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楓と迷惑執事  作者: 音哉
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楓と主婦

 和美と佳奈はせっかく来たんだからと言いながら、それぞれどれのクレーンゲームをやろうかと話している。和美はお菓子系以外にもキャラクター系や金魚などの生き物系までを見て回っている。


佳奈は結局お菓子コーナー、それもやはりチョコレートが詰まった機械をじっと見つめている。・・・佳奈のこんな真剣な顔は見たことが無い。私はその二人を眺めながら、足はお米のクレーンゲームの前に張り付いたままだ。


 そこに、店の奥からウサギに良く似た大きな頭を揺らしながら、何かのキャラクターの着ぐるみを着た人が出てきた。その人は無言だが、コミカルな動きで振る舞い、手に持っていた紙を私達に配ってくる。


「あー! 無料券だっ!」


 和美が声をあげ、それを食い入るように見ている。佳奈も私もすぐそれに目を向ける。

 紙には、


『女性歓迎 UFOキャッチャー限定無料券』


 と、書かれてあった。


「いいの? ウサギさん!」


 着ぐるみを着た人は、和美に向かってコミカルな動きの中にうなずく動作を一つ入れた。


「ラッキー! たぶんゲームセンターって男が多いから、女の子を呼び込むためのサービスなんだよ、きっと!」


「なるほどぉ!」


 佳奈はすぐさま納得をすると、その券を持ってチョコレートのクレーンゲームに向かった。

和美が言うとおり、店は男性率が高いので女性にサービスをして女の子を集めると、更に男性が増えてくるといったループが生まれると思われる。良く考えられたサービスだ。 


和美も嬉しそうに金魚や小さなエビが入ったクレーンゲームに向かう。・・・あのエビは育てたら食べられる大きさになるのだろうか・・・? いやっ! 私はやはり米だっ! 銀シャリだっ!

 

お米のゲームの前に戻ってきた私だが、この紙のチケットをどう使うか分からない。100玉の硬貨を入れる穴しかないのだけれども・・・?

 

横目で和美達を見ると、商品受け取り口の隣に何やら紙を近づけているようだ。


「わっ! 三回も出来るよ! サービスがいいねっ!」


 和美が、私や佳奈に向かって機嫌良く言う。その瞬間、私は誰かにぶつかられてよろめいた。


「あっ、ごめんなさいね」


 女性の声だった。振り返ると、30代後半くらいに見える主婦が5人ほどでウサギを取り囲んでいた。


「今日だけのサービスなの? いつもやってよー」

「奥さん、見て! お米もあるわよ!」

「あらほんとだ! 家計が助かるわぁ」


 主婦達はサービス券を毟り取ると、かわいいぬいぐるみが入ったクレーンゲームなど目もくれず、生活に直接影響があるお米やお菓子などに群がった。その中でもやはり私と同じく、お米に的をしぼったようだ。


「あらだめだわっ! こんなの持ち上がらないわよ!」

「奥さん、それはジョークよ! 無理無理! こっちでちょっとずつすくうのよ! ほらっ! とれた!」


 やはり10kgパックのお米は失敗していた。クレーンはお米のちょうど真ん中を掴んだのだが、重みのためか少し持ち上げただけで、クレーンの先はまるで諦めるかのように開いてお米を元の位置に戻してしまったのだ。


頬を膨らました一人の主婦はもう一度挑戦するが、やはり結果は同じ。最後の一回は袋を開けられて山のように盛られているお米のほうに挑戦して、1すくい程のお米を手に入れていた。


「取れないものを置いてちゃだめよ! ウサギさん!」


 一人がそう言うと、ウサギはコミカルな動作の中に頭を下げる動作を一つ入れる。


「まあまあ、奥さん。アレは宣伝みたいなものよ。お店もタダ券でお米を10kg持っていかれたらつぶれちゃうわよ!」

「そうね! なんせタダだもんね!」


 主婦達は大声で笑って戦利品をお互いに見せ合いながら去っていった。主婦パワーに圧倒されていた私の元へ和美が来てためいきをつく。


「やだなぁ。女も男もどこで変化しちゃうのかなぁ。結婚してからかな? 子供産んでから? 気をつけよっと・・・」


 私が苦笑いを向けると、和美は笑顔になって小さな魚が入ったプラスチック容器を見せてきた。その魚は黄色の熱帯魚のように見えた。


「今日からこれが私のペット!」


「みてみて! 2つもとれたぁ!」


 そこに佳奈がチョコレートの大袋を二つ持って嬉しそうに戻ってきた。


「ええっ! 二つも? 三回中二つもとったの?」


「ふっふっふ。最初の一回は失敗したけど、それでコツつかんじゃったぁ」


「思わぬ才能ね・・・。それとも、相手が食べ物だからの集中力なのか・・・」


 和美と佳奈はお互いの取れた物を見せ合って喜んでいる。私も・・・頑張らないと!


「ええっ! 楓はお米に挑戦するの? なんで?」


 和美はお米のクレーンゲームの前に再度立った私に不思議そうに言った。


「楓ちゃんは生き物を持って帰っちゃうと・・・怒られちゃうんじゃないかなぁ?」


「そうかぁ。お嬢様だからそれがあるか。庶民のお菓子にも興味は無いだろうし・・・。お米なら・・・使用人の賄いとかにも使える・・・ねっ!」


 相変わらず、強引にしか思えないルートでの納得を和美は見せる。しかし、私はそれを否定する余裕は無い。私の頭は大物狙いか確実性をとるかで高速回転をしていて今にもショートしそうなのだ。


「やっぱり・・・確実に・・・。三回取れれば・・・家族全員の高級おかゆとして3日分に・・・」


 私はお米がばらしてある方の機械の前に立った。先ほどの主婦達は量に違いはあれこそ、全員こちらの機械では成功していたからだ。


―トントン―


 私の肩を誰かが指で突っついた。後ろを見ると、それは和美でも佳奈でもなく、ウサギさんだった。彼はピンク色の顔を隣の機械に向けて、指さしている。


「あはは! ウサギさんがあっちをやれって言っているよ! そのほうが盛り上がるからじゃないっ!」


 和美は笑顔で移動して、隣の10kgのお米が積まれているクレーンゲームの前に立つ。佳奈もそこへ行って、私に向かって手招きを始めた。


「えっ・・・私は・・・確実に・・・。だって・・・それは無理だもん・・・」


 そちらに挑戦した主婦の様子はしっかりと頭に焼き付いている。明らかにクレーンの挟む力が足りない。おまけに、そのクレーンを取り付けている細い鉄の棒も10kgの重みに耐えられないかのように、お米が持ち上がった瞬間少し軋んで曲がっていた。


「やっぱり私は・・・こっちを・・・。・・・えっ!」


 ウサギさんの手が私の腰に触れた。その瞬間、すっと私の体は動き、まるで自分の意思で歩くかのように和美達がいる機械の前に歩かされた。お嬢さま時代に少しやっていたソシアルダンスを思い出す。


「これが取れたら大爆笑よねっ!」

「楓ちゃーん、頑張れぇ!」


 二人とウサギさんは手を叩いて応援をしてくれる。どうしてもお米が欲しい私だが、みんなの楽しそうな顔を裏切るのも酷だ。私は涙を飲んで、一回をこちらでやり、残りの二回をあちらでやる事にする。


目の前で見れば、二人もこちらのお米は取ることが出来ないんだなと納得してくれる事だろう。1すくい分お米が減るが、これも付き合いだと我慢しよう・・・。


「それじゃあ・・一回だけ」


 私は目を潤ませてクレーンゲームに向かう。まずはサービス券にあるバーコードを確か機械に読み込ませるはずだ。


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