黒木父
クリスマスの次の日。
部屋の中で病的に嬉しそうに、机の上に置いた物を見ている名波を、少しだけ襖を開けた隙間から桜と遥が見ていた。
あまりに嬉しそうなので声をかけずに素通りしようとしたのだが、その笑顔を向けている対象が、クリスマスに自分たちが渡した『サンタのキーホルダー』と『瓢箪』と『黒タイツ』という異色の組み合わせに、心配で目が離せなくなっていた。
「遥。アレどう思う?」
「多分、隆さん達だよね」
「やっぱりそう思うよねー・・・」
拓馬と隆のプレゼントが百歩譲ってウケ狙いだったとしても、思いもよらない形で『気持ち悪い名波』の図を完成させることになってしまっていた。
しかし周りからは『気持ち悪い名波』だとしても、家族である二人からすれば心配の対象以外の何ものでもなかった。
「どうしよう? こんなとこお母さんとお父さんに見られたら倒れちゃうよね」
「お姉ちゃんに聞きに行く?」
「でもすごい嬉しそうにしてるから邪魔したくないよねぇ」
「うん・・・」
そんな姉の姿をただ見守ることしかできない。
そんなことを考えながら名波を見ていると、名波の首がぐるんと回って、隙間から覗いていた桜と遥を見つけた。
見つかったと認識してから、双子が逃げるまではとても早く、見つかってからコンマ1秒ぐらいですでに廊下を走り出していた。
今回のような覗き行為をするのは初めてではないので、見つかってから逃げるまでの動作は慣れていたのでとても早かったが、今回は違った。
「「あっぷぅ!!」」
廊下を駆け出した直後、何か大きい物体が双子の行く手を阻んだ。
何かにぶつかった反作用で尻餅を付いてしまう。
「桜ー。遥ー。また私の部屋覗いてたのー? ってお父さんまで。何してるの?」
双子がぶつかったのは黒木家の大黒柱である、黒木父だった。
「おはようが先だろ、名波。それに桜と遥も廊下は走るなと何度も言っているだろう」
「「ごめんなさい」」
黒木父は、『厳格』という言葉がピッタリな父親である。
悪い言い方をすると『少し古い考えを持った人間』となるが、良い言い方をすると『親のお手本となるような人間』である。厳しくするところでは『しつけ』と割り切って厳しく接している。
しかし根は親バカなので、甘やかす時にはデレデレになって甘やかしている。
見た目は怖そうだが、中身は親バカ。そんな黒木家の父親である。
「おはよー。で、何か用?」
「いや、特に用事は無いんだが、名波は正月どうするのかと思ってな」
「お正月? 特に・・・あ、もしかしたら出かけるかもしれない」
「出かけるって隆さん達と?」
「うん。まだ何も決めてないけど、多分行くと思う」
その会話を聞いていた黒木父が表情こそ変わらないものの、雰囲気がしょんぼりし始めた。
名波は気づいていないのかもしれないが、双子はその雰囲気を敏感に感じ取っていた。
名波は他人からの好意に鈍感なのです。それは家族も例外ではありません。
「そうか・・・今年は友達と出かけるのか・・・」
「多分だけどね。でももし行くとしても、1日か2日の朝だから夜は家にいるよ」
「ホントか!!」
急に明るくなり始める黒木父。
黒木父は親バカであり、名波を溺愛している。名波がいない家族なんて半分ぐらい意味が無いのも同然だった。そのぐらい溺愛している。
ちなみに母(妻)が1割、双子がそれぞれ2割ずつ、名波が5割である。
最初に生まれた子供は可愛いものなんです。
毎年黒木家の年越しは家の中で、カウントダウンと共に家族集合写真を取るのが黒木家の恒例行事となっている。
きっと名波の姉バカも父親譲りなのだろう。
「そんなことよりお父さん、仕事は?」
「ん? もう年末だからな。ちょっと早いが正月休みだ」
「へぇ~。こんなに早くから休めるなんて儲かってるんだねぇ」
「まぁな。名波達が窮屈しないように頑張ってたら、いつの間にか儲かってたんだ。お金は付いてきただけだ」
黒木父は飲食店の社長を務めている。
主にファミレスのような形式の家族向けの店舗が多いが、中には本格的にパティシエを雇って、少し高級なスイーツを提供している店舗もある。
人気・売れ行き・知名度は上々で、北海道の大きい道路を走っていれば、必ず一つは目にするような大型チェーン店である。
ここまで儲かっていそうなのに、黒木家にお金の匂いがしないのには少し理由がある。
先程も話にあったが、黒木父は家族に窮屈な暮らしをさせまいとして頑張っていたら、ここまで大きくなってしまったのである。
しかしそこまで金に執着が無い黒木父は、社長でありながらも少し大きめの店舗の店長の倍ぐらいの給料しかもらっていないのだ。
本来ならば、年収にして億を越えてもよさげな社長なのに、全然給料を受け取っていないのだ。
その代わりといってはなんだが、その本来自分がもらうはずの給料を使って、店舗の修繕費に回している。そのおかげもあってか、店内は常に清潔に保たれており、お客さんからは絶大な人気と支持を得ている。
ちなみに、各店舗の店長はそんな社長のことを尊敬の眼差しで見ていて、店内に顔写真が貼ってあるのだが、その写真には、赤ちゃんの頃の名波と一緒にピースして写っている写真が使われている。その写真はちょっとした娘自慢写真になっており、お客さんからは親近感を持てる社長として評判が良い。
「やっぱりお父さんってすごいんだねー」
「名波のために働いてきたんだ! また昔のようにほっぺにチュウをしてくれ!」
「それはお母さんにやってもらってよ。チュウするなら桜と遥にするもーん」
テンションが上がってきて、自分のほっぺを指を差して笑顔を振りまいて近づいてくる父親を上手くかわして、双子に抱きつく名波。
そんな娘達を見ながら黒木父は思った。
『当面のライバルは桜と遥だな』
父親の謎の覚悟を感じ取った双子はからだをぶるっと震わせた。
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次回もお楽しみに!