リールだ。バッテリー内臓でこのコンパクトさ。新型?」


 冷やかしに来た私達とは少し違い、ここに来ている男子はみんな釣り好きのようで、道具に興味をそそられている。


「でもさ・・・。その長さ・・・。どうみても波止場用じゃないぜ。かなりの大物用だな・・・。ちょっと違うんじゃねーか?」


「長さ? によって用途が違うの?」


 男子はみんな私に向かって首を縦に振ってみせる。使いやすいとか使い辛いとか好みで選ぶんじゃないんだ・・・。私だけじゃなく、和美と佳奈もホウホウと感心している。


「なあに、法華院さん。カジキでも釣る気?」


 場にそぐわない声。この人がこんなところにいるとは・・・。男子達の後ろに、『金成お嬢』こと、紫藤愛美さんが潮風にパーマを揺らしながら立っていた。私は話しかけられた手前、当たり障りの無い言葉を社交辞令のように返した。


「あ・・・ああ、紫藤さん。あなたも・・・釣りをするんだ・・・?」


「あら、私は釣りが大好きですのよ。・・・と言ってもこんなところでするのはもちろん初めて。ハワイやオーストラリアに行ったときのトローリングが大好きなのです。今回は庶民の釣りを体験学習する意味合いで来てみました。法華院さんは・・・釣りがあまりお詳しくないようで」


 紫藤さんは私の釣り竿を見て笑っている。いい釣り竿だったらなんでも釣れる・・・と言う訳じゃないようだ。


「まあ・・・頑張ってくださいませ。それでは、私達も続きを・・・」


 紫藤さんは私に背を向け、取り巻きの女子と男子を連れて波止場の先端に戻っていった。


嫌そうな表情でそれを見送った和美は、私に近づいて小声で言う。


「金成お嬢って何から何まで男子に任せているのよ。餌をつけるところから針を海に投げ入れるところまで。釣れたら魚をはずすのももちろん男子。あれで釣りしているっていうのかねー? どこが釣り好きなのかわかんないわよ」


 言っているそばで紫藤さんは魚を釣り上げたが、すぐに男子が竿の先に飛んで行き、せっせと魚を針からはずしている。


「まあ金成りお嬢があれなのは今に始まった事じゃないし・・・。それに小魚しか釣れないからどうでもいいけどね」


 ため息をついている和美のそばにあるバケツを覗いてみる。約10cm前後の青魚が数匹元気良く泳いでいた。港の近くではおそらくこのくらいのサイズなのであろう。でないと漁師さんが船を出して沖にまで獲りに行く意味が無い。


「じゃあ・・・私も釣れなくてもいいからとりあえず格好だけやってみようかな・・・」



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