楓と名米
ある日の学校。私は放課後にゲームセンターに寄らないかと和美達に誘われた。お金が無いために、毎回遊びの誘いを断っていた私。
アイスクリーム屋に行ってアイスをたべないのはおかしいが、ゲームセンターに行ってゲームをしないのはそれほど変ではない。二人が遊んでいるのを眺めていればいいのだ。
「何? どう面白いの?」
ゲームに詳しくないためか、いまひとつピンと来ない私は、面白いと連呼している和美に質問をした。
「面白いって言うかさ、変なのよ、そのゲームセンター」
「和美ちゃんも初めてなんだよねー?」
「行った弟からバッチリ場所を聞いているから大丈夫。いつも私達が帰り道に通る方の商店街じゃなくて、東側の商店街にあるらしいのよ」
「そっちは楓ちゃんが帰る方向だよね」
「私は道路沿いの道を歩くから、ほとんど商店街を歩かないの」
「まあ、聞いただけでも面白かったんだから、一見の価値があると思うよ。つまらなそうだったらやらなきゃいいしね」
「私あんまりゲームやらないけどぉー」
「私も・・・」
「テレビゲーム?じゃないのよ。・・・まあ行ってみてのお楽しみ!」
和美は先頭を切ってずんずん歩いていくが、佳奈は途中の惣菜屋さんやコンビニなど目に付く食べ物屋さんで、から揚げや肉まんを購入する。まだ買うのかと呆れ顔で待つ和美と私。そしてそこから程なくして、生徒達が東通商店街と呼ぶ場所に着いた。
学生が主に行く商店街は学校の北側にあり、北通り商店街と呼ばれてその近くには駅もある。北通り商店街はカラオケ店や雑貨屋など、いつの頃からか高校生に好まれるお店が多くなって今の姿だと言う。
それに対して東側商店街は、スーパー、惣菜屋、八百屋など、生活に関わる商店が多く並び、近隣の人々に愛されている。ゲームセンターはどちらにもあるが、数は東通商店街の方が多いと言う事を聞いている。
もちろん私は一回100円や200円もするゲームなどする気にならない。一時の楽しみよりも一握りの米だ。100円あれば両手に一杯のお米が手に入る。10分間ゲームを楽しめて何になるというのだ。それよりも一すくいのお米があれば2日はお腹を満たせ・・・。やめておこう。なぜかいつもお米の話になってしまう・・・。
「ここ、ここ! ほら、それよ! UFOキャッチャー!」
「UFO・・・。クレーンゲームってやつかぁ。楓ちゃん知ってる?」
「うん・・・。聞いた事は・・・」
大部分がガラス覆われた箱型の機械。中には小さなクレーンが取り付けてあり、外のボタンでそれを操作する。クレーンと言えば、いろいろな現場で使われる作業機械。たとえば車を持ち上げたり、鉄骨を持ち上げたり。
このクレーンゲームと呼ばれる箱型の機械の中にある小さなクレーンは、鉄骨ではなく、ぬいぐるみなどを持ち上げたりするのだ。そして、本物の工事現場のように鮮やかにぬいぐるみを持ち上げ、移動に成功すればそれが手に入ると言う仕組みらしい。私が生まれる前からゲームセンターにある定番ゲームで、さすがの私にも聞き及んでいる。
「商品が面白いのよ! 私も今までキャラクターぬいぐるみとかはいらねーって、興味なかったんだけどさ、これは実用的過ぎるだろって・・・。あ! ほらほら! これ見てよ!」
「わぁ! チョコレートだぁ!」
佳奈がガラスにべったりと張り付いた。私も横から覗くと、中にはスーパーで売っているようなチョコレートのファミリーパックが積み重ねてあった。
「自信が無い人にはさ、ほら! 隣!」
和美が指差すのを見ると、ファミリーパックの袋を開けてばらされた小袋のチョコレートが山のように積まれている。
ファミリーパックを狙えばとれた時はたくさんもらえるが、取れなかったらまったくの0個。しかし、ばらされた方を狙えば大量には手に入らないが、どんなに下手でも確実に数個は手に入るだろう。
「なるほどぉー。でもさ和美ちゃん、私こんなの見たことあるよ? チョコレートとかガムとか飴とか・・・お菓子をすくうやつは」
「ふっふっふ。でしょうね。これはほんの小手調べ。アレを見なさい」
「・・・なにあれ。綿菓子?」
次に和美が指差したケースには白い物が中に入っている。佳奈は綿菓子と言ったが少し違う気がする。私と佳奈は良く見えるように近づく。和美は弟君から聞いて分かっているようで、私達の後ろで笑い声を上げている。
「・・・・なんだこりゃ。・・・これは・・」
「米っ!」
今度は私がケースに張り付いた。この真っ白い粒々は・・・お米だ! しかもこの色と形はあの名品の気がする!
「あはは! 楓が相当びっくりしてるっ! そりゃお嬢様は驚くよねー。こんなゲームにお米を入れて取れるか取れないかとかバカやってるのは庶民の発想だもんねー。私もこれを弟から聞いたときちょっと信じられなかったけどさ、実際見に来て見て・・・やっぱり爆笑!」
「おもしろいねー。あ、でも一応コシヒカリなんだー」
「やっぱりっ!」
佳奈が見ている隣のケースには、ビニールに包まれている10kgの米袋が積み上げてあった。その袋にはしっかりと日本が誇るブランド米『コシヒカリ』の文字が刻まれてある。それも・・・魚沼産だっ!
「この商店街って主婦層が多いから、そっちをターゲットにしているのかもねー。高校生が学校の帰りに「米狙おうぜ!」とか・・・絶対無いもんねっ!」
「さすがの私もそれは無いかもぉー」
二人がお腹を抱えて笑っている中、私は機械のチェックをしていた。どうやら一回100円のようだ。これで・・・10kgのお米が手に入るのだろうか・・・。
いや、そんなうまい話が簡単に転がっているのなら私は苦労していない。おそらく、これは非常に難しいのだ。コシヒカリが6000円としよう。これを100円で持っていかれたらお店は損をする。100円×60で6000円。つまり、60人もしくは60回やってコシヒカリを一つ取られてとんとん。電気代や機械の代金を考慮すると・・・確立はもっと下がる。
しかし、60分の一以下の確立だとは言え、一回で取れる確立も十分あるはずだ。もし私が幸運にもそれが出来たら・・・。待て! 楓! 一回100円だぞっ! 大金だぞっ! 取れなかったらどうする気だ! それよりも隣の機械で確実に一すくい手に入れたらどうなんだ?
しかし、その一すくいもスーパーで買うよりも得なのか? 10kgで6000円なのだから・・・えっと、10を60で割ってみると100円で買えるお米の重さが分かる。0.16666666・・・・・・。つまり、167gだ。あのクレーンで167g以上すくえるのだろうか・・・。
クレーンの幅が約5cmで・・・。いや、6cmか? だめだっ! 目測で考えても正確な数値はでやしないっ! ここはきちんと計らなければ・・・。
[ガツンッ]
「イタッ!」
私はクレーンに手を伸ばしたが、当然のようにその手前にあったガラスに爪をぶつけた。
「楓・・・。お嬢様にはこの機械が珍しいからって・・・何を遊んでいるのよ・・・」
「が・・・ガラスがっ! クレーンの正確な幅を計らないといけないのに・・・」
「・・・・ぷっ! あはは! そこまで記憶しなくても良いでしょ! どうせ楓にはまったく関係ない世界のおもちゃなんだからっ!」
「楓ちゃん、おもしろーい!」
二人の笑い声はますます大きくなった。ああ・・・こんな事なら物を見ただけで正確な長さがわかるように訓練を積んでおけばよかった・・・。もしくは、167gのお米はどのくらいの量なのか見ただけで分かるようにしておけばよかった・・・。家に帰ったら今日から始めよう・・。




