攻略対象
市原一花は、最近になって愛する木下拓馬との仲が近づいてきたと実感していた。
特に(強引ではあったが)デートに誘ったらOKをもらえた時ほど嬉しいことは無かった。
口では『ウザイ』『嫌い』などと言っているが、優しい拓馬が本心から言っているのではないことは、一花自身が一番分かっている。実際に嫌だ嫌だと言われているにも関わらず、こちらから近寄って行っても邪険にされないのが証拠である。
多分、押されるのに慣れていないので、接し方が分からないのだと一花は考えている。
一花はここまで拓馬に対して、ずっと一方通行の愛を押し付けるような『押せ押せ』の接し方をしていた。まぁここまでで嫌われなかったのかが不思議ですね。むしろ奇跡です。
そんな一花は、そろそろ自分の『攻め』の体勢から『守り』の体勢へと移行しようかと考えていた。『おしてダメなら引いてみろ』作戦です。そのまんまですね。
文面上は作戦と称しているが、特に大掛かりなものではない。
つまり今まではこちらから突撃していたのを、向こうから来るまでは耐えるというものである。
そんなに難しいことではないが、一花にしてみればちょっとした苦行である。というよりも拷問に近いかもしれない。
今は黒タイツのおかげでこちらから行くことが出来ているが、黒タイツを履く前の関係に戻ってしまう可能性があるのだ。
拓馬が急に静かになった一花のことを気にしてくれれば大成功なのだが、『めんどくさい奴が居なくなったぜ。ぐへへへ』とか思って、構ってくれなくなったら目も当てられない状況になる。
「うぬぬぬぬぬぬ・・・・」
そんなことを考えながらベットの上にうつぶせに寝転がって、『マル秘攻略ノート』と書かれたノートを広げて唸っていた。
まるでゲームの攻略本のように、フラグを立てるポイント、会話のシュミレーション、行動パターンの紹介など、拓馬を恋人にするまでの一連の流れ(予想)が事細かに書かれていた。
しかし一花のこの妄想力を駆使して作ったノートのことさえも上回ってくるのが、木下拓馬という攻略対象である。
会話の最中に、
「あのテレビ面白かったよねー」
「だよなー。あの女優さんの黒タイツはたまらないよな」
「うんうん。わかるわかる」
「え? わかるの?」
「えっ?」
というような予想していないような回答と答えが返ってくることがある。
拓馬本人は黒タイツに関することならば、嘘をつかれていても見分けることが出来るので、ごく自然な会話なのであるが、一花はそれを知らないので会話の難易度が未知のレベルまで上がってしまっているのだ。
拓馬を『黒タイツ事件専門家』というような部署に配属させたら右に出るものは居ないだろう。・・・存在すればの話だけど。
そんな拓馬との会話の予想はするだけ無駄なので、最近は行動パターンのみでいろいろと判断している。
しかし先日あったような『好きな子ができた!』というような突拍子もない発言からの行動に関しては、一花の反応速度が見違えるように遅くなってしまうので、どうしたものかと頭を悩ませる他なかった。
きっとメンタル面で強くなったとしても、精神ダメージの威力はあまり変わらないので、今まではバズーカーで打たれるレベルだったものが、ハンドガンに変わったようなものであって、どちらにしろ致命傷になってしまう。
ここまで来ると行動パターンを調べても、一花の精神面が激しく強化されたりしない限りは解決しない問題である。
ということはつまり・・・
「・・・これ攻略できないんじゃないかしら?」
ということになってしまう。
「うーん・・・どうしましょう?」
そんな時、ケータイが着信音とともにぶるっちょした。
差出人は、まさかの拓馬から。
壊れそうなほど勢い良くケータイを開き、素早いタッチでメールを開く。
『件名:起きてる? 本文:うちの姉ちゃんが市原に会いたいって言ってるんだけどどうする? ちなみに二人きりじゃないからな? 隆と名波も一緒にいるからな』
心臓が飛び出てくるのではないかと思う程にドクドクしていた。
ここで心筋梗塞で死ぬなら本望かも!とか考えてます。死ぬの、よくない。
震える手ですぐさま返事を書く。
『件名:ありがとうございます 本文:木下君からお誘いがあるなんて思ってもみませんでした。喜んでお会いします。ところでお姉さんと会うのは木下君のお家でしょうか? 相沢君と黒木さんがいても居なくても無問題です。私は春休みに木下君と・・・(中略)・・・なので私がお邪魔してもいいのでしょうか?』
緊張しすぎて敬語やら中国語やらが詰まりに詰まったレポート並みの長文となってしまったが、一花は満足した様子で送信ボタンを押しました。
すると1分もしないうちに返信が来た。
『件名:なげぇ 本文:長いから最後まで見てないけど、とりあえずどこかに行こうということになってる。また場所とか時間が決まったら連絡するけどそれでいい?』
『件名:すまぬ 本文:それでいいと思います』
長いと言われたので、反省の意味も込めて最短の返事を送る。
『件名:すまぬ←笑 本文:じゃあまた今度連絡するわ』
『件名:すまぬ←笑←嬉 本文:待ってます。おやすみなさい』
静かにケータイを閉じてテーブルに置いた。
「キャー! 木下君から誘われちゃった! しかもお姉さんに会えるんだって! もう私死ぬのかなぁ! 超フラグ立ってんじゃん! キャー! どうしよ! 心筋梗塞で倒れたらどうしよ!」
枕を顔に当ててベッドの上で悶えながら叫ぶ一花。変なことを口走っていますが一花さんは通常営業です。
市原一花は今日も平和である。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると発狂します。
一花回でした。
いや、予想以上に一花さんの頭の中がすごかったです。
次回もお楽しみに!