完全敗北
昼休み。
学生にとって唯一、めんどくさい授業のことを忘れることができる憩いの時間である。
今日も隆の席に拓馬が椅子をくっつけてお昼ご飯を食べている。
隆は学校に来る途中に買ったパンをもそもそと食べている。
「今日もパンなのか? 栄養偏るぞ?」
「腹に入ればみんな同じだ」
「いやいや、そーゆーことじゃないじゃん」
そう言って横に座る拓馬は、自分で作ったお手製弁当を食べている。
「相変わらず料理上手いよな」
「そうか? これぐらい普通だと思うんだけどなぁ」
拓馬の弁当を覗きながら隆がうらやましそうに言う。
誰もが意外に思う『拓馬』と『料理』の2文字の組み合わせ。母親の代わりに料理もこなしている拓馬は、毎日学校にお弁当を作ってきている。家計節約の為だとかなんとか。良いお嫁さんになれそうですね。
「どう考えても普通じゃないだろ。毎日のお手伝いの賜物かね?」
「まぁそうかもしれないですね」
すこし照れながら言う拓馬。
前に隆が拓馬に自分の分も弁当を作ってきてくれと頼んだところ、きっぱり断られた。材料費が高くなるのが原因だそうだ。家庭的ですね。
今日の拓馬の二段重ねの弁当は、上の段に、もやしとピーマンの炒め物、玉子焼き、昨日の晩ご飯の残りのほうれん草のおひたし、同じく残りの春巻き。下の段には白いご飯がぎっしり敷きつめられていて、梅干が真ん中に置いてある。
「玉子焼きが食べたいなー」
「仕方ないなぁ。頼むならちゃんと敬語で頼めよなー」
そう言いながら玉子焼きを一つ箸で掴み、隆の口元に運んでいく拓馬。いわゆる『あ~ん』という状態である。
実は黙っていればモテる二人がこんなことをしてると若干問題が・・・それはまた別の話。
「何してんの?」
購買から戻ってきた名波が、ちょっと気持ち悪いものを見るような目で二人を見ている。名波にそっちの気はありません。
「いや、拓馬の弁当があまりに旨そうだったから、おかずを分けてもらってたんだ」
「へぇ~。木下って弁当持ってきてるんだ。うちはお母さんがいつも作ってくれるんだけど、今日はちょっと寝坊しちゃったから購買ー」
「「聞いてないけどな」」
「ちょっとぐらい聞いてくれたって良いではないですか!」
勝手に自分の家の弁当事情を話し始めた名波を、二人がバッサリと切り裂いた。
「こいつはお前のところの弁当事情とは違うんだよ」
「どういうこと?」
「それを語るには血と汗と涙の物語があるんだけど」
「そんなにないだろ。ただ家計のために弁当作ってきてるだけだよ」
何故か悪ノリし始めた隆を制して拓馬がオチを先に言ってしまった。
そのわずかな間に名波が隆の前の席に座る。ちなみに名波が今座っている席の男の子は、隣のクラスでお弁当を食べています。
名波は自分で買ってきたパンやらパンを並べて食べ始めた。
「えっ? 木下って自分で作ってきてるの? 何か意外かも」
「よく言われる」
「何気に手先起用だったりするからな。ギャップに惚れるなよ?」
「なんだよ隆。別に黒木が俺に惚れたっていいじゃんかよー。あの黒タイツに包まれた美しい足が俺のモノになるんだぞ?」
「大丈夫。絶対惚れないから安心して」
断固として惚れないことを決意した名波であった。
「それはそうと自分でお弁当作るのって大変じゃないの?」
「まぁ大変だけど、もう結構続けてるから慣れてきたかな」
「ふーん」
「それをお前の母さんも同じことしてるんだから、お前も女なら拓馬を見習って少しは料理でもしたらどうだ?」
「私料理できるよ?」
「「えっ!?」」
よっぽど意外だったらしく、拓馬と隆が同時に名波を見る。
「りょ、料理って、あ、あれだろ? インスタントラーメンとかだろ?」
「あー、そういうことか。な、なら俺も納得だ」
「なんでそんなに意外そうなのさ。私だって料理ぐらい出来るんだからねー」
持っていた焼きそばパンに豪快に噛みつく名波。
名波は小さい頃からお母さんの手伝いとして台所に立っていた。これも『妹達に美味しいものを食べさせたい』という心情からだったりする。
そんなこんなで黒木母から色々と料理の英才教育を受けていた名波は、今の年齢になる頃にはたいていの料理はできるようになっていた。
「じゃあ最近何作ったか言ってみろよ」
本当に信じたくないらしく、隆が名波に質問する。
「昨日ドリアを作りました」
「ど、どりあ・・・。あんな難しそうなものを作れるなんて・・・完敗だ」
「へへーんだ」
「ドリアって難しいか?」
拓馬の言葉も隆には届かなかったらしく、最後の一口のパンを寂しそうに食べると、しょんぼりしていた。
隆は全く料理ができないので二人がすごい高いところにいる存在に思えた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると大変喜びます。
実は第一話から日にちが全然進んでません。
一週間経ってませぬ。
次回もお楽しみに!