そして・・・
今日一日の授業が終わり、放課後の講習のための準備をしていた隆の元に名波がやってきた。
「隆、話があるんだけど」
「ん? どうした?」
「えっと・・・ここじゃ話しにくいから帰りながらじゃダメかな?」
「でも俺、これから講習が・・・」
そこまで言ったが、名波の真剣な目を見て、大事な話なのだということを察した。
「わかった。今日の講習は休むわ。ちょっと先生に言ってくるから待っててくれ」
名波が頷いたのを確認すると、隆は足早に職員室へと向かい、担当の先生に今日は休むことを伝えて戻ってきた。
そして少し気まずい雰囲気のまま、いつもの帰り道を歩いた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙。完全に沈黙でした。
そんな沈黙に耐えかねた隆が口を開きました。
「久しぶりだな。こうやって帰るの」
「・・・うん」
「・・・で、どうしたんだ?」
隆が聞いたが、名波は口をキツく結んだまま話さなかった。
頭をポリポリとかいた隆は、どうしようかと考えた。
すると名波の目から涙がポロポロと流れてきた。
「うおっ!? おまっ! なんで泣いてんだ!?」
あたふたと落ち着きが無くなって、名波の肩を抱く隆。
「泣いてないもん!」
「いやいや、めっちゃ涙出てるじゃねぇか。どうしたんだよ」
「うー・・・」
キョロキョロと周りを見渡した隆は、近くの公園へと名波を連れていった。
そしてベンチに座らせると、自分もその隣に座って名波が泣き止むまで肩を抱きながらポンポンと頭を撫でた。
隆はそんな名波を見ながらふと思った。
『名波が泣くの珍しいな』
そう。実は、隆と名波が付き合った時に泣いていたのが最初で最後なのです。
そしてそれを思い出すと同時に名波が泣いている理由がわかった気がした。
「もしかして、こうして会えなかったからか?」
隆が問いかけると、泣いていた名波が頷いた。
そして涙を流したまま、嗚咽まじりの声で話し始めた。
「最近勉強ばっかりで会えないんだもん・・・そりゃ今が大事なんだってことはわかってるつもりだけどさ、私だって講習とかあるし。だけど、それでも一応付き合ってるんだから構って欲しいってゆーかなんてゆーかさ・・・」
名波はそこまで一気に言うと、ゲホゲホとむせた。
そんな名波を隆は呆れたように見ていた。
「そんなに溜め込むぐらいなら言えよ。バカ」
「バカって・・・言ったところで隆は変わらないじゃん」
「俺だって名波が教師になるって言って、勉強頑張るって言ってたから俺も頑張るかなー思って頑張ってたのにさ。あんだけ調子こいて北大(北海道大学の略称)入るぜとか言ってて落ちたら恥ずかしいじゃん」
「ハハハ。隆が落ちるわけないじゃん」
笑いながら言った名波の顔には、もう涙は流れていなかった。どうやら枯れたようです。
「わかってんだよ。でも俺だって名波の勉強の邪魔しないようにって思ってたんだ」
「なにそれー」
「なんでもいいだろ。俺は名波の幸せを思って言ってんだ」
隆は名波と軽口を言い合っているうちに、名波の調子が戻ってきていることを実感した。
肩と頭から手を離して、深く腰掛けて前を見た。
そして名波に色々と聞いてみることにした。
「お前さ、拓馬と委員長に相談したろ」
「えっ! なんで知ってるの!?」
「朝、拓馬から『頑張れよ』って言われたし、委員長からは『幸せ者ね』ってなんの脈絡も無しに言われたんだよ。何かと思ってたけど、やっと話が繋がったよ」
「だってあの二人が強引に聞いてくるんだもん」
「そんだけ心配されてたんだろ。で、相談した結果どうだったんだ?」
半分笑いながら聞く隆。
名波は昨日の作戦会議を思い出しながら話した。
「えっとね、隆を殴ったり、講習に突撃したり、参考書を盗んだり」
「ろくなこと考えねェな」
「で、結果としては、隆に話すか、そんなに辛いなら別れちゃいなさいって委員長に言われた。拓馬はもう話についてこれてなかった」
「で、その結果についてお前はどう思ったんだ?」
「私はね・・・」
言おうと思い、名波が隆の方を見ると、何かを覚悟しているかのような真剣な顔で名波を見ている隆の顔があった。
「私ね、隆と別れようかと思って」
「・・・まぁそうだわな」
「反対しないの?」
「だってこれから大学に入ったらゼミだのサークルだのでますます会えなくなるじゃん。そうなったらもっと名波は辛いだろ?」
「うん」
「だったらここで友達同士の付き合う前の俺たちに戻るのも良いかなーって考えてたんだ」
「た、隆はそれでいいの?」
「いいもなにも、俺は大丈夫だよ。俺の気持ちは変わらん。それよりも名波が辛いのは嫌だからな」
「エヘヘ。ちょっと照れるかな・・・」
「そんなわけだ。今の俺なら笑顔で別れられるぞ」
「あんまり笑顔な時ないじゃん」
「うるせぇ。気持ちの問題だよ」
そして二人でアハハと笑い合って、向き合った。
「じゃあ恋人同士もこれまでってことで」
「なんかあんまり実感ないんだけど・・・」
「また大人になって気持ちが変わってなかったら俺と付き合ってくれ」
「なんでこのタイミングで言うかなぁ・・・」
「予約だ予約。まぁその間に他の男に取られたら取られたでそれまでだからさ・・・って泣くなよ」
「仕方ないじゃん・・・」
また名波の目から涙が流れていた。
今度は横からではなく、正面から頭を撫でて泣き止ませようとする。
すぐに泣き止んだ名波は、手の甲で目を拭うと隆を見つめて宣言した。
「よしっ! 決めた! 私もっと強くなる。そして立派な先生になってやる」
「おう。その意気だ。俺も立派な弁護士になるよ」
ニカッと笑った隆につられて名波も笑った。
こうして二人は恋人同士の隆と名波から、親友同士の隆と名波に戻ったのだった。
そして・・・
「こらそこの二人! いい加減にのぞき見は良くないぞ!」
大声で隆が言うと、ベンチの近くの茂みから、拓馬と一花が申し訳なさそうに出てきた。
「バレてないと思ったんだけどなぁ・・・」
「今日の私は隠密スキルがついてたのに・・・」
「バレバレじゃ」
その後、話を聞いていた二人に、簡単ではあるが説明をする隆と名波であった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると嬉しいです。
別れました。
好き同士でも別れなければならないときはあるんです。
そうやって成長していくのです。
次回もお楽しみに!