帝国の遺産
そして朝を迎えた。ぐっすりと眠ったことで昨日までの疲れは吹き飛んだ。起きた時には既に土砂の撤去作業も終わっていた。俺たちは早速ノアへと戻り、山に埋もれていた巨大船との接弦を試みる。
ノアに同乗し、艦橋にいる先日と同じ面子の四人は物珍しそうにラビを見ている。
「あの、皆さん? そんなにじっと見られるとなんだか気まずいのですが……」
その視線にラビを若干たじろいでいる。
「いやー、すまん、すまん。ソビエトじゃ何故か知能を持ったコンピュータは開発、使用が全面的に禁じられていてな。珍しいから、つい……な」
そう言いつつも、四人、特に養老はラビを凝視するのを止めるつもりはないらしい。
そんな中もノアを巨大船の窪みにはめるための作業は続いている。
「凛、もうちょっと前進だ」
「前進……と」
「ああ、行きすぎ、行きすぎ!」
しかし。作業は難航していた。下手にぶつければどこかが破損する可能性もあるので失敗は許されない。操舵の専門家でもない凛にはこの作業は難易度が高すぎた。俺にはとても出来ないだろうし、大禅師も船の操舵は専門外だろう。
「ああ、もう見てられないぜ。お嬢さん、俺にまかせな」
興味深そうにラビを凝視していた内の一人がそう言って操縦を凛と代わった。
「ここをこうして……ほらよっと!」
男が船を動かすと、船の位置はぴったりと巨大船の窪みに合わさった。後はこのまま降下するだけである。
「あ、ありがとうございます。えーと、山田さん?」
「俺は田中だよ。これでも俺はソ連にいたころは操舵士をやっていたんだ。まあ、一応プロってことだ」
田中は頭の後ろを撫でながら、ちょっと照れくさそうに言った。
「専門家がいるというのは頼もしい限りです。他の皆さんは何をされていたんですか?」
そう麗華が尋ねる。
「私は通信士をやっていたわ」
そう言ったのは山田だ。ちなみに山田は女性である。
「俺は整備士だった。機械の整備なら任せてくれよ」
花を擦りながら鈴木がそう言う。
「あら、通信士をしていた方がいるなら、通信は私よりも山田さんにやって貰った方がいいわね。後で何をするのか考えておかないと」
そう麗華が呟く。
「ようし、じゃあ窪みの上に降り立つぞ」
田中はそう言うと船を降下させる。ずしんと船が巨大船の上に降り立った震動が伝わってくる。
「これは……きた、きた、きたーっ!」
その瞬間、いきなりラビが騒ぎ出した。
「きましたよ、きちゃいましたよ。ノアと下の巨大船が繋がりましたよ。ああ、私の中に情報が流れ込んでくる!」
ケースの中で暴れまわるラビの姿はどこか基地外じみていて見るに堪えないものだったが、目論見通りに船と船が繋がったのは朗報だった。
「それでラビ、この船はどうなの?」
「凄いですよ。本格的な起動にはエネルギーが艦全体に行きわたらないといけないので時間がかかりますが、船首には巨大な粒子砲。翼にも複数の大型ビーム砲がついています。おお、格納庫には複数の機甲兵が残っているようですね」
「本当か! それでどんな機体なんだ!」
機甲兵という単語を聞くや否や、大禅師は大はしゃぎでラビに尋ねた。
「機体の種別まではこちらからは分かりませんね。ドアのロックを解除しますから、皆さんで見てきたらどうですか? エレベーターも連結したので、もう格納庫には行けますよ」
「よっしゃ、皆行こうぜ!」
大禅師はまるで子供みたいにそう言った。
「そうね、行って来ればいいんじゃない? 私は機甲兵の操縦はできないし、興味ないけど、貴方たちは機甲兵に乗って戦うことになるかもしれないんだから」
この場を放っておいて格納庫に行っていいものかと悩んでいた俺と凛の背中を押すように麗華が言った。
「そうだな。そうするか」
「そうと決まれば善は急げだ。ほら、早く行くぞ!」
「ああ、待ってよ、二人とも!」
「私も行くー」
そうして俺たち四人は格納庫へと向かった。
そして、俺たちが去ったあとの艦橋。
「そういえば養老さんはソ連にいた頃は何をされていたのですか?」
そういえば養老が何をしていたのかは聞いていなかったことに気付き、麗華は尋ねた。
「ワシか。ワシはそう、宇宙船の艦長をやっていた」
「艦長! でしたらこの船でも是非艦長を務めてください。これだけ大きな艦ですから、上から指示を出す人がいないと立ち行きませんわ」
しかし、養老は首を横に振った。
「ワシはもう艦長は引退したんじゃ……それに、ワシよりも艦長にふさわしい者がいる」
「そうですか……それでその方というのは」
「君じゃよ……麗華さん」
「え、ええっ! でも私は戦闘経験なんて全然ないし、いきなりそんなこと無理ですよ」
麗華は自分が指名されたことに驚いた。自分は千歳のように皇族としての力は持っていないし、他の三人のように軍人として多少の訓練を受けていた訳でもない。そんな自分に艦長という職が務まるとは思えなかった。
「いいや、君なら出来る。艦長というのは何よりも人望というものが大切じゃ。君は他の四人からも信頼されているようだし、判断力も中々じゃ。ワシらの仲間だって、皇族の方に指揮をされれば志気も上がるじゃろう。シキだけにな。なはははは」
「……分かりました。やってみます」
最後のギャグはつまらなかったが、どの道、他に出来ることは自分にはないのだ。自分の力を信頼してくれるならやってみたいと麗華は思った。
「はは、これでワシの仕事も楽になったな」
しかし、麗華の決心を聞いた養老は笑いながらそんなことを言っている。
「……艦長職を務めていたという養老さんには副艦長として私のサポートをしてもらいます。ビシバシ使わせていただきますので覚悟しておいてください」
そう麗華は口元をにやりとさせながら言った。養老はそれを聞いて一瞬あっけにとられたようだったが、すぐに笑いながらこう言った。
「ははは、やっぱり君は艦長に向いているよ」
場所は格納庫。そこにはずらりと機甲兵が並んでいた。
「見たことがない型だが、一目で分かるぜ。この機体はかなり良い物だってな」
並んでいるのはどれも同じ機体だ。全部で十六機ある。用途ははっきりと分からないが、射撃のサポートをしてくれるのだろうか? 目の部分に色のついたバイザーが付いているのが特徴的だ。肩には俺を窮地においやってくれた敵機、ブラック・クロウに付いていたのと同じような大型のビーム砲が取り付けられている。逆の腕はブシドーに似ていて、盾と大型の刀が装備されている。その肘には小型のビーム砲まで付いている。脚に付いているのはミサイルポッドだろうか。その肩には何か文字が刻まれている。サバイバー。それがこの機体の名前なのだろう。
しかし、驚くのはまだ早かった。
「ねえねえ、あっちにも何かあるみたいだよ」
千歳が指差す先には、またあの公家の紋章が刻まれた扉がついていた。その大きさは扉というよりも壁といった方が正しいかもしれない。千歳が触ると大きく左右に二つに分かれる。
その壁の先には更に三機の機甲兵があった。並んでいる十六機の機甲兵とは全く違う型をしている。
「これは機甲兵なのか? 推進機もついていないし、動くのか?」
その機甲兵は妙なことに推進機などの加速装置がまったく付いていなかった。どの三機も全く違う見た目をしている。そして、そのどれもがかなり特殊な機体のようだった。
「天照、月詠、そして須佐之王。それがこの機体の名前みたいね」
サバイバーと違い、機体そのものには名前は刻まれていないが、その代わりに機体の足元に何か長々と文字が書かれていた。
アマテラス……それは全てを防ぐ鉄壁の守り。その胸の鏡は悪意ある光をそのまま敵へと跳ね返す。黒いカーテンは全てを防ぎ、五筋の光は敵を貫き、そして刺す。
ツクヨミ……それは全てを撃ち抜く閃光の光。その腰の勾玉は意識によって制御され一閃の光によって敵を穿つ。全身に仕込まれた弾薬と光線の嵐の前には敵は近付くことさえままならない。
スサノオ……それは王にのみ操ることが許された神の剣。その刀は強大な光の刃で星をも断つ。王が有する八個六種の剣の前には、どのような守りも意味をなさない。
床に書かれている文字は機体の名前だけではなく、その性質も説明しているらしい。この説明と見た目を合わせて考えると、アマテラスは防御、ツクヨミは遠距離、スサノオは近接能力に優れているようだ。
「ちゃんと動くか試しに起動してみようぜ。俺はこのスサノオって機体だ。見るからに接近戦特化で俺好みの機体だ!」
そう言うと、大禅師は俺たちの要望など聞く気もないようでスサノオに駆け寄っていく。
「じゃあ私はツクヨミ……かな? 私はどちらかといえば射撃の方が得意だし」
「となると俺はアマテラスか。他の二機ほど武装も多くないようだし、使いやすそうと思えば悪くないかもしれないな」
床の説明によると、スサノオには八本もの剣が装備されているようだし、ツクヨミに関しては、両肩のビーム砲、肩にセットされている大型のライフルにバズーカ。足のミサイルポッドに、腰にも何やら奇妙な装備がついている。目に見えている分だけでも数えるのが嫌になるほどだ。それと比べると、アマテラスの武装は、正面から見ると五光がさしているようにも見える五本の槍のような武器だけだ。床の説明によれば、貫いたり刺したりできる武器らしい。気になることがあるとすれば、貫くと刺すの違いが今一つ分からない事か。
そんな心底どうでもいいことを考えながら、アマテラスに乗り込もうとした時、先ほど意気揚々とスサノオに乗り込んでいった大禅師が、その口からぶつぶつと不満を垂れ流しながら降りてきた。
「ああ、もうっ! 動かないぞ、これ!」
そう叫びながら、大禅師は髪の毛を掻きむしる。
動かない……どういうことだ。艦を起動させるのに、ノアの船を必要としたことからも、これはかつての日本帝国が俺たちのために残してくれたもののはずなのに。俺は真相を確かめるべく、コックピットに入った。そして、その内部を見て驚いた。
コックピットには当然あるべき操縦桿がないのである。カメラの映像を映し出すモニターなどもなく、俺の知っている機甲兵のコックピットとはまるで違うものだった。
「これはなんだ?」
座席の前方にある見たこともない装置。その装置の表面には人の手らしきものが描かれていた。そして、そこには丁度手を差しこめるほどの大きさの隙間があった。
「ここに手を入れればいいのか……?」
試しにそこに手を突っ込んでみる。すると、無機質的だったコックピットの内壁が光り、まるで透けているかのように辺りの空間を映し出す。その全周囲の風景を映し出すコックピットは、カメラが見た目線の映像を映し出すものとは違い、まるでそこに浮いているような感覚を俺に与える。ここは室内なのでたいしたことはないが、もしここが宇宙空間だとしたら、その感覚は言葉では表現できないようなものだろう。
しかし、どれほどの透明感があっても操縦桿がないのでは動かしようがない。それが常識のはずだ。だが俺は手を装置の隙間に差しこんだ瞬間に、そんなことは問題ではないのだと理解することが出来た。機械を通して、この機甲兵のことが頭の中に直接流れ込んでくるのだ。
俺はその感覚を試すべく、頭の中で腕を上にあげるイメージを作り出す。すると、アマテラスの腕も俺のイメージした通りの軌跡を描いて動いた。この機体はその動きをイメージすることで動かすことができるのだ。
それだけ聞くと簡単そうだが、実際の機甲兵を動かしたことがなければ機甲兵の動きという者はイメージしようがない。手足の動きは人間とさほど変わらないが、空を翔けたり、宇宙空間を飛び回るのは日常のイメージからは想像できるものではない。そう考えると熟練したパイロットのためのシステムなのだろう。しかし、俺はこの機体を満足に動かす自信があった。空間における動きのイメージ。それは俺が人から隠れる為に身に付けた技術の集大成に他ならないからだ。この全周囲モニターならモニター越しでは感じられなかった気配をも感じ取る自信もある。
しかし、疑問は残る。何故、大禅師はこれを動かすことができなかったのか。彼ほどのパイロットなら機体が動くのをイメージすることぐらい容易いだろう。あれだけいらついていたのだ。色々と試してみたが動かなかったのだろう。となると、この装置に手を差しこむことで起動することに気付かなかった訳ではあるまい。
凛はどうだろうと思い横を見ると、まさにちょうど動くかどうか試していたらしく、俺と同じように腕を上にあげたりしている。どうやら、凛もちゃんと機体を動かすことができたらしい。謎は一層深まるばかりだ。
俺はアマテラスから降りて大禅師に声をかける。
「動かないってどういうことだい?」
「俺に分かるか。機体が俺を拒否しているとは思いたくはないが……そっちの機体が俺に動かせるか試してみてもいいかい?」
「ああ、勿論だ」
俺が頷くと大禅師はアマテラスへと乗り込む。
アマテラスは問題なく動いた。それが確認できると大禅師はすぐに降りてくる。
「どうやら動かないのはスサノオという機体に問題があるらしい」
「そうだな……これほどの機体だ。その一機があるかないかが戦力に響いてくる。となると何が問題になっているかだが」
「もしかすると、あれに関係しているんじゃない」
ツクヨミから降りてきていた凛がスサノオの胸を指差す。千歳しか開けられなかった皇家の紋章が、そこには刻まれていた。他の両機は肩に日の丸が描かれているが、皇家の紋章は刻まれていない。
「というと、あれは皇族……千歳にしか動かせないというのか。だけど千歳は機甲兵を動かした経験なんてない。戦うことなんてとても出来ない」
「戦う、戦わないはとにかくとして、千歳になら動かせるのかどうかは試しておくべきだ。いざという時のためにもな」
俺としては試すことすらしたくなかったが、大禅師の言うことにも一理あった。いざという時……例えばこの艦が堕ちそうになった際などの脱出ぐらいには利用できるだろう。機甲兵の操縦経験のない千歳にでも前に進むイメージぐらいならできるはずだ。
「……千歳、試しに乗ってみてくれるか?」
「うん、分かった」
一人で乗せるのも心配なので、俺は千歳と共にスサノオに乗り込んだ。
「さあ、ここに手を入れてみて」
俺に促されて千歳は装置に手を差し込む。すると、スサノオは起動し、コックピット内の全周囲モニターが周囲の風景を映し出す。
「やはり、千歳にしか動かせないみたいだな。だからといって千歳に戦わせることなんてできないし、この機体を実践に投入するのは諦めるしか……」
「そんなことはないよ」
千歳はそう言って俺の手を掴むと、自身の手と重ねて機体の操作装置に手を差しこんだ。急に手を掴まれた俺は驚いてびくっとなる。すると、スサノオも俺の驚きに感応するように、その体を震わせた。まさかと思い、おそるおそる腕を上げる動きをイメージすると、スサノオもイメージで描いた通りに腕を上にあげる。
「やっぱり、私の思った通りだ。これなら戦えるでしょう」
「でも、これで戦うには千歳が俺と一緒にいないといけない。千歳をそんな危険な目に合わせる訳には……」
「危険なのはこの艦の中にいても同じでしょう。だったら私は護と一緒にいたい。他の人じゃダメだけど、護なら絶対に私のことを守ってくれると思うから」
「千歳……」
俺は迷っていた。俺は出発の際に敵機のパイロットにやられかけている。本当に俺に千歳のことを守ることができるのか。
「おうい、二人とも降りてこないのかー」
大禅師の声が外から聞こえてきた。
「とりあえず降りようか」
「うん、そうだね」
俺は答えを決められないまま、機体から降りた。大禅師は千歳にしか動かせないという事実を見て、ちょっと残念そうな表情を浮かべる。
「やっぱり千歳じゃないと動かせないみたいだな。これに乗るのは諦めるよ。あっちに並んでいたサバイバーって機体も十分すごい機体だしな」
「ううん、宗はサバイバーじゃなくてアマテラスに乗って。これには私と護が乗るから」
「千歳皇女と護が? どういうことだ?」
大禅師は不思議そうな顔をして尋ねる。
「護と一緒、二人でなら動かせるから」
「二人でならって……つまり千歳皇女が戦場に出るってことだろう。そんな危ないこと、させられる訳がない。護はどう思っているんだ」
「お、俺は……」
俺は口籠ってしまう。千歳を守りぬく自身があれば迷う理由なんかないのに。自分自身のパイロットとしての技量が未熟なのが、ただ悔しかった。そんな俺の様子を見ていた凛が言った。
「護、千歳皇女がこう言っているんだし、乗ればいいじゃない。私が護の部屋に行ったときに聞いた話……あの話から、護が千歳皇女のことを誰よりも大事に思っていることは私も分かっている。だから、守るなら絶対に千歳皇女を守り抜くことができると思う。だから、護も自分の思うままにやってみればいいじゃない。そうやって護は私や大禅師君のことも守ってくれたんじゃない!」
「思うままに……」
理屈よりも、自分の心のままに……か。たしかに、そういう考えが、訓練所で敵機から凛や大禅師を守ることに繋がったのは確かだ。
「護なら大丈夫だよ」
千歳もそう言ってくれている。自分を信じてみてもいいかもしれない。
「分かった。千歳、一緒に戦おう」
「そう言ってくれると思ってた。よろしくね、護」
千歳はにこりと笑ってそう言った。
「やれやれ、千歳皇女自身がそう言うなら仕方がないな。だけど護、千歳皇女に怪我させたりしたら承知しないぞ。皇族を守るのも、俺が目指していた防衛軍の仕事なんだからな」
大禅師はそう言うと、俺の背中をばんばん叩いてくる。本気で痛かったが、今はその痛みすら俺のことを応援してくれているような気分にしてくれた。
「ああ、絶対に守り抜いて見せるさ」
俺は拳を強く握り締めながら、そう固く誓った。
機体の確認を終えた俺たちは艦橋に戻ってきた。
「丁度良かった。今、まさにエネルギーが艦全体に行き渡ったところよ」
こちらを向いてそう言った麗華は艦長席に腰かけている。
「麗華、なんでお前が艦長席に座っているんだ?」
「養老さんの推薦でね。ゴメンね、千歳。席を奪っちゃって」
大禅師が問い、麗華が答えた。
「それなら問題ないよ。私は護と一緒にスサノオに乗るから」
「スサノオ……? 護、説明してもらえるかしら?」
「ああ、勿論だ」
俺は麗華に格納庫にあった機体、スサノオについて説明した。千歳が乗らなければ動かすことができないこと。千歳と一緒なら俺にでも動かすことができること。そして、絶対に千歳を傷つけたりはしないと誓ったことを。
「千歳も了承しているみたいだし、貴方がそう決めたのなら反対はしないわ。私たちが白馬を倒した後の世界で求められているのは千歳よ。皇族としてのたち振る舞いが出来ていないような人、私は皇帝として認めたくはないけどね」
てっきり猛反対されるものとばかり思っていたので意外だった。だが、俺のことを信じてくれるというのなら、その期待を裏切る訳にはいかない。
「分かっているさ」
「そう、それならいいわ」
それから麗華は、こほんと咳払いをすると、続けて言った。
「では、艦を起動させます。戦う為に新たな姿となったノアの船……バトルノア、起動!」
「バトルノア、起動します」
麗華の言葉をラビが復唱する。
バトルノアの巨大の動力エンジンが起動する音が艦橋にまで響いてくる。モニターには次々と起動していく武装のデータが表示されていく。
――船首、大型粒子砲起動。――翼部、副ビーム砲起動。――各部、誘導ミサイル起動。
「……その他全機関、問題なく稼働いたしました。いつでも発信できます」
ラビが起動が完了したことを告げる。
「……ではこれより外で待機してもらっている人達に告げます」
麗華はスピーカーを使って艦の外に待機している人々に向けて話しかける。
「この船に乗れば最低でも二年はここに戻ってくることはできないうえに、旅先での安全は保障できません。クーデターを起こした白馬皇子は前々から外来する敵に備え軍備拡張を行うことを主張していた人物です。目的地に着いた時には、私たちその場を後にしてから二年の時が経過していることになります。この艦には苛烈な攻撃が加えられることも十分予想されます。その覚悟があるものだけ、この艦に搭乗してください」
後戻りはできないという麗華からの警告。ここで逃げても誰もその人を責めないだろう。しかし、この星に住む人々は全員がそれを歓声で答えた。
「ほほほ、ここまで来て逃げ出すような者はここにはおらんよ。憎きソ連から脱走する勇気を持ち合わせているんじゃ。祖国を取り戻す戦いから逃げるはずがなかろう」
養老が笑いながらそう言った。
「そのようですね。では、全員が乗り込み、それぞれの配置を確認した後でバトルノアを発進させます。それと、向こうにつくまでには丸一日かかります。出来る限りの食料を詰め込んでおくことを忘れないように」
就任して間もないが、麗華は艦長らしい威厳に満ちた声でそう告げた。