ユリと名波
現在、木下家の居間に、拓馬、隆、名波、俊哉の四人が座っている。
帰宅してきた俊哉に、名波の存在がバレてしまったが、俊哉が気にしたのは『拓馬が美少女と付き合っている』ということだった。それに関しては拓馬・隆・名波の三人で誤解を解いた。
そして拓馬と隆は、さっきまでと同じくテーブルの前に座って、ゲームの続きをしている。
名波はテーブルのそばにあるソファに座って、俊哉の接待を受けている。
その俊哉だが、とても気持ち悪い。
名波が家に入るなり、普段は使っていないスリッパを差し出したり、お茶を注いだグラスをテーブルに置いてお菓子まで用意している。お菓子と言っても、前に拓馬に買ってきてもらったユリの特典が付いてくるチョコを袋から出して皿に乗せたものである。
まるで名波をVIP待遇するかのような俊哉。
そんな接待を受けている名波は、どうして拓馬と隆が会わせたくないと言っていたのか不思議に思っていた。こんなにおもてなししてくれる弟がいるなんて羨ましい限りだとか思ってます。
「黒木さん。お腹空いてませんか?」
「あ、お気遣いなく。お昼ご飯食べてきたんで。俊哉くんはお腹減ってないの? 冬期講習だったんでしょ?」
「僕は大丈夫です。全然気にしないでください」
「おい、拓馬聞いたか? 俊哉が僕って言ったぞ。録音しとくな」
「やめてあげてください。だから名波に会わすの嫌だったんだよ」
「そうか? 名波もまんざらじゃなさそうだけど。それに、俺はもっと酷いかと思ってた」
「例えば?」
「名波の家までストーキング」
「うわぁ。やりそうで怖いな」
全く名波と俊哉のほうを見ずに、テレビの画面だけを見ながら会話を続けていた。
ここで隆があることに気づいた。
「もしかして名波ってユリ超えたんじゃね?」
「まさかー」
「だってユリってよく見ると口パクっぽいじゃん?」
そう言って拓馬と隆は俊哉の方を見たが、俊哉は全く見向きもしなかった。
いつもならば、ユリの悪口を言われただけで、血相を変えて怒るのだが、今日はそれが無かった。
疑惑が確信に変わった瞬間だった。二人はゲームを消し、顔を近づけて作戦会議を始める。
「・・・マジでか」
「ほら、言った通りだろ? 名波スゲーな」
「確かに可愛いけどさ。でも実際に弟が夢中になってたアイドルよりも可愛いってどうなんだよ」
そう言い切った拓馬を隆が驚いた様子で見ていた。
「・・・なんだ?」
「いや、拓馬ってもう名波のこと顔で見分けられるんだなぁって思ってさ」
「そんなに意外か?」
「そりゃ意外だよ。あの拓馬が黒タイツ以外で女を見分けられる日が来るなんて・・・」
「大袈裟な。ちょっと名波可愛いなーって思ってた時期もあったからな」
「うそっ! マジでっ?」
「おう。でも今は別になんとも思ってないかな。ただの仲の良い友達でいいもん。そのほうが楽ー」
隆は、自分も名波とつるむようになってから変わったとは思っていたが、拓馬も変わったのだと改めて実感した。黒タイツ中心で物事を考えなくなったのだから、すごい進歩と言えよう。
「で、隆さん。何かいい案はないのかい?」
「フッ。何も無いさ」
「えー。それは俺が困るんだが」
「冗談だって。もう名波を男にしちまうか」
「どういうこと?」
「いいか。名波は男だ。あれは女装した男だ。幸い、名波は胸が無い。ペッタンコとまではいかないが手のひらサイズしかない」
「それは失礼だろ」
「だが、これが好都合だ」
「隆、ノリノリだな」
「これを利用して、俊哉に名波を男だと思わせる」
「名波になんて説明するんだ?」
「それはあとで考える」
「珍しく行きあたりばったりだな」
「相手は俊哉だからな。いくら勉強できても、中身はただのアイドルオタクのバカだからな。あんなやつひとひねりだ」
余裕全開の隆。それを見ている拓馬は、また我が弟がいじめられると思うと、複雑な気分だった。
「名波。ちょっと来い」
強烈な接待を受けていた名波を呼ぶと、そのまま拓馬の部屋へと連れ込む。
そしてかくかくじかじかと説明をすると、名波は少し反対をした。
「別にそんなことしなくてもいいじゃん」
「いや、そーゆーわけにはいかないんだ。俊哉はユリを追いかけて高校を決めたんだ。ユリのために受験勉強してるようなもんなんだ。今更進路変更なんてしたら大変だ。みんなに迷惑がかかるからな」
「だから私に男のフリをしろと?」
「そういうことだ」
「うーん・・・」
「実は今俊哉が狙ってる高校っていうのが、かなりレベルの高い高校なんだ。どういうことかわかるよな?」
「つまり将来安定・・・」
いや、少し違いますね。
しかし名波が納得しているようなので、隆は口を挟まずに頷く。
「まぁそういうことだ」
「そーゆーことなら協力してやらんこともない!」
「さすが名波さん!」
「で、何すればいいの? 脱ぐのは嫌だよ?」
「話を合わせてくれればそれでいい」
話し合いを終えて部屋を出て居間に戻ると、俊哉が名波に寄ってきた。
その俊哉に隆が話しかける。
「俊哉。実は俺たち、お前に言わなきゃならないことがあるんだ」
「なんだよ改まって」
「実は名波って女じゃないんだ」
「は?」
これを聞いていた拓馬も驚いたが、隆の嘘だと見抜いて黙って様子を見ている。
「じゃあ男ってことか?」
「そうだ」
「えっ、こんなに可愛いのに?」
「そうだ」
「だってユリちゃんよりも可愛いぞ?」
「そうか? ユリを見たことがないのに、名波と比べられるのか? それに名波は男だぞ? 男を好きになるってどうなんだ?」
なぜか悔しそうに顔を歪めている俊哉を見た隆は、一気に畳み掛けた。
「ほら、お前の崇拝するユリはそんなもんだったのか? こんな男女みたいな奴に負けるのか? 違うだろ?」
「・・・そうだ。ユリちゃんは俺の天使だ・・・」
「だろ? よく考えてみろ? 男女とユリならどっちが可愛い?」
「ユリちゃんだ・・・」
「お前は誰が好きなんだ?」
「ユリちゃんだ」
「お前はなんであの高校に行こうと思ったんだ?」
「ユリちゃんがいるからだ!」
「じゃあ今これから何をしないといけないんだ?」
「勉強だ! 俺はユリちゃんと同じ高校に入るんだー!!!」
そう叫んで自分の部屋に駆け込んだ俊哉。
そんな俊哉を見ていた拓馬は、わけわからない会話で弄ばれている弟が恥ずかしくて顔を上げることができなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると大変喜びます。
キリの良いところまで書いてたら長くなっちゃいました。
次回は短いです。
そんな次回もお楽しみに!