楓と地底人
「お待たせいたしました」
そこに冬哉がティーポットなどをサービステーブルのような物の上に乗せて帰ってきた。
みんなに紅茶を入れ終わると、私がそのテーブルを押して冬哉を別室に連れ出した。
「あなたっ! ・・・もう何から聞いたらいいのか・・・。とにかくっ! ずっとここに住んでたのっ!」
「もちろんでございます。主と同じ屋根の下に住むのは執事の務めでございます」
「お・・同じ『屋根の下』って・・・。なにか微妙に・・・違うんじゃないっ?」
「いえ、地下室も立派に部屋の一つでございます」
「地下室の方が何倍も広いってのはどういうことよっ! ・・・いえ、広さはどうでもいいわっ! いつの間に地下室なんて作ってたのよ!」
「春から作り始め、完成したのは最近でございます。急がせていたのですが、なにぶん作るのに騒音がするものですから、楓様達が学校に行って不在の時に工事を行わせていますと、時間がかかりまして・・・」
「勝手に・・・地下を掘っていたの・・・。・・・まあ100歩・・1億歩譲って地下室を作ってそこに住んでいたってのは良いわっ! よくないけどねっ! どうして・・・どうして出入り口が私の家の中なのよっ! あなた自由に出入りしてたのっ! 私の家とか・・私の部屋とか・・。まさかっ! 私の寝ているところや・・・お風呂に入っているところを忍び込んで見ていたわけじゃないでしょうねっ!」
「まさかっ! とんでもございません! それと、出入り口は他にもあり、普段はそこから外へ出ておりました」
「信用ならないわっ! 私の家のお風呂は・・・いろいろと・・・扉に問題があって、基本家の中からは丸見えなんだからっ! たまたま家に入ったら見えてしまったとかあるんでしょっ!」
「いえ、楓様がご入浴しているかどうかは、サーモグラフィーで確実にわかりますのでそのようなミスはいたしません」
「さ・・・サーモングラタン?」
「温度の違いによってわかる装置です。楓様がご自宅のどこにいるかはそれでわかります。人間が赤や青で表示されるので、もちろん姿が直接見えるわけではありません。ご安心ください」
「その美味しそうな名前の機械で私の様子を調べているってわけねっ! すぐにやめなさいっ! そして、地下室を閉鎖してここにはきちゃだめっ!」
私は、くしゃみやあくびをしている自分を見られているような気がしてはずかしくなった。もちろん冬哉の口ぶりから・・・いえ、冬哉ならそんな所は見ないようにしているのは分かっているんだけど・・・。
「それはできません。楓様のお世話・・・や、・・・安全を守るためにそのご命令には従えません」
冬哉は一度目を伏せた後、私の目をしっかりと見てそう言った。
「安全・・・って! 同世代の男の子が自由に家を出入りできる方が危険よっ! 怖いじゃないっ!」
「そんな・・・。私が信用できない・・・と?」
冬哉の瞳が悲しそうに揺れた気がした。
「え・・・。いえ・・・。信用・・・はしてるけど・・・。執事と認めて無いし、一応他人だし・・・」
「他人・・・。か・・・楓様。私は・・・実は・・・」
冬哉は目をつぶり、唇を噛んでいる。こんな顔は見たことがない。いつもクールであり、その奥には仕事への自信が満ち溢れていそうな様子なのに・・・。冬哉は目を開けて続ける。
「実は・・・執事では・・・」
「実は? 執事では?」
私が聞き返すと、冬哉は一度唾を飲み込むように喉を鳴らしてから言った。
「・・・執事でございます」
「・・・執事でしょ? ・・・私は認めてないけど」
「いつか認めていただけるように精進いたします」
「とりあえず、今日の勉強会が終わったら、ここの入り口の扉の前にタンスを置いてから考えます」
私は冬哉のいつもと違う様子を目にすると沸騰していた血も冷め、落ち着きを取り戻した。そして、みんなのところへ戻り、エアコンが効いた涼しい冬哉の部屋?で勉強会の続きを始めた。
理想通りの勉強会が終わり、みんなを送った後、私は「毎日ここへ来たい・・・」と思ってしまう自分を何とか押しつぶし、冬哉の部屋と私の家をつなぐ扉の前にタンスを移動した。
翌日、一睡もできなかった私はショボショボする目を擦りながら教室に入る。疲労困憊フラフラだ。いつものように暑いからでは無かった。家の下に、冬哉がいると思うと気になって仕方が無いからだ。
自分的には息も絶え絶えな私に今日も元気良く話しかけてきたのは和美だ。
「おっはよー! 昨日はありがとうねっ! お陰で勉強がはかどったっ! 冬哉様に教えてもらったしっ! 超快適な部屋だったしっ! 幻のカリントウも食べれたしっ!」
そう、例の隣のおばあ様から頂いた美食家御用達のようなカリントウ、それと同じ物を冬哉が茶菓子として振舞ったのだ。タネはなんでもなかった。おばあ様が私に分けてくれたそれも、実は冬哉が地下施設の工事で騒音を出すため、近所の人に毎日のように配っていた物の一つだったのだ。なぜか真上に住んでいる私の家には配ってこなかったけどね・・・。別にいいけど。知ってたら許可出さないし。
「また今度勉強しに行ってもいい?」
「いや・・いろいろと事情があって・・」
「あっ! そうか! セキュリティ・・、はっ! 内緒だったねっ!」
和美は周りを見回して、立てた人差し指を口に当てながら私にウィンクをしてきた。
「おはよぅー。楓ちゃん家の話でしょぉ? 凄かったねー。楓ちゃんの部屋っ!」
教室に入ってきた佳奈が私達の元へ話しながら来る。和美にシーって言われると、小声で話を続ける。朝っぱらから小声で内緒話をする女子三人。逆に周りの注目を集めている・・・。
「本当に凄かったよね・・・。私が思い浮かべていたお姫様の部屋の300%増しだった!」
「あの家具やベッドは楓ちゃんの趣味? すごくよかったぁ」
「ううん・・・。あれは冬哉が勝手に・・・」
今話題に上っている『楓の部屋』とはもちろん地上にある実際の私の部屋の話ではない。私の本当の部屋ならベッドなど当然無いし、家具にいたってはうっかり粗大ゴミの日に模様替えだと外に出していれば容赦なく持っていかれるレベルの物だ。
その『楓の部屋』は、なんと地下室の一室を私専用に用意してくれた部屋だ。他にも光と雫の部屋もあった。誰の目にも清潔で、いつ私達が移っても良いように掃除がされていた。私の記憶にあるお嬢様時代の私の部屋、その雰囲気を残したまま家具やカーテン、ベッドをやや大人っぽい物に置き換えている。紫藤さんも自分の部屋の参考にと丹念に部屋を見て回っていた程だった。
「やっぱり楓って・・高校までは私達と同じように・・・大学までかな? 同じように学生生活を楽しみながらさ、そこから違う次元に羽ばたいて行っちゃうんだなぁ・・・って思ったなぁ」
「同じように性格が良くて・・・かっこいい上流階級の相手を見つけて結婚するんだろうねぇー」
「もう、そんな事ないよー」
二人の想像はどんなものかうかがい知れないが、おそらく違う。私はたぶん泥にまみれてきつい仕事をしながら一日のうち20時間ほど仕事をするのだ。きっとそうだ。ひょっとしたら噂のマグロ漁船にのって遠くで頑張るのかもしれない。
「で、どんな人が好みなの? 楓ってあまりそんな話しないじゃない? 隣のクラスの学年1かっこいい高遠君もいまいちみたいだったしさ」
「私もぉ・・・高遠君は少し違うなぁ・・・。もうちょっとぽっちゃりしている方が好みかも・・・」
「佳奈の好みはちょっとおかしいわよ! それにデブデブカップルだったらお菓子や料理の取り合いになるわよっ!」
「あー! それ嫌だぁ! やっぱりガリガリの人の方がいいー! もう食べれないってなんでも残してくれる方がいいかもぉー」
「あはは! でしょ? ・・・って、佳奈の話はどうでもいいのよっ! ねえ、楓はどうなのよっ!」
「う・・・うーん・・・」
私は日々の生活が精一杯でほとんどそんな事を考えた事がない。佳奈の話じゃないが、コシヒカリをいっぱい持ってきてくれる人がいいかも・・・。あ、それなら農家の男の人がいいか・・・。でもやっぱり見た目も少しはいいほうがいい。作業着を着て首や頭にタオルを巻いている人よりは・・・・。身なりをビシっっとしてて・・・例えばスーツや燕尾服を着ている人の方が・・・。そっ・・・それなら冬哉になっちゃうじゃないっ!
えーっと・・・やっぱり米や美味しい物を持ってきてくれる人を優先して・・・って! それも冬哉じゃないっ!
うーんと・・・いつも私の事を考えてくれる人が・・・って、それも冬哉じゃないっ!
どのベクトルで考えても冬哉に突き刺さってしまう。奴は身長も高くスマート。清潔だし身なりも頭もいい。頭のネジが外れてお金遣いが荒いが、私のためであり、自分の事に使っている形跡が無い。
いや、そのネジが外れているのが大きいのだ。奴は私にマグロを釣らせたりしてきたし・・・美味しかったけど。空に花火を打ち上げて私をさらったり・・・家まで楽だったけど。水着を勝手に取り替えたり・・・泳げるようになったけど。・・・・うーん。
「もういいよ・・・楓。この話はまた今度で・・・」
頭を抱えて苦しんでいる私に、和美はそう言った。
「結局・・・冬哉さんが良かったりしてぇ?」
その佳奈のセリフに私はどうしてか冷や汗が出てきた。
「なっ・・・・ないないないないないないない、なぁーい! それはないっ! だって執事だもんっ!」
私は頭の中いっぱいに広がった冬哉の顔を吹き飛ばそうとするかのように、それは自分に言っていたのかもしれない。




