対面会
拓馬と隆はいつもと同じような服装で、名波の家へと向かうバスに揺られていた。
黒木父の都合上、夜ごはんをご馳走になるということになった二人だが、思いのほか緊張していた。
「なぁ。ホントにお土産とかいらないのかなぁ?」
「名波がいらないって言ってたんだから別に大丈夫だろ。・・・でもやっぱ必要なのか?」
「うわぁ・・・隆だけでも余裕をもっててくれよぉ」
「馬鹿言うな。彼女の父親に会いに行くんだぞ。これ以上の緊張があるかよ」
「ダメだ。もっと違うこと考えようぜ」
「違うこと?」
「そうそう。例えば夜ごはんのメニューとかさ」
「メニューかぁ。何出るんだろうなぁ」
「もしかして豪華な和食料理だったりして」
「マジかよ。俺、作法とか知らねぇぞ」
「アレかな。料理って名波のお母さんが作るのかねぇ?」
「さぁ? 家政婦さんがいるんだから、料理人とかいてもおかしくないけどな」
「うおぉ。なんかドキドキしてきた。俺、ご飯食べ終わったらレシピ聞いちゃおっと」
「まだ食べても居ないのに気が早いやつだな」
そんな話をしながらバスに揺られていると、名波の家の近くのバス停の名前がアナウンスされた。
お金を払ってバスを降りると、名波がバス停まで迎えに来ていた。
「こんばんわー」
「おう」
「こんばんわ」
「じゃあ行こっか」
前を歩く名波の後ろを、少し緊張した面持ちで歩く拓馬と隆。
前に来たときは冬だったので、庭木には雪囲いの縄がかけられていたが、今はそれももう解かれていて、広い庭には高級感が漂っていた。
そんな庭を歩いて玄関へと向かう。
「ただいまー」
「「お邪魔しまーす」」
「「いらっしゃいませー」」
名波が玄関のドアを開けると、家の中から出迎えてくれたのは双子の桜と遥だった。
隆は、そんなに長い間会っていないわけでもないのに、妙に成長していた双子がだんだんと名波に似てきているような気がした。
そして拓馬は相変わらずキョロキョロと家の中を見ていた。
「ささっ。上がって上がって」
名波に催促されて、靴を脱いで玄関を上がる拓馬と隆。
前回とは違う廊下を歩いて、居間へと向かう。
外見は立派な日本家屋だが、居間は普通のフローリングが張られていて、囲炉裏やなんかはなかった。
「なんか思ったより普通だったな」
「どんなの想像してたのさ」
「もっと日本昔話に出てくるような居間を想像してた」
「ひどーい」
「お姉ちゃんだって隆さんの家行くときすごい想像してたくせに」
「そうそう」
「こら。余計なことは言わなくていいの」
「どんな想像してたんだよ」
「・・・あとで教えてあげる」
「あら、いらっしゃい」
キッチンからエプロンをつけた黒木母が出てきた。
「こ、こんばんわ。相沢隆です。今日はありがとうございます」
「おばさん綺麗ですねー」
丁寧に挨拶をする隆と、いきなり不躾なことを言い出す拓馬。
しかしあまり気にしてない様子でエプロンで手を拭く黒木母。
「あら綺麗だなんてやめて頂戴。私だってもういい歳なんだから」
「まだまだいけますって。あ、遅れました。木下拓馬です」
「相沢君に木下君ね。いつも名波がお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ」
「えーと、相沢君が名波と付き合ってるんですって?」
「あー、はい」
「で、どうなの? 名波ってばあんまり私に話してくれないから、どんなことしてるのかわからなくって」
「もうっ。お母さんはご飯作っちゃってよ!」
「あらあら」
黒木母をキッチンの奥へと押し込んでいく名波。
そんな黒木母に拓馬が声をかけた。
「あっ! 俺も手伝っていいですか?」
「木下君も料理できるの?」
「はいっ!」
「じゃあお願いしちゃおうかしら」
そう言ってキッチンへと消えていく拓馬と黒木母。
残された隆は所在無さげに名波を見ると、目が合ってしまった。
「拓馬らしいね」
「そうだな。そういえば名波のお父さんは?」
「君にお父さんなんて呼ばれる覚えはない!」
「うおっ!」
突然後ろから現れた黒木父に驚いた隆だったが、すぐに気持ちを立て直して向き合った。
「初めまして。名波さんとお付き合いさせてもらってます、相沢隆と言います。今日はお招き頂きありがとうございます」
「う、うぅん・・・」
黒木父は第一印象が大事だと思い威厳を思いっきり前面に向けて威嚇したつもりだったのだが、とても礼儀正しく接してきた隆にひるんでしまった。
なんという豆腐メンタル。
そんな父の心境を察したのか、名波が少し冷たく言う。
「もう、お父さんが変なこというから悪いんでしょ。ほら。座ってテレビでも見てて」
「な、名波・・・」
「隆、お父さんの相手してあげてくれる?」
「「えっ!?」」
名波の言葉に驚いた隆と黒木父。対面になっているソファにそれぞれ向かい合って座ると、隆の両サイドにビールとグラスとつまみの柿ピーを持った桜と遥が座った。
「隆さん。お父さんに注いであげてください」
「ほら、お父さんもグラスを傾けて」
双子に言われるがままに、受け取った缶ビールを黒木父が持つグラスへと注いでいく隆。
ビールを注ぐ練習と言われて、小さい頃から両親のビールを注がされていた経験がここで発揮されることになろうとは、隆は思ってもみなかった。
注がれたビールを一口だけ飲んだ黒木父は、ふぅっと一息ついてグラスをテーブルに置いた。
実はこのビール作戦は、どうせ緊張してまともに話せないであろう二人のために、名波と双子が考えた作戦だったのだ。
その作戦がうまくいったのを確認して、キッチンに近いところにある椅子に座っていた名波は、満足そうに微笑んでいた。
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お父さん可愛いなぁ
次回もお楽しみに!