特別と普通
「おはよー」
「おはようさーん」
拓馬と名波が教室に入ると、ちょうど圭子が教室を出ていくところだったらしく、すれ違いざまに挨拶をする。
挨拶をされた圭子は驚いたように両手を挙げたが、すぐに調子を戻して挨拶をする。
「グーテンモルゲン!」
「なんでイタリア語なんだよ」
「いや、ドイツ語だから」
拓馬の間違ったツッコミに、名波がつっこむと、それを見ていた圭子がケラケラと笑う。
「広瀬から仕掛けてきたのに、笑うってどういうことだよ」
「いやー、ごめんごめん。私ってば結構な笑い上戸だからさ」
「笑い上戸ってどうなの?」
「ん? どうって何が?」
名波のよくわからない質問に首を傾げる圭子。それに合わせるように名波も首を傾げる。
二人で首を傾げている謎の状態に拓馬が困っていた。
その様子をシュールだと思ったのか、圭子がまたケラケラと笑い出す。
「アハハハ。黒木さんまで首を傾げるってどういうことさ」
「あっ、そっか。笑い上戸ってどんな感じなの? 全部が面白く見えるの?」
「えー、すごい質問だなぁ。うーん・・・なんかすぐに笑いがこみ上げてくる感じかなー」
「へー」
「常にツボに入ったときみたいな感じだろ?」
「おーさすが木下君。そんな感じだわ。ドイツ語だけどねー。アハハハ」
また笑い出す圭子。どう考えてもおかしな人ですね。
「いやーそれにしても夢のようなひとときだわー」
「どこらへんが?」
「朝から黒木さんとこんなたわいもない話が出来るなんて思わなかったわーって思ってさー」
「私だって普通の女子高生だもんっ!」
急に声を大にして言う名波に、思わず驚いてしまった圭子。
今度は名波の隣で拓馬が笑い出した。
「名波は普通の女子高生扱いしてもらいたいんだってよ」
「えーそうなのー?」
「そ・う・な・の!」
「でもそんなアイドルっぽい生活なんて出来るもんじゃないよ?」
「でも私は普通の生活がしたいのー!」
「もう怒っても可愛いとか反則だよねー。捕まえちゃうぞー」
「いやー! やめてー!」
圭子は名波の脇に腕を回して抱きついてきた。それを笑いながら抵抗している名波は、なぜか嬉しそうだった。これが女子高生の日常なのかはよくわかりません。
「私と友達になったあかつきには、毎朝登校してくる度に我が必殺技『クワガタスペシャル』をお見舞いしてあげるよ!」
謎のマニフェストを提示して、両手をクワガタの角に見立てて挟むジェスチャーをしている圭子はとても満足そうな顔をしていた。
「それ全然普通じゃないじゃん」
「普通だよー? みんなやってるよー?」
「みんなクワガタスペシャルやってるの?」
「そうそう。今大流行中なの」
「おい。そんなの初めて聞いたぞ」
「うん。私も初めて言ったもん」
拓馬と名波は圭子のことを『なんだこいつ』というような目で見た。
その視線を感じたのか、圭子は姿勢を正してオホンと一つ咳払いをした。
「あー、つまりですね。この世に普通などないのですよ。黒木さんが普通だと思えばそれが普通。私が普通だと思えばそれもまた普通。そして木下君が普通だと思えばそれもまた普通。普通なんてものは人それぞれなのですよ。だから黒木さんが特別だと思っていることは、私からしてみたら羨ましかったりされてみたいことだったりするわけです。なので特別とか普通とかなんてものは、受け取り方次第で変わっていくものなんです。わかりましたか?」
「う、うん」
「というわけで、私はそろそろ行きますので。職員室に行かないといけないのであります」
「あ、そうだったんだ。ゴメンね。引き止めちゃって」
「いやいや。私も黒木さんと朝から話せて幸せいっぱいよ。今日は一日いい日になりそうだわ。そんじゃねー」
ヒラヒラと手を振って職員室へと向かっていった圭子。その背中を見送った拓馬と名波はなんとも不思議な気持ちになっていた。
「なんか上手く誤魔化されたな」
「やっぱりそうだよね! なんか良いこと言ったような気がしたから、そうだよねーって思ってたけど、あんまり関係なかったよね!」
「気づいてたんだな。広瀬ってなんか変な奴だな」
「うん。でも悪い子じゃないっぽいよね」
「俺もそう思う」
圭子が行った方向を見ながら、二人は微笑んでいた。
そして職員室から戻ってきた圭子が、椅子に座っていた名波の背後から『クワガタスペシャル改っ!』と叫んで、脇腹をくすぐったのはまた別のお話である。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると発狂します。
圭子はわりとフリーダムてす。
次回は最近出番のなかったあの人が登場します。
次回もお楽しみに!