会長と男性幹部
春樹と康人は小さなテーブルを挟んで、フローリングに敷かれた絨毯の上に座っている。
テーブルの上にはコップに注がれたお茶とポテチの袋がある。それをつまみながら世間話をしていた。
「でさ、最近思うわけよ。俺たちって青春してると思わね?」
「あーわからなくもないかな。僕は名波ちゃんの悲しい顔を見たくないから頑張ってるだけなんだけどさ、それもまた一つの青春の形って感じがして楽しいわ」
「俺の場合はあの笑顔を守りたいって感じだからさ。春樹とはまた微妙に違う感じなんだよな」
ファンクラブの会長と幹部の時は『名波姫』、春樹と康人の時は『名波ちゃん』と呼んでいた。
ファンクラブを創設した時から規則の一つとして定めたものなのだが、二人だけで話しているときに恥ずかしくて『名波姫』と呼べなかったのが原因で『名波ちゃん』に落ち着いている。
「でもよくまぁこんなに会員が集まったもんだよな」
「たしかに。俺なんか廊下の影でコソコソやってるぐらいがちょうど良かったのになぁ」
「でもここまで大きくなったってことは、それだけ名波ちゃんの人気が出てきたってことなんだろうよ」
「なんか複雑な気分だよな」
「だな」
二人は3年生なので、冬休みが明けると学校に来る機会が極端に減ってしまう。それぞれ進学先は決まっており、そこに合格するために勉強を進めていた。
なのでこの12月が良い区切りなのだ。
自分たちが居なくなってもファンクラブは動き続けるだろうが、自分たちが作ったものを自分たちの代で終わらせたいという気持ちが二人にはあった。
そして今回のこの土下座事件での会員の発言である。
全くもって素晴らしいタイミングだと康人は考えていた。
康人は生徒会長という役職に就いていたが、その任期も12月までとなっていた。
「なんかここ1ヶ月ぐらいは楽しかったな」
「そうか? 僕はファンクラブ作ったぐらいから毎日が楽しかったぞ?」
「そりゃ俺だって楽しかったさ。こんなにバカなことやってくれる友達が出来たんだ。楽しくないはずがないさ」
「そう考えてみたら、俺たちと相沢たちって少し似てるのかもな」
「そうなのか?」
「前に相沢が名波ちゃんに『拓馬は一緒にバカやってくれる大切な友達だ』って言ってたのを聞いたことがあるんだ」
「なるほど。全く同じじゃないか」
「アハハハ。そう考えたら、名波ちゃんのそばにいるのはあの二人でもおかしくはないんだよな」
「元々俺たちはそばにいたことがないけどな」
たまたま同じクラスで席が隣同士になった二人が、たまたま見に行った1年生の教室の中で、たまたま見つけた名波に、『守ってあげたい』という気持ちを抱いて、授業中にいろんなことを筆談で話して、この『黒木名波ファンクラブ』を作り上げることになって、今こうして仲良くテーブルを挟んで笑いあっている。
これを青春と呼ばずしてなんと呼べばよいのか。
そんな思い出を話しながら笑いあった。そしてファンクラブの今後についても話しあった。
次の日の放課後。
「皆、昨日に続き集まっていただきありがとう。・・・ん? 今日は全員か?」
部屋の中には会長と2人の幹部と12人の会員が集まっていた。少し窮屈になっているが、誰一人として文句を言う人間は居ない。
「じゃあ皆の意見を聞かせてもらおうと思う」
会長が会員たちに言ったが、誰も反応せずに会長の顔をじっと見ているだけだった。
少し戸惑った会長だが、横に立っている幹部二人の顔を見た。
女性幹部は目に涙を浮かべていたが、二人揃って深く頷くのを確認したあと、覚悟を決めたかのように会長は会員たちのほうへと顔を戻した。
「皆気持ちは一緒か。・・・では私の口から言わせてもらおう」
目を閉じて一度大きく深呼吸をする。
そして決めていた言葉を皆に告げた。
「本日をもって『黒木名波ファンクラブ』は解散とする!」
部屋の中が静かになった。
そしてその静寂を打ち破る男性幹部の拍手を皮切りに、会員たちからの暖かい拍手が鳴り響いた。
そして会長の前に一人の会員が会長の前に歩み寄る。
「会長。おつかれさまでした。これは会員全員と女性幹部からのプレゼントです」
そう言って会長にボックスティッシュほどの大きさの白い紙袋を手渡す。
まさかのプレゼントに感動で泣きそうになったが、ギリギリのところで耐えた会長。
そして会員はそのまま男性幹部の元へと歩いていく。
「幹部。会長と同じく創設者の幹部にも、会員と女性幹部からのプレゼントです。中身は会長と同じものになってます」
会長と同じ紙袋を男性幹部が受け取ると、会員全員と女性幹部から拍手が送られた。
「「「今までおつかれさまでした! ありがとうございました!」」」
マンション全体に聞こえるような大声で会員たちが言った。
会長と男性幹部はお互いの顔を見合わせると、あまりの嬉しさで笑顔を浮かべた。
この瞬間を味わえただけでも、このファンクラブを作った甲斐があったのだと思えた。
ピーンポーン
この感動の状況を打ち破るようなインターホンが部屋の中に鳴り響いた。
音に驚いて静まり返るファンクラブの面々。
その中で会長と男性幹部だけが、インターホンを鳴らした人物に気づいた。
「もしかしてお隣さん?」
「・・・それしかないだろ」
ピーンポーン
再度インターホンが鳴らされた。
これは居留守も通じない。出るまで待っていそうな雰囲気だった。
諦めたように会長もとい春樹が玄関へと歩いていく。その後ろ姿を他のファンクラブのメンバー達が見ていた。
ガチャリとドアノブを回してドアを開ける。そこに立っていたのは、30代後半の怖い感じのおっさんだった。
一度だけ見たことがある春樹は表情を固くして聞いた。
「あの・・・何か御用でしょうか?」
「お前ら。また騒いでいただろ」
「・・・はい。すみませんでした」
語尾に力が入らず、弱々しい口調で答える春樹。おっさんの顔はとても怖かった。しかし・・・
「ほれ。みんなで食べろ」
「へ?」
「今日が最後なんだろ? 暖かいやつが無いからレンジでチンして食べろ」
そう言っておっさんが渡したビニール袋の中には、大量の肉まんが入っていた。
実は壁が薄いこのマンションは隣の部屋の大きめの声なら余裕で聞こえてしまうのだ。
今まで意図せずに集会の内容をとぎれとぎれではあるが聞いていたおっさんは、ファンクラブの存在を知っていた。
そして今日もたまたま聞こえていた集会で『解散』という言葉が出てきたのを聞いたおっさんは、大急ぎで近くのコンビニで肉まんを買って今に至るのだ。いくらコンビニでも暖かい肉まんが大量にあるはずもなく、仕方なしに温める前の肉まんを買ってきたというわけだ。
「え? なんでですか?」
「丸聞こえなんだよ。でも今日は勘弁してやるから思いっきり騒いでもいいぞ。俺も青春した覚えがあるからな」
「あ、ありがとうございます」
「気にするな。隣のおっちゃんからのささやかなプレゼントだ」
そう言って『おっさん』もとい『おっちゃん』は隣の部屋のドアを開けて入っていった。
春樹は玄関のドアを閉めて部屋の中へと戻った。
「大丈夫だったか?」
男性幹部もとい康人に心配されたが、事情を皆に聞こえるように説明すると、喜びの喝采が沸き起こった。
そして電子レンジで何回かに分けて温められた肉まんをファンクラブのメンバー全員で美味しく食べて、『黒木名波ファンクラブ』の活動は終了した。
会員たちが帰った部屋で二人きりとなった春樹と康人は、会員たちから貰った紙袋を開けた。
「これ・・・」
「・・・捨てるに捨てれないな」
中に入っていたのは、名波を隠し撮りした写真が大量に収められたアルバムであったとさ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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これで黒木名波ファンクラブは解散となります。
今まで応援ありがとうございました。
次回もお楽しみに!