5割増し効果
昼食を終えた三人は、ロッジの近くに差してあるボードの元へと戻ってきた。
「よし。じゃあ今度はリフトのほう行ってみるか」
「名波ぃ~。コケるなよー」
「転ばないもん!」
そんなやりとりをして片足だけボードにつけて、ヒョコヒョコと片足を引きずるように歩いて行く。
転んでも大丈夫なように、一番上手い拓馬と一番下手な名波が一緒に乗り、後ろで隆が一人で乗り込む。
乗るときはスキーとほとんど同じ要領なので、特に問題なく乗車できた。
「意外と上手に滑れてんじゃん」
「これも二人のおかげだよ。ありがとね」
「まぁな」
「早く私も二人みたいにスルスル滑りたいなぁ」
「あとはリズムと勇気だけだよ。早いのに慣れないことにはなんとも言えないかな」
「早いのだけはどうしょうもならない気がする・・・」
「怖くなったらガガガーって止まっちゃえばいいんだよ」
そんなことを話してますが、拓馬の心の中はドキドキしてます。
ゲレンデでの女性というのは、普段の5割増しで可愛く見えたりしちゃうそうですが、拓馬から見た名波も例外ではないようです。
ちなみにこの『ゲレンデで5割増し』現象は、顔が見えるか見えないかのチラリズムと、赤く蒸気して火照った顔、ウェアによって隠された体型が気になるという3つが合わさって初めて起こる現象です。
最初は『早くボードがしたい』という気持ちで一杯だったのですが、滑ってそれが満たされてきて、改めてウェアを着込んで笑顔を振りまいている名波を見るとすこぶる可愛く見えてしまうのです。
そしてこの急接近。
隆が提案してこの組み合わせになったのだが、意図があるのか無いのか・・・
「拓馬?」
ぼーっと名波のことを見ていた拓馬が、名波に呼ばれて戻ってくる。
「あ、ごめん。ボーッとしてた」
「大丈夫? 疲れたんじゃない?」
「名波と一緒にしないでもらいたいなぁ。こっちはボードのためだけに生きてると言っても過言ではないんだぜ」
「前までは黒タイツのためにーとか言ってたのに。それって浮気じゃない? 黒タイツも泣いてるよ?」
「それはそれ。これはこれだ。それに黒タイツも大好きだ」
「この変態め」
「そっちから振ってきたんだろー」
アハハハと笑いあう拓馬と名波。
そんな二人を足をぶらぶらさせながら見ている人物がいた。
「なんだよ。やっぱりその気があるんじゃねぇの?」
リフトに一人で乗ったので、こんな独り言も誰にも聞こえない。
リフトに乗る前に隆は、地味に長い距離のリフトを一人で乗る宣言をした。二人きりにしてみて拓馬の言葉の真相を確かめようとしたのである。
意外といい感じで盛り上がっているのを二人の後ろ姿から感じることができた。
『まもなくー終点ー』
いつの間にかリフトの終点が近づいていたようで、アナウンスで我に返った隆は姿勢を正して降りる準備をする。
スキーの場合は、リフトにお尻を押されるがままに立ち上がってまっすぐ滑っていくだけだが、ボードの場合、両足をボードに乗せて滑り降りるのだが、片足を外していてバランスが取りにくく、初心者で転ばない人間はいないほどリフトの降車は難関である。もしバランスを取れない場合、ボードのエッジ(側面)が地面に引っかかって転んでしまうということになる。そうならないためにも装着している足を前にしてバランスをとり、後ろの足はボードの金具の横に乗せるだけという気持ちが必要になる。そして降りた後は、後ろからも次々と人が降りてくるので、邪魔にならないようにスムーズに移動する技術が必要である。
そのために、一番最初に片足で滑る練習を名波にさせたのであった。あれをやるのとやらないのとでは結構な差が出てくるはずである。・・・多分。
そうこうしているうちに拓馬と名波が終点に到着し降車体勢に入る。拓馬はもちろんスイーっと降りていったが、名波は途中の坂で転んだらしく隆の視界から突然名波が消えた。
「アハハハハハハ!!」
突然笑い声が聞こえてきた。
そんな笑い声を変に思いながら、隆も降車しようとボードにつけてない右足を近づけた時に、名波が目の前で倒れているのが見えた。
降車直後の坂道で仰向けに倒れていた名波は爆笑していた。笑い声の主は名波でした。
しかし目の前で倒れていて、このまま滑り降りると名波に激突してしまう。
リフトを操作している小屋を見ると、若い兄ちゃんが携帯を見ていた。
これはマズイと判断した隆は、ボードが地面に着くと同時に装着していなかった右足を素早く装着した。そして乗っていたリフトを思いっきり手で押してスピードをつけると、目の前の名波めがけて突っ込んだ。
「アハハハハ・・・うわぁ・・・」
目の前を通り過ぎていった黒い物体に驚いて、名波の笑い声が驚きの声に変わった。
隆は勢いをつけて、名波にぶつかる直前に左足から右足と力を入れて飛び越えたのだ。
ぶつかったら大惨事だが、慌てていたので他の選択肢が思いつかなかった隆は、飛び越えることに必死でした。
勢いをつけたときに揺らしたリフトを見た小屋の中の兄ちゃんが、転んでいるん名波に気づいて慌ててリフトを止めました。
飛び越えた隆が着地後振り返り、両足外したボードを片手で抱えて名波を起こしに向かった。
「おい、大丈夫か?」
「あーうん。大丈夫」
「よかった・・・おい! ちゃんとリフト見てろよ! それが仕事だろ!」
「はい、すみませんでした・・・」
小屋の兄ちゃんに一喝入れると、隆は名波の手を引いて拓馬のいるところへと向かった。
「大丈夫だったか?」
「なんとかな」
「その、悪かったな」
「なんでお前が謝るんだよ。こいつが勝手にコケただけだろ」
「違うよ。拓馬が転びそうになったから私に捕まってきて、それで私だけバランス崩して転んだの」
「だから原因は俺なんだ」
「お前ら・・・とりあえずケガが無くて良かった。でもなんで爆笑してたんだよ」
「だって拓馬が変な声出すんだもん」
「変な声?」
「なんか『かひゃう!』って感じの声。それがツボに入っちゃって・・・でも隆が飛び越えたのカッコ良かった!」
「あれはマジでイケメンだったな。さすが隆さん!」
「お前らな・・・」
変な褒められ方をしながらも、二人が無事で良かったと安堵するイケメン隆さんなのでした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると執筆意欲が高まります。
隆さんまじいけめん。
次回もお楽しみに!