そして春の始まり
放課後。
隆を使って、恒例の水飲み場に一花を呼び出した拓馬。
もちろん隆と名波は前回同様、廊下からのぞき込むように見学(覗き)をしています。
いつもと違って少し緊張している様子の拓馬を、心配そうに見つめる隆と名波。
そして拓馬の前には、一花が同じく緊張した様子で立っています。
隆から『拓馬から話があるってさ。放課後、西階段の水飲み場に来いよ』と、ほとんど無表情で言われたので、表には出していませんがかなり緊張しています。
「い、市原」
「な、何?」
ぎこちない二人。
「実は話があるんだ」
「ちょっと待って。先に聞いてもいい?」
「えっ? 何?」
「えーと・・・それって悪い話? それともいい話?」
「あー・・・市原にとってはいい話なのかな・・・?」
『いい話だろうが』と心の中でつぶやく隆。
「そ、そう。わかったわ。それなら続けて」
「おう。でだな。話っていうのは」
「ちょっと待って!」
「もうなんなんだよ! いっぺんに言ってくれよ!」
「私だって緊張してるのよっ! 木下君から呼び出されるなんて滅多にないことじゃない! だからもしも友達やめてくれとかもう関わらないでくれとか言われたら、もうどうしていいのかわからなくなるじゃないのっ!」
悲痛にも似た叫びが廊下まで響いてきた。
そんな一花の叫びを廊下で聞いていた隆と名波は顔を見合わせた。
「そんなの知らんっ!」
「「えぇっ!」」
思わず声をあげてしまった隆と名波ではあったが、幸い驚いていた一花の耳には届かなかったようで、二人の存在がバレることは無かった。
「そんなの言ってくれないと俺にはわからん。俺は隆と違って頭がいいわけでもないし、察しがいいわけでもない。だからいつも市原が俺の前だと変なことばっかり言ってても、何考えてるのかわからんのも仕方ないことだと俺は思ってる。だから今の俺だと、市原がどんなこと考えてるのかなんて全くわからん!」
「じゃあ、話って・・・?」
「俺はお前と付き合いたいと思ってる。今日はそれを言いたかったんだ」
ようやく言いたいことが言えた拓馬は、非常にスッキリした顔だった。しかし目の前に立っている一花は、驚きを隠せないようで、口を開けてポカーンとしている。
そんな一花の様子に気づいた拓馬が、一花の目の前で手を振って声をかける。
「あれ? 市原? 大丈夫か?」
「はっ! 私、変な夢見てたわ。なんか木下君がデレてるなんてまず無いものね」
「おい。さっきの話の返事がそれってことでいいのか?」
拓馬が少し呆れた顔で一花に問いかけると、一花がゆっくりと顔をあげて拓馬を見た。
「もしかして、夢じゃない、の?」
「夢ってなんの話だよ」
「ほら、木下君が私と付き合いたいって」
「夢じゃないよ」
「でも前まであんなに嫌ってたのに、急にどうして・・・もしかして誰かに操られてるとか?」
「ねーよ。なんのマンガの影響だよ」
「そうよね。私ちょっと疲れてるのかもしれないわ。ちょっと今日は帰って寝ようかしら」
「は?」
よろよろと振り返った一花が、焦点の定まっていない目で歩き出そうとした。
その時、一花の手を引いた拓馬が、そのまま一花を抱き寄せてキスをした。マウストゥマウスです。
思わぬ光景に、廊下組の二人は口を押さえて驚いた。
もちろんキスをされている一花が一番驚いているわけで、顔を真っ赤にして拓馬の熱い抱擁を受けている。
「・・・ふぅ。どうだ。これでもまだ夢だとか言っちゃう系なのか?」
「・・・ううん」
「で、付き合ってくれるのか? 俺は結構マジだからな」
「わ、私で良いの?」
「バカ。市原が良いんだ」
「嬉しいわ。・・・でも一つだけ確認してもいい?」
「なんだよ。まだなんかあるのかよ」
「私にとっては一番重要なのよ」
「なんだよ。まぁどんなことでも受け止めてやるさ。さぁ来い!」
一花を抱きしめていた腕を離して、野球の野手のごとく『バッチコーイ!』なポーズをとる拓馬。
そして意を決した一花が口を開く。
「私ね。実はちょっとオタクなのっ!」
「・・・は? そんだけ?」
どうにも表紙抜けしてしまった拓馬は、肩の力を抜いて頭をポリポリとかいた。
「そんだけって・・・良いの? 彼女がオタクなのよ?」
「いや、良いの?って聞かれても、うちの弟は重度のアイドルオタクだし」
「あ、そういえばそうだったわね」
「だからそれくらいなんの問題もない!」
最大の秘密をぶっちゃけたつもりだった一花は、力が抜けたのか、へろへろとそのばにへたりこんでしまった。
「お、おい。大丈夫か?」
「大丈夫よ。ちょっと驚いて力が抜けちゃっただけ。木下君が悪いのよ」
「人のせいにすんな。まぁのんびりしてくか。どうせもう帰るだけだし」
一花にチョップをした拓馬が、一花の横に座り込む。
「はぁ。本当に夢見てるみたいだわ。ここで相沢君と黒木さんが出てきて『ドッキリでしたー!』とかっていうのはないわよね」
「隆ならやりそうだけど、そこまでしないよ。根はいいやつだし」
「ふふっ。木下君は優しいわね」
「褒めても何も出ないぞ」
「そーゆーところが好きなのよ。今は顔で好きになってるわけじゃないわ」
「そのくらいわかってるよ。最初と雰囲気が違うし」
「アレは忘れてくれない? もう黒歴史として闇に葬りたいのよ」
「アレのおかげで市原と知り合えたんだ。あの時もここだったよな」
「そうね・・・」
しみじみと前の告白の場面を思い出す二人。
「・・・やっぱり忘れない?」
「アレもいい思い出だよ」
そう言って、一花の唇にキスをする拓馬。
いつの間にか、廊下にいた二人が居なくなっているのに気づくのは、もう少しあとであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると執筆意欲が高まります。
ついに恋が成就しました。
パチパチー。
次回もお楽しみに!