ドッキリ謝礼
1・2年生の月末に行われるテストが終わると、月も変わって3月になる。
そして3月の最初の週に行われる3年生にとって高校生活最後の行事、卒業式が始まろうとしていた。
3年生はそれぞれが緊張した面持ちで式に臨もうとしていた。中にはワハハハと笑いあっている生徒もいたが、内心は少し寂しい部分をごまかすためなのかもしれない。
そんな卒業式前の朝の教室で、吉永春樹と楠田康人は高校生活で最後になるかもしれない『教室での会話』をしていた。
「なんか卒業って実感湧かないな」
「そうか? 俺は最後の卒業生の答辞読まなきゃいけないから、それなりに実感あるぞ」
「生徒会長最後の仕事だもんな」
「最後最後って言うけどよ、なんでも最後って付けたら実感湧くんじゃね?」
「最後の着席」
「最後の上靴」
「いや、それは意味わかんねーよ」
「それならお前の最後の着席ってなんだよ」
「アレだな。元旦みたいな感じだな。『初なんとか』みたいな」
「わかるわかる!」
そんな特に意味の無い会話を楽しんでいた。
しばらく話していると、先生が教室に入ってきて朝のホームルームをする。
春樹達の担任は女性の先生なので、気合を入れて赤の振袖を着ている。しかし横幅がちょっと広い先生なので、まるでオシャレしたダルマのようだった。
そのことを春樹が小声で康人に伝えると、二人してニシシシと笑いあった。
「はい。ではあと5分ぐらいで花を付けに来るので、それまでは教室で待機していることー」
この高校では、卒業式で卒業生が胸に付ける花飾りを、2年生が卒業式前に付けに来ることになっている。
しばらくしてその花飾りを持った2年生達が教室内へと入ってきた。
そしてそれぞれが割り当てられていたであろう先輩達の前へと行き、花飾りを付けていく。
部活の後輩が来て笑いあっている生徒。特に面識はないのだが向かい合って少し照れている生徒。
それぞれが色々な光景を描きながら花飾りが卒業生へと渡されていった。
そして春樹の前には、この2年間見守り続けていた女子生徒が立っていた。
「卒業おめでとうございます」
「え、あ、ありがとうございます」
「覚えてますか?」
「も、もちろん!」
突然の展開に思わず混乱してしまう春樹。春樹の目の前には名波が花飾りを持って立っていました。
この状況を近くの席の康人に伝えようとしてそちらを向くと、康人の前には隆の姿があり、何故か固い握手を交わしていました。
「先輩」
名波に呼ばれて視線を戻す。一回深呼吸をして心を落ち着ける。
「・・・はい」
「花、付けてもいいですか?」
「どうぞ」
名波の頭の少し上に視線を向けて、付けやすいように胸を張る。そしてその胸ポケットの位置に名波が花飾りを付け始める。
「あの時はありがとうございました。あの時に先輩達が協力してくれてなかったら、今の私はここにいないかもしれません」
「そんな大袈裟な」
「先輩からしてみたらそんなことかもしれませんが、私はすごい感謝してるんです。ありがとうございます」
安全ピンで付けるだけなのであっさりと付け終わると、向かい合って話す。
「そういえば相沢君と付き合い始めたとか」
「なんでそんなことまで知ってるんですかっ」
「竹中から聞いたんだ。おめでとう」
「有紀ちゃんってばおしゃべりなんだから・・・ありがとうございます」
そう言って照れくさそうに笑う名波。その笑顔につられるように思わず春樹も笑顔になる。
春樹は自分が今まで守ってきた笑顔を目の前で見れる日がくるなんて思っても居なかったので、少し感動してしまっている。
その反面で、隆にだけ向けられる名波の特別な笑顔もあるのか、と考えてしまって少し複雑な気持ちになる。結婚式に向かう娘を見送る時を考えてたりします。
「今日はお礼が言いたくて、先輩に花を付けに来たんです」
「わざわざそんだけのために?」
「だってお礼は大事ですよ? 今後の人とのつながりをスムーズにするんです」
「今後って、もう卒業だけどね」
「いいんですー。で、有紀ちゃんに相談したら色々とやってくれたみたいです」
「さすが竹中だな。いい後輩をもったよ」
目だけで名波の向こう側にいた有紀を見た。有紀は気づいていないようで、別の生徒と話している。
「というわけで、そろそろ戻るみたいです。卒業式頑張ってください」
「話聞くだけなんだけどね。寝ないように頑張るよ」
「アハハ。じゃあまた今度」
「うん。ありがとう」
そう言って教室を出ていく2年生達。
康人が春樹に寄ってきた。
「よっ! どうだった? 名波ちゃんとの対談は?」
「いやー、もう緊張した」
「羨ましいよ。実際に働いてたのは俺なのにさ」
「来ればよかったじゃん」
「俺は俺で相沢君と仲良くしてたからいいんだ」
「そっか。なんか少し寂しいな。ここにきて実感してるわ」
「バカ。これが卒業式なんだよ」
「そうだよな」
「それに一生会えなくなるわけじゃないんだし、そんなに落ち込むなよ」
「落ち込んでねぇよ。なんてゆーか、娘の結婚式に出てるお父さんな気分」
「さすが会長だな。父性本能たっぷりだな」
「もう名波ちゃんだけは嫁にやりたくなかったんだけど、相沢君なら仕方ないよな」
「そうそう。俺たちは見守ってるだけなんだからさ」
「だな」
「よし。卒業式行こうぜ」
「だな。名波ちゃんとも約束したし、寝ないように頑張るかな!」
「志し低いなー」
そう言いながら教室を出て、卒業式が行われる体育館へと向かうために、廊下で並んでいる卒業生の列に並ぶ春樹と康人であった。
卒業おめでとう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると執筆意欲が高まります。
ついに二人が卒業しちゃいました。
ちょっと寂しいです。
次回もお楽しみに!