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休息

 もうだいぶ時間が経った。腕時計を見ると、既に深夜二時を回っていた。すでにベッドに横になっていたものの、中々寝付けないでいると、こんこん、こんこんという音が聞こえてきた。

 ノックの音である。ドアが軽く叩かれ、誰かがこの部屋に来たことを知らせている。俺はベッドから起きてドアを開けた。

「東城君、こんな時間にゴメン。なんか全然寝付けなくって。もしかして起こしちゃったかな?」

 部屋を訪ねてきたのは凛だった。

「いや、俺も眠れなくてさ。まあ入れよ」

「こんな深夜に可愛い女の子が訪ねてきたっていうのにいつも通り。全然、私の事を女として意識してないのね」

「ん? 何か言ったか?」

「ううん、なんにも」

 凛は期待外れといった感じの様子だったが、その表情は逆に予想通りだと考えているようだった。本当に、俺には凛は何を考えているのか分からない。

「そういえばさ、俺が敵の機甲兵にやられそうになった時にさ、俺のこと護って呼んだよな」

 何を話せばいいのか分からなかったし、なんとなく気になったので尋ねてみる。しかし、凛は自分がそう言ったことに気付いてなかったようで驚いた四だった。

「え、嘘!」

「こんなことで嘘ついてどうするんだよ」

「……それもそうだね。なんでだろう? 咄嗟に叫んじゃったからかな」

「ってことは護の方が凛にとって呼びやすいってことか。俺も凛の事を名前で呼んでいる訳だし、凛も俺のことを護って呼んでもいいんだぜ」

「……そうね。そうしようかな」

 九条は顔を真っ赤にしてそう言った。といっても恥ずかしいというよりは、どこか嬉しそうな表情をしている。

「そういや、千歳はどうしたんだ?」

 凛と同じ部屋にいるはずの千歳が一緒でないので、気がかりに思い尋ねる。

「信じられないぐらい、ぐっすりと寝ているわ。すごいわよね、自分の兄が血縁者を皆殺しにしたというのに、全然気にする様子もない。私なんて、両親が無事かどうか考えただけで胸が張り裂けそうになるのに……」

「両親……か」

「あ、ごめんなさい。護の気持ちも考えないで……」

「いや、気にしないでくれ。確かに、俺の両親は既になくなっているけど、もう昔のことだからさ。孤児院でお世話になった先生たちには感謝しているけど、血の繋がった家族とはやっぱり違うからな。それでも千歳とその家族の関係よりはずっとマシだろうけど。だから俺も凛の両親の無事を一緒に祈るよ。だからきっと大丈夫さ」

 俺の両親は、俺がまだ小さい頃に事故で死んだ。写真などがあるので顔は環ずれないでいられるが、もう声や肌の温もりは思い出せない。両親が死んだ後。他に親戚もいなかったので、俺は孤児院に入れられ、義務教育が終了するまでそこで暮らしていた。

「ありがとう。でも、千歳皇女よりはマシって? 確かにこんなことになっちゃったけど、千歳皇女にはちゃんと家族はいるじゃない」

「……ちょっと昔話でもしようか。……俺と千歳が昨日の今日出会った訳じゃないのは気付いているだろう? 孤児院に入れられてからしばらくは全然馴染めなくってさ。よく、こっそりと施設を抜け出していたんだ。その行き先が皇居にある千歳のところさ。

 皇居内は基本的に立ち入り禁止だろう。だから、そこに侵入したのが誰かに見つかれば、当然怒られる。あの時はそうすれば両親が迎えに来てくれるって思っていたのさ。だけど、いざ中に入ると見つかって怒られるのが怖くなってさ。はやく帰ろうと思ったけど、あの広くて気が生い茂っている皇居の敷地内だ。反対にどんどん奥へと進んでいって、そこで出会ったのが千歳だ。屈託のない笑みを浮かべて俺に言うんだ。ずっと一人で淋しいの、一緒に遊びましょうって。俺も親が死んでからは孤独を感じていたから、それからは孤児院の先生たちの目を盗んでは毎日のように遊びに行ったよ。彼女はあの時から今まで、ずっと部屋に閉じ込められて、一人で過ごしてきたんだ。家族の愛もなにも感じずにね。だから、小さい頃は親に愛されて育った俺は千歳よりもずっと幸せなのさ」

 俺のくだらなくて長いだけの話を、凛はだまって聞いてくれた。頭の良い凛のことだ。全部をありのまま話さなくても、千歳がどういう生活を送っていたのかは分かったのだろう。

 皇帝武蔵は千歳の持つ予知能力を失わない為に危険のない部屋に閉じ込めた。皇族同士の集まりで、誰かと顔を合わす機会はあっても、本家の娘である千歳に話しかけることなんて恐れ多くて出来なかったことだろう。礼儀を重んじるであろう集まりでは、千歳の方から誰かに話しかけることも禁じられていたに違いない。だから千歳は人と触れ合う機会がなかった。昔、俺と一緒に遊んでいた時と変わらない、あの子供っぽいままの言動や行動はそのせいである。

「……それじゃ、私、千歳皇女に悪いことしちゃったかもしれないね。遊ぼう、遊ぼうって何度も言われたからつい怒っちゃったの。そんな場合じゃないでしょって。後で謝らないと」

「謝るのもいいけど、それよりも全てが終わったら皆で思いっきり遊ぼうぜ。俺と凛、それに大禅師や麗華も一緒にさ。謝るよりも、その方がずっと喜ぶだろうぜ」

「ふふ、それもいいかもね」

 そう言って凛は笑った。しかし、笑っているはずなのに、その表情からは不安の色が消えることはない。

「……私たちが向かっている地球だけど、護は地球がどんな状態だと思う? ソ連が大勢で待ち構えていたりしないかしら?」

「それはないと思う……だけど自然豊かで平和で満ち溢れているとも到底思えない。奴らは、ソビエトが居住可能な惑星を探し求めているといった。もしかすると、地球は既に人が住める惑星じゃなくなっているのかもしれない」

 見透しのつかない不安な今後を想像してしまい、無言で俯く。部屋の中は暗い空気で充満した。

「暗いことを言っちゃったな。でも今は何も分からないんだ。もしかすると、今の話は大間違いで、地球は楽園のような所かもしれないぜ。俺たちを襲ったソビエト連邦は地球で悪いことをしたから追い出された連中で、地球にいるは良い人ばかりなんだ。ようこそ地球へって俺たちのことを歓迎してくれるんだ」

「ふふふ、おとぎ話じゃないんだから。そんなことある訳ないじゃない。……でもありがとう。全ては明日、地球につけば分かること。悪いことばかり考えても仕方がないものね、私も明るいことを考えなくちゃ」

 そう言うと凛はまた笑った。今度の笑みは、先ほどのとは違い、不安の色は一切感じられなかった。

「じゃあ私部屋に戻るね。千歳皇女が起きた時に私がいなかったら、きっと怒りだすもの。なんで私を置いてどこかにいっちゃったのって」

「はは、そうだな。おやすみ、凛。また明日な」

「うん。おやすみ、護」

 そう言うと凛は千歳が眠っている自室へと戻った。ドアがぱたんと閉じられるのを見届けると、俺も眠ることにした。さっきは全然眠れなかったけど、凛と話している内に憂鬱な気分も晴れたし、今度はちゃんと眠れそうだ。


 ――俺と凛が部屋で話していたのと同じ頃、大禅師宗の部屋にも来客者がいた。千歳は眠っているし、護と凛は話しこんでいる最中だ。となると、残るは一人しかいない。

「どうしたんだ、麗華? こんな時間に……」

「色々あったからかしら。なんだか寝付けなくって」

 麗華は話しかけている相手である大禅師に背中を向けながら言った。その不安に満ちた表情を見られるのが嫌だったのかもしれない。

「……不安なのか? これからのことか? それとも国のことか?」

 しかし、表情を見ずとも、大禅師にはその声だけで彼女がなんらかの不安を感じていることを察しとった。

「……バレバレみたいね。私の気持ちが分かるっていうことは、貴方も何か不安に思っているのかしら」

 麗華は自分の本音を隠したままでいることが無理だと悟り、大禅師の方に向き直る。

「そうだな。これからのことは成るようにしかならないだろうから不安ではないが、国に残してきた家族のことは心配だ。俺の家族は皆軍人だからな。戦って死んだかもしれないし、そうでなくても呑気に暮らしていられる状況ではないだろうからな」

 大禅師は淡々とそう述べた。彼は事実を事実として受け入れているのだ。

「貴方はすごいわね。私の両親も一応皇族に名を連ねるものだから、間違いなく白馬によって殺されているでしょうね。私はね……自分が情けなくてしょうがないの。あの時、会場ホールは混乱に包まれていたとはいえ、上手く立ち回れれば両親と一緒に逃げることだってできたはず。それなのに、私は両親を置いて一人で逃げてしまった。きっとお母様とお父様は私の事を恨んでいるに違いないわ」

 麗華はあくまで弱いところを見せないように振る舞おうとしていたが、その声は話していくうちに、だんだんと涙ぐんだ声に変っていった。

「麗華、ご両親はあんたのことを恨んでなんかいないさ。あんたも分かっているようだからハッキリというが、ご両親は間違いなく殺されているだろう。きっと愛する娘である君の無事を祈りながらね。だから、俺たちは絶対に故郷であるあの国に戻るんだ。そしたら、ご両親の墓の前に立って自分の無事を報告するのさ。そうすれば、ご両親の魂も報われる」

 麗華はだまって聞いていたが、やがてその口を開いた。かすれるような小さな声がそこから漏れる。

「……それは、貴方がそうしようと思っているの?」

「ああ、そうだ」

 それに対して、大禅師ははっきりとした声で答える。

「やっぱり貴方は強い人ね。私はそんなすぐに割り切ることなんてできない」

 そう言った麗華は今にも泣きだしそうだった。

「……泣きたいなら今は泣いたっていいさ。そうすりゃ、ご両親にはきっと笑顔で挨拶できる」

「うぅ……うわぁあん」

 そう言うと大禅師は麗華を優しく抱きしめた。麗華はその胸の内で思いっきり泣きじゃくった。


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