地球
そして翌日、事前に決めていた訳ではないが、地球へ到着する時刻が近付くと、自然と全員が艦橋に集まった。
「皆さん、私が言わずともお集まりになったようですね。まもなくワープ空間を出て地球に到着します。私も今現在、地球がどうなっているのかは存じ上げませんので、何があってもいいように心の準備をしておいてくださいね」
そうラビが告げる。ワープ空間を出るまでの時間はもうあと十分を切っていた。
「じゃあ私は操舵の準備をするわね」
「私も通信の準備をしておかないと。もしかすると、地球から何らかの呼びかけがあるかもしれないしね」
凛と麗華がそれぞれお操舵席と通信席に座る。
「じゃあ俺は念の為にブシドーに乗って待機しておくとするか」
そう言うと、大禅師はブシドーがある格納庫に行こうと艦橋を出ようとする。それを見た麗華が大禅師に向かって言った。
「宗、出た先に何があっても絶対に死んだりしたらダメよ」
「分かっているって」
大禅師はそう答えると艦橋を出て行った。
「おやおや、お二人は昨日と比べて随分と仲良くなったようですね。もしかして、昨晩何かあったんですかー?」
それを見ていたラビがコンピュータとは思えない、いやらしい声でそう言った。
「な、何を馬鹿なことを言っているの! 別にちょっとだけ話しただけよ!」
麗華が顔を真っ赤にして否定する。
「恥ずかしがらなくてもいいんですよ。思い切って言っちゃいましょうよ」
「なんでもないったら!」
しかし、ラビはしつこく絡んでくる。あまりにしつこいので、麗華は席を立ちあがるとラビが入っているケースを思いっきり蹴っ飛ばした。これにはラビも驚いたようで、やっと大人しくなる。麗華はぷんぷんと怒りながら席に戻った。
「俺は……どうしようか。ブシドーもメインカメラが壊れていて使い物にならないし」
地球に向けて出発するときに、俺の乗っていたブシドーは敵機の攻撃によって損傷してしまっている。あの状態で出撃したとしても、大禅師の足を引っ張るだけだろう。
「護、私の隣の席が空いているよー」
千歳が手を振りながらそう言った。千歳の隣の席というのは副艦長席だ。その役割は艦長の補佐をすることであるが、肝心の艦長が千歳であり、なんの仕事もしていないので、その補佐をする副館長の仕事もないようなものである。
「まあ、いいんじゃない? 今はやって貰うこともないし」
そう凛も言うので、俺はしぶしぶ副艦長に腰かける。会社で仕事を与えられない窓際族と呼ばれる人たちの気持ちが少しだけ分かったような気がした。
「では、これより一分後にワープ空間を出ます。各員、気を引き締めてください」
凛がまもなくワープ空間を出ることを皆に告げる。宇宙空間に出た先には何があるのか分からない。その手にはしっかりと操縦桿が握られている。
「こちら、麗華。宗、聞いたわね。準備は出来ている?」
「ばっちりだ。いつでも出撃できる」
相変わらず足をぶらぶらさせて遊んでいる千歳を除いた全員が、息を飲んでワープ空間を出る瞬間を待つ。
「三、二、一……ワープアウト!」
凛の言葉と同時に、船は無数の光の線のみが存在するワープ空間を出る。そこは俺たちとは別の銀河である太陽系。無数の星が輝く宇宙空間。そして、目の前には人類発祥の地である地球があった。
「これが……地球」
その姿は、俺たちの国がある惑星と同じで、その表面のほとんどは水で覆われているらしく青かった。しかし、大地だと思われる部分は一様にくすんだ色をしており、森や林といった緑色の自然は全く残っていないようだった。
「レーダーには反応なし。麗華、通信の方はどう?」
「特になにも。いえ、僅かにノイズがキャッチできるわ。旧式の音波を使った通信が使われているみたい。でも此方に語りかけてくる感じじゃないわね。地球上で使われている音波が漏れてきているだけみたい」
「ということは……地球にはまだ人がいるのか!」
「そういうことになるわね」
今の俺たちには食料もなければ今後の当てもない。このままでは再び国に戻るところか、明日の生活すら立ち行かなかっただろう。地球に人がいるのはまさに光明であった。
「とにかく降りてみましょう。どこに降りるか提案のある人はいる?」
そう凛が皆に尋ねた。俺は迷うことなく言った。
「かつて日本帝国があった地に降りよう。そこに人が残っているかは分からないが、もしも残っていたら同じ日本人として俺たちに手を貸してくれるかもしれない」
「そういうことならお任せを! 今、私の中の記録に残っている日本の位置と地殻運動による大地の移動による場所の変化を計算しますので。……計算が完了しました。モニターに表示しますね」
モニターに緯度と経度からなる位置データが表示される。
「では、これより目的地に移動するわね」
船はその進路を、かつて日本帝国があった大地に向け、出発した。
元日本帝国首都東京上空、下を見下ろすと、あちらこちらにテントが張られているのが見えた。何人かがこの船を見上げて驚いているようだ。そして、あれは畑だろうか。ところどころではあるが、緑色も見える。
「では、着陸しましょうか」
凛はそう言うと、船を着陸される準備に入ろうとしたが、俺はそれを止めた。
「待ってくれ。遠目に見る分にはとても悪人には見えないが、ここの人たちがどんな人なのか確かめてからの方がいいだろう。降りるだけなら、壊れたブシドーでも大丈夫だろうし、俺がちょっと見てくるよ。大禅師は何があってもいいように上空で待機していてくれ」
俺は急ぎ格納庫に向かい、ブシドーに乗り込むと地上に降下した。地上に降りると、そのままでも乗り降りできるようにブシドーをしっかりと屈ませてから、コックピットから飛び降りる。既にブシドーの周囲は何事かと様子を見に来た人たちで囲まれていた。
「お主、どこから来なすった。あの船、日の丸が描かれているようだが、あんなものが本国に見つかったら極刑じゃぞ」
俺の周りを囲んでいる人の内、もっとも歳をとっているであろう老人がそう尋ねた。
「その言葉は日本語のようですが、貴方がたはソビエトの人間ですか? 僕たちは別の惑星へと移住した日本人の子孫です。ソビエトではないので、船の装飾については何も問題はありません」
それを聞いた瞬間、周囲の人間がざわざわと騒ぎ出した。
「静まれえい!」
老人がそれを一括すると、ざわめきはふっと消え失せた。
「ワシらはソ連の人間じゃ。しかし、心は未だに日本人。故に本国を逃げ出して、こんな荒れた土地に暮らしておる。地球の各地では同じように、故郷を捨てられない者たちがこうして質素に暮らしているのじゃ。これに関してソ連本国は黙認しておる。ソ連では合理性を追求した結果、あらゆる宗教や、民族的な主義、主張を持つことを禁じている。しかし、そのことで反旗を翻されるぐらいなら、例え少しばかりの労働力がなくなっても気にしないということじゃろう。……それで、先ほどの話によると、お主は日本人で、日本という国はまだソ連に支配されずに残っているというのか?」
老人は震えながらそう言った。俺は、その質問にどう答えたものか悩んだ。俺たちの生まれ育ったあの星……あそこも確かに日本である。しかし、今――俺たちがここに来るために要した時間を考えると約一年前――白馬皇子がそこからかやってきたソ連の人間を名乗る者たちと結託し、クーデターを起こした。その後、どうなったのかはここにいる誰にも分からない。
「……まさに、そのことに関して俺たちはここへ来ました。今、船にいる仲間に連絡を取って降下してきて貰います。詳しいことは船の中で致しましょう」
上空で待機していた大禅師と一緒に船の中に戻ると、俺は艦橋に残っていた、凛と千歳、それに麗華に地上で話したことを説明した。故郷日本を愛する人間なら信用して詳しい話をしてもいいだろうと全員の意見が一致したので、下にいる人たちや張られているテント、それに畑を踏みつぶさないように、そこから離れた場所に船を降下させる。
船はその自重で地面に沈み込み、ちょうどドアがタラップなどのサポートなしで地表から出入りできるようになる。格納庫などは地面に埋まってしまっているため、機甲兵は出撃できないが、脱出船という性質を考えると、地上で何者かと交戦することは考慮されていないのだろう。俺が外からは皇族にしか開けないドアを内側から開くと、そこには既に老人を先頭に大勢の人が集まっていた。
「おお、信じられない。あの天皇家の紋章が刻まれたドアが開いたぞ!」
老人は船のドアが開くのを見てそう叫んだ。同じように皇族にしか開けないドアを見たことがあるのだろうか。それについては後で話を聞くことにしよう。
「とにかく、中へどうぞ。申し訳ありませんが、会議室に入れる人数に限りがあるので代表者を何人か決めていただけますか?」
船に集まっている人数はざっと五十名ほどはいた。全員と話をするには、とてもスペースが足りない。代表者はすぐに決まったようで、代表となった老人と他三人を艦内二階にある会議室へと案内する。
「こりゃ驚いた。子供ばかりじゃないか」
会議室へと入った老人は、そこにいた人物を見て驚きの声をあげた。俺、凛、大禅師に千歳の四人は齢十六歳。麗華に至ってはさらに若い。そんな子供たちがたった五人で船を動かしているのだ。驚くのも無理はない。
「ようこそ、ノアへ。其方の大体の事情は先ほど貴方がたをご案内した護から聞きました。それで、今度は私たちの今の立場と今後のことについてお話を聞いて頂けるでしょうか。そして出来ることなら貴方がたの手を是非ともお借りしたい」
麗華が席を立ち、堂々としていて、それで傲慢さは感じられない態度でそう言った。老人たちは見た目とのギャップに若干たじろいだようだったが、すぐに是非とも話をお聞かせ願いたいと言って席についた。
「なんと……そのような所までソ連の手が届き始めているというのか」
俺たちの方の事情を説明し終えると、それまでだまって聞いていた老人は声を漏らした。
「私どもに出来ることがあるなら、謹んで協力いたしましょう。……そういえば自己紹介がまだでしたな。ワシの名前は養老忠。まあ、ここ一体のまとめ役といったところじゃ。ほれ、そこの三人も自己紹介せんかい」
養老に責付かれて、慌てて残りの三人も立ち上がって自己紹介をする。
「山田です」
「田中です」
「鈴木です」
そういえば此方もまだ自己紹介をしていなかった。俺たちも席を立ちあがって自己紹介をする。
「どうも、東城護です」
「大禅師宗だ。まあ、仲良くやろうぜ」
「九条凛です。よろしくお願いします」
「雅麗華と申します。以後、お見知りおきを」
「千歳だよ。よろしくね」
最後に千歳が自己紹介すると、養老たちは不思議なものを見るような目で千歳の事を見た。
「……じっとこっちを見て、私の顔に何かついているの?」
千歳は自分の顔を触りながらそう言った。
「いえ、そういう訳ではありません。ただ、一人だけ名字を名乗らなかったものですから。ちょっと不思議に思いまして」
養老は千歳に勘違いをさせてしまったことを申し訳なく思っているような素振りで言った。
「名乗らなかったんじゃなくて、私には名字がないんだよ!」
千歳は元気よくそう言った。それを聞いた養老は驚いた様子で尋ねる。
「名字がない……ということは、貴方は皇室の人間なのですか!?」
「そうよ、千歳はクーデターによって殺された先代の皇帝の実の娘。しかも、失われつつある皇族としての予知能力も持っているわ。ちなみに、私も皇族の一員だけれども、名字があることからも分かるように、まあ端くれってところね」
この人は何を驚いているのだろうといったような様子で、きょとんとしている千歳の代わりに麗華が答える。
「なんと、貴方も! ああ、なんとうことだろう。皇族の血は途絶えてしまったものとばかり思っていたのに、ちゃんとその血は生き続けていて、しかも直接そのお姿を拝むことができるなんて」
養老はそう叫ぶと、感動のあまり泣き出してしまった。他の三人も同様である。確かに、皇族は国のまとめ役でもあるし、敬われる立場ではあるが、これは流石に大袈裟ではないだろうか。しかし、文句を言っても仕方がないので、落ち着くのを待つことにする。
「……うう、申し訳ありません。取り乱してしまって」
「いえ、御気になさらないでください」
「しかし、これでようやく合点がいきました。皇族の方がいらっしゃったのなら、天皇家の紋章の付いたあの扉を開くことができたのも必然」
「あの、実はこの船に入る際に、その皇家の紋章をご覧になった時の貴方の様子を見た時から気になっていたのですが、同じものをどこかで見たことがあるのですか?」
俺は一人で納得した様子の養老に先ほども感じた疑問をぶつけた。
「ありますとも。あれは、ここから少し離れた崩れた山のところです。何もない山だと思っていたのですが、ある雨の夜、土砂崩れが起きて、それは姿を現したのです。大きな宇宙船でした。その船の扉が、まさにこの船と同じものでした。残念ながら、私どもではその扉を開くことはできませんでしたが、貴方がたにならあの扉を開くことができるでしょう」
それを聞いた麗華は文字通り飛び上がった。
「それは本当なのね! 早く、早くそこに案内してちょうだい!」
「ちょっと麗華、なにをそんなに焦っているんだ?」
ただならぬ麗華の様子を見て大禅師が尋ねる。
「もう、本当に馬鹿ね! かつての皇族たちはその全員が予知能力を持っていた。それも千歳のような不安定なものじゃなくてね。ということは日本帝国の皇族たちが私たちの来訪を予知していたとしてもおかしくはないわ。もしかしたら、私たちが求めている白馬やソビエトの連中と戦う力がそこに残されているかも……」
「おいおい、いくらなんでもそんなに先のことを予知できるのか?」
大禅師は麗華の言うことを信じられないようだった。正直なところ、俺も半信半疑といたところだった。凛もそうだろう。しかし、養老は違ったようだ。
「いいえ、麗華様の仰ることは十分に考えられます。かつての日本帝国はその予知能力によって垣間見た未来の技術を利用して発展したのです。故に、その超科学を欲したソ連や米国に狙われた。それが三国戦争です。その戦争の中で、貴方がたの先祖が宇宙へと脱出していたのならば、日本帝国は自国の敗北すら予知していたのかもしれません。そうなれば、脱出して生き残った人たちのために何かを残していてもおかしくはないでしょう」
「まさに養老さんが言った通りよ。だから早くそこに行きましょう。その扉がこの船と同じものだとすれば、千歳が触れれば開くことが出来るはずよ」
俺たちはそこに国へと舞い戻り、白馬たちと戦う為の力があることを信じ、養老太刀に案内されて崩れた山へと向かう。
そしてたどり着いた場所には確かに巨大な宇宙船らしきものがあった。俺たちが乗ってきたノアの何倍もある。
「扉というのはこれね……千歳皇女、さっそく触れてみてください」
「うん、分かった」
凛に促されて、千歳はその扉に触れた。ノアの時と全く同じように眩い光を放ち、扉は開いた。俺たちは中へと進む。
「あれ? おかしいな?」
ノアの時は中に入った途端に勝手に照明がついたのだが、今回はそうではなかった。
「この船はオートマチック化されていないのかしら。でも、この船の方がノアよりも新しい船っぽいのに……なんか変ね」
俺たちは仕方がなく、軍用の腕時計に内蔵されている小型のライトを使い、薄暗い艦内を進んでいく。しかし、ここも全てのドアはロックされていて開かないし、ラビのようなコンピュータも見つけられなかった。
「これはどういうことだよ。何にもないじゃないか!」
大禅師が苛立ちを抑えきれずに壁を蹴っ飛ばしながら叫ぶ。
「なにか見落としているのかもしれないな。この船を起動させるには、千歳の中に流れる皇族の血以外にも、何か別の鍵があるのかもしれない」
「……そうね。いったん外に出て考えてみましょう」
俺たちはとぼとぼと船の外に出た。しかし、まだ何もないと決まった訳ではない。船全体にかけられた鍵を解除することができれば……そんなことを考えながら歩いていると、頭の上の方から声が聞こえてきた。
「ほら、皆。こっち、こっち!」
千歳の声だった。どこから聞こえてくるのだろうと辺りを見回すと、千歳は船がある崩れた山の上を登っていた。道理で上の方から声が聞こえてくる訳だ。
「ちょっと、千歳皇女。そんなところに登ったら危ないですよー。早く下りてきてください」
凛が千歳に向かって呼びかけるが、言うことを聞く様子はない。
「仕方がない。ちょっと俺が迎えに行ってくるよ」
俺はそう凛に告げると、山を登っていく千歳を追いかける。部屋に閉じこもりっぱなしだった千歳は体力がないかと思えば意外とすばしっこく、追いついた時には既に頂上――山そのものは崩れてしまっているので、ようするに船の上――に着いていた。
「ほら千歳、危ないだろ。早く下りるぞ」
「はーい」
流石の千歳も観念したようで大人しくなった。
「ん? これは……」
俺はここが船の上にしては何かがおかしいことに気がついた。不自然な窪みがあるのだ。それも途轍もなく大きい窪みだ。そう、ちょうどノアが収まってしまうぐらいの。
その不自然な窪みは艦の装甲が凹んでいるという訳ではなく、人工的にわざとつくられているようだった。崩れた山の残骸のせいで、その大部分は隠れてしまっているが、明らかに装甲板とは素材が異なっている。
「千歳、もしかすると千歳の大手柄かもしれないぞ」
俺の思いついたことが正しければ、今後の見透しも立つかもしれない。しかし、千歳本人は何を言われたのか分からずに首を傾げている。
「大手側?」
「すごいことをしたってことだよ」
「そうなの。えへへ」
それでも何のことを言われているかは分かっていないようだったが、褒められたことは素直に嬉しかったようで千歳はにこにことしている。
「おうい、皆。気になるものがあるんだ。ちょっと上まで来てくれ!」
俺は下にいる皆にも聞こえる様に精一杯声を張り上げて叫んだ。
「分かった。ちょっと待っていてー」
どうやらちゃんと届いたようで、下からはっきりと凛の返事が聞こえてきた。きっと凛も俺と同じように声を張り上げたのだろう。
登ってきた皆にこの窪みを見せると、やはり皆これに興味を示した。
「なんなのかしらこれ。随分と大きいけど」
麗華が不思議そうに窪みを凝視する。
「そうだね……護はどう思う」
凛が俺にそう尋ねてきた。その顔は何か気付いたような表情をしている。
「多分、凛が考えていることと同じさ。この窪みは何かをはめ込む為の穴なんだ。そして、その何かというのは……」
「私たちが乗ってきた船、ノアね」
俺と凛は目を合わせて頷く。
「おいおい、この船とノアがくっつくというのか」
「そうね、にわかには信じがたいけど、試してみる価値はありそうね」
「その為にはまずこの土砂崩れの跡を片づけないといけないな。一旦、ノアに戻ってブシドーを使って作業をしよう」
「おいおい、ってことは俺がやらなくちゃいけないのか」
大禅師が落胆したような声で言う。
「宗は頭を使うよりも体を使う方がむいているわよ」
麗華は冷ややかな声でそう言った。大禅師はそれを聞いて笑っている。頭の事を貶されたことは全く耳に入らず、身体能力を褒められたことだけを認知しているらしい。実際は、少なくとも士官学校の試験においては筆記の成績も良い方だったのだが……どちらにせよ本当に幸せな奴だ。
俺たちは山を降りると、下で待っていた養老たちに土砂を取り除く作業を行うことを説明した。
「そうですか、分かりました。土砂を取り除く作業は私どもで行うので、貴方がたはお休みになられてください。ご自分たちでは気付かれてないようですが、先ほどから随分と疲れた顔をしていますよ」
「しかし、あれを取り除くには機甲兵を使った方が断然効率がいいですよ」
養老の申し出はありがたかったが、あの土砂を人の力でどかそうと思ったら結構な時間がかかることだろう。再び、故郷に戻るには移動だけで一年を要するので、あまり急いでも仕方がないのだが、それでものんびりとする気分にはなれなかった。
「そういう心配なら無用です。ワシらも機甲兵は所有していますからな」
養老は胸をどんと叩いて自信たっぷりにそう言った。
「本当に機甲兵を持っていたなんてな。それも複数機。しかし、あれは……」
「まあ、ブシドー一機だけで作業するよりは余程スムーズだ。あれがあったおかげで俺たちはこうしてゆっくりと飯を食える訳だしな」
蒸かしたジャガイモを潰した物に塩を振りかけたものをもぐもぐと噛みしめながら大禅師は言った。
今、俺たちは養老の仲間たちが機甲兵を使った土砂を片づけているのを遠目に眺めながら食事をとっている。
「すみません、何しろ土壌が悪いもので。ここで作れる作物は味が今一つなんですが、我慢してくだされ」
養老はそう言っていたが、故郷を発ってから水しか口にしていなかったので、今まで食べた何よりもおいしく感じる。
作業を行っているのは、ここの人たちがソビエトを抜け出してくる際に持ち出してきた機甲兵だ。名をプロト・アーマーというらしい。ソ連は、脱走にはある程度は寛大でも資源の持ち出しには厳しいらしいが、プロト・アーマーのような骨董品同然のボロ機体だったら取り戻す手間が勿体ないということで見逃してくれるらしい。実際、あのプロト・アーマーという機甲兵は動きものろいし、とても実戦で使えるようなものじゃないだろう。戦闘以外の要素においても、作業用ポットの方が幾らかマシそうなレベルだ。
「でも彼らに協力してもらうのは、なんだか申し訳ないような気もするわね」
初めて会った俺たちの為に一生懸命になってくれている彼らを見て凛がそう呟いた。さらに凛は続けて言う。
「あの巨大な船がノアとくっついたら、流石に私たちだけで動かすのは不可能。だから、そうなったら彼らにも一緒に来てもらわないといけない。小さな集落とはいえ、こんな荒れた土地に畑をつくったりするのは生半可な苦労ではできなかったでしょうに、私たちと一緒に来ることになれば、最低二年はこの地を離れなければいけない。そうなったら、この土地だってまたダメになってしまうかもしれない」
確かに凛の言う通りだった。俺たちに協力するということはつまりそういうことなのだ。今まで培ったものを投げ出す覚悟がなければ出来ることではないのである。
「なに、気にすることはないよ。ここにいる者たちは誰もが愛国心を持っている。そうでなければ、こんな所に住みついたりはしない。滅んでしまったと思っていた日本がまだ存続しているかもしれない。それは彼らにとって最高の希望なんじゃ。勿論、ワシにとってもな」
横で凛の話を聞いていた養老が言った。
「まあ、今日はゆっくり休みなさい。明日には土砂の撤去作業も終わっていることだろう。疲れをためてしまっては、いざという時に何も出来なくなってしまうからな」
そう言うと養老は笑いながらどこかに歩いて行ってしまった。
「……養老さんのいう通りかもね。明日に備えて今日は休ませて貰いましょう」
辺りはもう暗くなっている。俺たちは宛がわれたテントで眠ることにした。