呼びかたは愛の深さじゃない
拓馬と一花が、一緒に帰っていました。
拓馬が一花に思い出したかのように言いました。
「そーいえばさ、一花っていつになったら俺のこと名前で呼んでくれるの?」
「えっ!?」
一花はなんの脈絡もない発言に驚いてしまいました。
ただ単に拓馬のことを『恥ずかしいから』という理由だけで苗字+君で読んでいるのだが、拓馬には『そそるでしょ?』と言っただけで、ごまかしていたのだ。
「なんでいまさらなの?」
「いや、ちょっと思っただけだから、別に気にしなくていいよ。呼び方なんてなんでもいいし」
「そう言われると気になるじゃないの・・・」
一花は考えた。
『もしかしたら拓馬は名前で呼んで欲しいのではないか?』
『でも名前でなんて呼んだら私が恥ずかしくて今までのキャラを保てない!』
『もしかしたら前みたいに押し倒してしまうかもしれない!』
『でもそれはそれで私のキャラの転換期なのか?』
『いや、でもそれはダメだ。私のこのキャラは今すぐ変えられるものじゃない!』
『ってゆーか木下君ってなんて呼ばれたいの? やっぱり拓馬かな?』
とか考えてます。
そんなことを頭の中でぐるぐると考えていると、隣の拓馬が笑い出しました。
「アハハハハ」
「な、なんで笑ってるのよっ」
「いや、この質問は隆に言われたから聞いてみたんだけど、ホントに隆が言ったとおりの反応だったなぁって思って」
「相沢君なのね・・・」
肩を落として、見るからにがっかりとした一花に拓馬が問いかけた。
「なんで落ち込んでるんだ?」
「だって木下君が思ったことなのかと思って、真剣に考えたのに、相沢君が考えたことだったなんて悔しいじゃない」
「一花は負けず嫌いだからなぁ」
またアハハと拓馬が笑った。
「もうっ。そんなに笑うことないじゃない」
「ごめんごめん。でも俺は呼び方はなんでもいいよ。一花は他の呼び方とかしたいのか?」
「えっ!? いや、呼び方を変えたいというか、恥ずかしくてできないというか・・・」
可愛らしくモジモジクネクネする一花の姿は、絶対に拓馬以外の前ではしないであろう行動だった。
「なんだよ。恥ずかしくて出来ないってことは違う呼び方がよかったのか?」
「いやっ、そーゆーわけじゃ、ないです・・・」
「まったく一花らしくないなぁ」
一花は表面上はとても冷静に見えるかもしれないが、実は内面はとても恥ずかしがり屋で、変態的な面も持ち合わせており、クールの皮を被った乙女なのであった。
そのいい例が、恵方巻きを拓馬が食べていた時の一花だったり、今回のようなデレデレな一花なのであった。
「き、木下君はなんて呼ばれたいの?」
「呼び方かぁ・・・なんでもいいけど、やっぱり木下君はちょっと固いかな。もうちょっとフランクに呼んでくれてもいいんだぞ?」
「木下とか?」
「それはなんか違う」
「木下さん?」
「なんで苗字ばっかりなんだよ」
「じゃ、じゃあ、拓馬、くん、とかは?」
「拓馬君かぁ・・・まぁ悪くないな」
一花が半分以上壊れそうになっていたので、拓馬は少しだけ合格ラインを下げた。
一花からしてみると、ものすごい進歩であり、少し遅すぎたような気もしなくはなかった。
なにせ半年以上も付き合っていて、まだ苗字で呼んでいるなんて、仲がいいのやら悪いのやらである。
「じゃあ、た、拓馬君って呼んでみるわね。木下君」
「・・・無理しなくていいぞ?」
「そーゆーわけではないのよ。いままで身に染み付いてきたものがあるじゃない。それが抜け落ちるまではちょっと・・・」
無理をしているわけではないのだ。ただちょっと恥ずかしいのである。
「でも相沢君とか黒木さんの前では呼べないと思うわ。多分・・・」
「まぁそれはいいさ」
「だから・・・もうわかってると思うんだけど、私って恥ずかしがりなのよ。木下君、じゃなくて拓馬君のことをこうやって呼べるのは多分二人きりの時だけだと思うわ」
「徐々に慣れていけばいいさ。先は長いんだからゆっくりでいいと俺は思うな」
笑みを浮かべながら言う拓馬。そんな拓馬を見た一花は、少し見とれて頬を赤く染めた。
そして拓馬の手に自分の手を伸ばしてギュッと握った。
拓馬は少し驚いたようだったが、それを受け入れるように握り返した。
手をつなぎながら笑顔で帰り道を歩く拓馬と一花であった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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呼び方は悩みますねー。
次回もお楽しみに!