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楓と迷惑執事  作者: 音哉
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楓と竜神

 臨海学校。とどのつまり、宿泊訓練かな。いや、高校生にもなって自宅以外では眠れない、泊まれないなどと言うことなんてまず無いと思う。補足説明を入れるとしたら、共同生活の訓練と言ったところか。


山の中での宿泊訓練は林間学校と呼ぶ。山と言っているのに林とはどういうことだ。山であれば森だろう。いや、私が言いたい事はそれじゃない。山ではやる事が無い上に、蛇や足の多い虫が出てきそうな林間学校は不人気。それよりはまだ泳ぐ時期ではないとは言っても、いろいろと楽しめる海がある臨海学校の方が人気だ。


私のクラスでも大多数の生徒の票を獲得して臨海学校の希望を提出した。結局1年生の4クラス全てが海を希望とのことですんなり行き先が決まった。私も、山は食べ物が取れる時期が限定される上に、山菜はともかく食用キノコを見分けるのは本当に難しいと言う理由で、比較的すんなり食べ物が獲れる海の方が好ましい。


とはいえ、私達の高校は30kmほど行くと海がある立地だ。それほど海を珍しがる子もいない。そこで学校はバスで4時間の距離にある、ビーチでは無くまさに海岸と行った感じの和風で渋い場所に連れてきた。

 


昼過ぎに到着し、私達は高校の食堂を連想させるやや殺風景な広いお店で昼食にカレーライスを食べる。みんなは肉が少ないと文句を言っていたが、私のには一切れ入っていて天国に上るような気分になった。


「あっさりしたカレーだったね」


「うん、おかげでいくらでも食べれそうな気がしたぁ」


「食べれそう・・・って、食べてたじゃない。ホント・・・佳奈って、よく男子の前で三杯もおかわりできるわね」


 お腹を突き出して太鼓のように叩く佳奈に向かって、和美は首を軽く振りながらため息をつき、「やれやれ」と声を出している。そんな二人を見て私が笑っていると、和美は視線を横に向け、食堂を出て行こうとしている一団を見た。


「金成お嬢なんて一口食べただけよ。口に合わないとか言ってたわ。今から外食しに行くんだってさ。確かにこれから自由時間だけど・・・。でもさ! 食事中にまずいとか言ってスプーン置かれたら、それを食べる私達、超気まずいじゃない? 楓は美味しそうに食べてくれて私達に気を使ってくれているってのに。同じお嬢様でもすごい違いねっ!」


 声こそ出さないがブーイングを送っている和美。私はその横で空になったカレー皿を見ながらつぶやいた。


「私は本当に美味しかったんだけど・・・・」

「だから楓は好きぃー! むしろ楓なんてカレーと言う物を口にしたことが無いから、逆に美味しく、珍しく感じたのかもねっ! 金成とは、全然っ、違う!」


 和美は私に抱きついて頬をこすり付けてくる。


 今、和美が『金成お嬢』と呼んだのは同じクラスの紫藤愛美さん。お嬢さま学校である大谷高校でも群を抜いてのお金持ちであるらしい。常に取り巻きを連れて歩き、和美に言わすと『高飛車な女』ということだ。


正統派なお嬢さまだと思われている私に対して、あちらは本物では無いと言う事で『成金』。しかしその言葉は直接すぎるので逆にして『金成』。成金なお嬢さまと言うことで『金成お嬢』と呼ばれるようになった。もちろん、本人に直接言っている訳じゃない。


上から物を言う紫藤さんと、気の強い和美はけっして仲が良いとは言えず、喧嘩こそしないが何かと対立をしている。


「まぁ、いいじゃない? 物をまずく感じるって言うのは不幸よぉ。私なんて何でも美味しいから、いつでもどこでも大満足!」


「美味しいと感じるのは結構だけど・・・。佳奈はもうちょっと量を減らさないとね」


「違うよぉ。和美ちゃんと楓ちゃんが細すぎるから私がぽっちゃりに見えるんだってぇ」


「そういう事にして置いてもいいけど・・・・。6月に入ったらプールの授業あるよ」


「ふぇぇぇぇ。せ・・・せめてお腹を二段にしておかないと・・・」

「段が出来ちゃダメだって・・・」



 私達は食事を終えて自由時間は宿周辺の散策に向かった。学校の行事としていきなり自由時間というのもおかしいかもしれないが、実はその時間は暗黙の了解で体験学習的な事をしなければならない。つまり、時期的に泳ぐのは無理だが、磯で遊んだり釣りをしたりと言う事だ。


もちろん、危険だと思われる場所には近づかないようにと言われており、そういった付近には先生が立って見張っている。とにかく真面目な生徒が多い学校なので、それで私も十分だと思う。

 

私達は三人で浜辺の横にある岩場に向かった。予想通りイソギンチャクやヤドカリばかりで食べれるようなものは無かったが、遊び相手には面白かった。


「ヤドカリの殻ってボロボロだけど、普通の貝の殻って綺麗よね。貝は自分でメンテナンスしているからかな? ヤドカリは出来ないから次々と空き家を借りるのかね?」


 和美がヤドカリを捕まえて、つまみ上げながら直接ヤドカリに向かって質問をしている。


佳奈は彼女の本能なのか、食事を終えたばかりなのに大きな巻き貝ばかりを拾い集めて「美味しそう」と言っている。


私も日ごろの習性で食べられるものの採集をしたくなるが、冷蔵庫も無い部屋では腐らせてしまう。ここは涙を飲んで諦めるしかない。

 

和美はヤドカリを水の中に離すと、周りを見回して不思議そうに口を開く。


「この場所って・・・人気? さっきまで誰もいなかったけど・・・。結構・・・、この村・・・町かな?って人いるのね」


 私達を中心に、円を描くようにいつの間にか人がいた。姿からするとこの小さな町に住むおじい様やおばあ様達だ。少し若そうなおじ様もいる。


みんな岩場で何かをかがんで集めているような様子だ。貝を拾ったり熱心な様子だが、それは様子だけで、必死に集めている訳ではない。貝を手に取り、元にもどす。・・・何かの選別なのだろうか? それとも研究? 岩場の波打ち際には特に壁を作るようにして人が並んでいる。


「美味しいものでもあるのかな?」

「波が岩に当たる場所がポイント?」

 

佳奈と和美と私、三人で顔を見合わせて首を捻る。少しの間観察してみたが、何をしているか一向に分からない。自宅近くの海で食べ物の採集を頻繁に行っている私にわからないと言う事は、この辺りの地元の人には先祖代々伝わっている何か美味しい食べ物でもあるのだろうか? 

例えば斑紋に特徴のある幻の貝を探しているとか? できれば教えてもらいたいけど・・・。


「まあ・・・。人が多いし・・・あっちに行ってみない?」

 

和美が指差すのはもう少し岩場を深く入っていく方向だ。岩の陰から何やら大きな横穴が見えている。あれは洞窟なのか、波に削られただけなのか、はたまた昔の防空壕跡なのだろうか? 


私と佳奈は和美の後をついて行こうとすると、周りにいた一人の老人が立ち上がって和美の前に立ちふさがった。


「あそこは近づいちゃならねぇ!」


「え・・・。どうして・・・ですか?」


 和美は、突然杖でもついてそうな歳のおじい様から大音量の声で止められたので、驚いて顔が引きつっている。


「あそこに行った者は必ず不幸になる。必ずじゃ! あそこは竜神様の巣なのじゃぁ!」


「は・・・はい? 竜・・神・・?」


「そうじゃ! 神様の場所を汚した罰は子々孫々、7代に渡って祟られるぞ!」


「な・・・7代・・・」


「それでも行くのじゃな! なら止めはせん! いいのじゃな? 本当にいいのじゃな!」


 脅威の目力に和美は圧倒されて後ずさる。お爺様は髪の毛は少ないというのに、それを振り乱しているかのような迫力がある。


現代っ子は神や迷信を信じないと言う風潮は確かにあるが、アニメやドラマでこのような人物の言う事に逆らった場合、主人公達にとんでもない事が起こるという事も良く分かっている。和美ももちろん例外では無かったようだ。


「こ・・・こわ。やめときます・・・。つ・・・釣りでもしに行きます。・・・ね? 楓、佳奈、行こう・・・」

 

いつの間にか周りにいた人達も、屈んだそのままの姿勢で私達に視線を向けていたのは怖かった。この町・・・いや、この村には何かある。お爺様に逆らえばホラー映画の始まりだ。


おそらく和美と佳奈も同じ事を考えていたようで、私達は足早に岩場を去った。後ろを振り向くと、まだ老人は私達を見ていた。


「こわいよぉ。私達呪われちゃったかなぁ?」


 佳奈は両手を口に当てながら眉をひそめている。


「呪いなんて・・・信じてなかったけど・・・。あのおじいさん凄い迫力・・・。あれは逆らっちゃダメなフラグね・・・。無視して入ったら・・・三人とも明日の朝に死体になってるパターンよ・・・」


 和美がそう言うと、横で佳奈は激しく首を縦に振っている。


「なんだろうね、竜神様って。この地方では有名なのかな?」


「楓、竜神様が問題じゃなくて、例え竜の落とし子様でもあのおじいさんの言うとおりにしなきゃだめよ。凄い迫力、本気、超本気だったんだから・・・あの人。あれが演技だったとしたら凄いわよ。本格俳優よ。・・・んなわけないから、きっと本当にあの場所には何かあるのよ。きっとそうっ!」


「俳優? ・・・・・・・・俳優? ・・・エキストラ? ・・・・・・冬哉。・・・まさか」


 再度振り返ると、先ほどの人たちは依然と私達を見ていた。まるで・・・監視をしているかのように。


(もしかして・・・私達を・・・危険な場所に近づかせないように・・・。波打ち際に壁を作っていたのも・・・海に落ちないように・・・とか)


 そんなはずはない。臨海学校に来ている事を冬哉は知らないはずだ。それに、こんな所にまで息のかかった人達を配置できるはずが無い。


「楓どうかした? まだ怖いの?」


 振り返ったまま足を止めてしまっていた私に、和美が後ろから肩を叩きながら言った。


「う・・・ううんっ! 大丈夫!」


 ・・・・そんな事はない。そんな訳は無い。冬哉を気にしすぎだ。少し病的かもしれない。ほら、今すれ違った人、私を見ていたような気がした。それも気のせい。意識過剰。気をつけないと和美や佳奈に変だと思われる。


「じゃあ本当に釣りに行こうよ。私やった事ないんだ」


「和美ちゃんも? 私もないー。楓ちゃんは?」


「えっ? ・・・うん、釣竿を使って魚を釣ることは初めてかな?」


 図書室の本に載っていた罠を作って魚を捕まえた事はあるが、それは当然釣りとは言わない。


「じゃ、釣竿借りに行こう! GO! GO!」


「確か宿のそばの釣具店で貸し出しやってるんだよねー」


 高校生特有の切り替えの速さ、和美と佳奈はもう不安だった気分はどこかに飛んで行ったようで、上機嫌に行進するかのように歩いて行く。


 私も気分を切り替えて釣具店の中へ突入するが、そこで息を飲む事となった。




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