知る人ぞ知る名店
美緒の家の蕎麦屋『蕎麦屋 森の湖畔』は少し行きにくい場所に位置しているのだが、知る人ぞ知る名店ということで、昼ご飯を食べにやってきたお客さんで賑わっていました。近くにはペケレット湖園というとても大きい水たまりのような小さな湖があります。まぁ沼ですね。
そんな『一応札幌市』という秘境のような場所に位置しているが味は確かな蕎麦屋にどんなお客が来るのかと言えば、近所の常連のじいさんだったり、味にこだわる『通』の人だったり、噂を聞いて地方から車でやってくるような物好きばかりであった。
平日の今日は、近所のじいさんはもちろん、たまたま来ていた『通』の人達で席が埋まるくらいの繁盛っぷりだった。
そんな店を仕切っているのが、神崎家の大黒柱であり、大将の父ちゃん。そしてそれを支える母ちゃんがフロアを仕切り、手伝いで美緒が働いている。つまり家族3人で営業しているのだ。
人数が少なくてもこれだけの人気が出るというのは、近所のじいさん達の人柄の良さと、元気いっぱいの神崎家の愛想の良さの賜物なのであろう。
「お待たせしました! さて何食べますか!?」
「混んでるけど大丈夫なのかよ。なんなら拓馬貸すぞ?」
「料理以外の手伝いなら隆も得意だろ。一緒に手伝えよ」
「そんな手伝いなんていいですよ! 先輩たちはお客さんなんですからくつろいでてください!」
「そんなこと言われてもなぁ・・・」
忙しそうに動き回っている母ちゃんを見ていると、どうしても落ち着かないようで、拓馬がウズウズしている。
そして。
「よし。俺ちょっと手伝ってくるわ!」
「えぇっ!?」
「じゃあ私も!」
拓馬の手伝い宣言に美緒が素直に驚いた。そして拓馬料理教室の助手として名を馳せている名波も立ち上がって手伝う宣言をした。
「「いってらっしゃーい」」
のんきに水を飲みながら、手伝いをしにいく二人を見送る隆と一花。
「相沢先輩も市原先輩も止めてくださいよ!」
「あの二人は頑固だから無理だって」
「言っても止まらないわ」
「えぇ・・・」
手伝いをするために母ちゃんの元へとやってきた拓馬と名波。
「私たちも手伝います!」
「皿洗いとかしましょうか?」
「あらホント!? じゃあ君はお皿洗いをお願い! 君はコレ着て、この蕎麦をあのおじいさんのところに持っていって」
「「はい!」」
元気よく返事をした拓馬と名波は、それぞれ仕事についた。
拓馬は皿洗い。名波はエプロンをつけてお盆に乗った蕎麦をエッサホイサと運んで、食べ終わった食器を拓馬の元へと運んだ。
平日の割には忙しいようで、なかなか客が途切れなかった。
そして1時間ぐらいしたとき、厨房で父ちゃんが嘆いていた。
「やっべぇ! 揚げ玉がねぇ!」
「あっ! じゃあ俺やります!」
皿洗いの手を止めた拓馬が、油の近くにあった天ぷら衣を手にとって、箸を使って器用に揚げ玉を作っていった。
その手際の良さに、父ちゃんは思わず見とれたが、釜が吹きこぼれたことで我に返った。
そして釜から蕎麦をざるで掬いながら、拓馬に声をかけた。
「君は天ぷらとか揚げれるのかい!?」
「家でやるぐらいなら出来ます!」
「じゃあちょっとエビ2本と茄子とししとうを揚げてもらえるか!」
「わかりました!」
そう言われて、天ぷらを揚げていく拓馬。
それからさらに1時間後。
隆と一花はそれぞれ参考書を開いて勉強を始めていた。
隆がふと店内を見ると、空席のほうが多くなってきていて、だいぶ落ち着いているようだった。
「ふぅ。お待たせ!」
「頑張りました!」
「お疲れさん」
「お疲れ様」
拓馬と名波がやり遂げたような表情で戻ってきた。
「どうだった?」
「蕎麦屋の厨房が見れて楽しかった。天ぷらも揚げたし」
「名波は?」
「家の手伝いの延長みたいで楽しかった。お客さんもみんないい人だったし」
「いい経験だったな」
席に座って、水をごくごくと飲む二人。
すると4人の席に美緒がやってきた。
「今日はありがとうございました! 父ちゃんも母ちゃんもお礼を言っておいてくれって言ってました!」
「まぁ後輩の面倒を見るのは先輩の役目だからな」
「そうそう。それに隆と委員長も待たせちゃったわけだし」
「俺たちは気にするな」
「そうよ。勉強して待ってたから大丈夫よ」
「そのお礼と言ってはなんですが、今日のお昼は父ちゃんがご馳走してくれるそうです!」
「「やったー!」」
両手を上げて喜ぶ拓馬と名波。
「なので、もうちょっと待っててください!」
そう言って厨房の方へと消えていく美緒。
その時、ニコリと笑っておじぎをした母ちゃんと目が合った4人は、ペコリとおじぎをし返した。
少しして、美緒と父ちゃんが蕎麦を持ってやってきた。
「今日は助かったよ! そのお礼だ! 食べれるんならたくさんあるからおかわりしてくれ!」
「父ちゃんの蕎麦は美味しいですよ!」
「美緒もそのまま食べちゃいなさい!」
「やった!」
「ありがとうございます」
「こんなに山盛り・・・食べられるかしら」
「一花。お前なら食べられる」
「私が信じる木下君を信じるわ」
「なんかデジャブ」
「俺もだ」
そんなやりとりをしながら、美緒が来るのを待ってから蕎麦を食べ始めた。
父ちゃんが持ってきたのは、とり天ぷらそばというもので、鶏のむね肉の天ぷらとざるそばを冷たいめんつゆで食べるというちょっと変わったメニューだった。
この店の人気メニューであり、美緒のお気に入りメニューでもあった。
「鶏の天ぷらなんて初めて食べたわ」
「おいしー!」
「うめぇな」
「むね肉っすか。今度家でやってみよ」
「ンフフ!」
各々感想を言いながら、ちょっと遅めのお昼ご飯となったとり天ぷらそばを食べるのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると嬉しいです。
実際の場所には、「森の湖畔」はありません。
来店の際はご注意ください(笑)
次回もお楽しみに!