脱出
「もう走れないよぉ」
「あとちょっとだから頑張ってくれよ」
「そうですよ、千歳皇女殿下。あともう少しだから頑張ってください」
普段運動なんてしないのだろう。すぐに走ることに疲れてしまった千歳の手を俺と九条で引っ張りながら走り続ける。
「……着いたわ。ここよ」
山のふもとにトンネルのように不自然に掘られている薄暗い通路を進むと、その先には確かに扉があった。山には似合わない人工的な冷たい金属の扉だ。その表面には皇族を表す紋章が刻まれている。紋章の下には麗華が言っていたように、皇族によってのみこの扉は開かれると書かれている。
「麗華ちゃん、ここに手を触れればいいの?」
「ええ、やってみて」
俺、九条、大禅師、麗華の四人が固唾を飲んで見守っている中、千歳はその手を紋章に触れた。その瞬間、紋章が眩しい程の輝きを放つ。
「……どうやら、成功のようね」
紋章が放つ光は段々と暗くなっていき、その光が収まると同時に、自動的に扉が開いた。扉の奥は暗く、周囲の様子は分からない。しかし、ここで踏みとどまっていても仕方がない。恐る恐る扉の先へと進む。
すると、暗かった遺跡内がぱっと明るくなった。天井に取り付けられている照明が自動的に点灯したようだ。
扉を潜った先はまた通路だった。道は左右に分かれている。この先には一体何があるのだろうか。左右を見渡していると、後ろで扉が閉まる音がした。
「開って表示されている。自動ドアだけど、オートロックっていう訳じゃないみたいね。追手が入ってこれないようにロックしておきましょう」
九条は扉に着いている閉と書かれたボタンを押し、再び扉に鍵をかける。これで千歳が中にいる以上、仮にここに誰かが来たとしても中には入れないはずだ。しかし、どうにもおかしなことがある。
「ちょっと待て。オートロックじゃないとしたら一体どうして扉は閉まっていたんだ?」
俺がそう言うと、周囲はしんと静まり返る。
「中に誰か残っているとか?」
「ずっとここは閉鎖されたままなんだろう。残っている訳がないだろう」
「……考えていても答えなんか出ないだろう。ここでじっとしていたってどうしようもないんだ。奥に行けば何かあるかもしれないぜ」
そう言うと、大禅師は一人で先に行ってしまった。
「ちょっと、貴方みたいな人に何か重要な物を壊されたりしたら堪らないわ」
麗華が左方向に歩いて行った大禅師を追いかける。
「貴方達もそんな所に突っ立てないで何かないか探しなさいよ。こちら側は私たちに任せて、貴方達は反対側を頼むわ」
通路の先から麗華の声が聞こえてきた。
「……じゃあ、俺たちも行くか」
「そうね。そうしようか」
「わーい、探検だね! 凛ちゃん、まも君、行こう、行こう!」
「なあ、千歳、そのまも君っていうのは恥ずかしいしやめないか?」
「え? どうして? 昔はそう呼んでいたよ?」
「昔は昔だろ。ほら、俺たちも随分と大きくなったんだし、そういう呼び名はちょっとあれだろ?」
「ふうん。じゃあこれからは護って呼ぶね!」
千歳ははしゃいでいるのか、その場をぴょんぴょんと飛び跳ねる。こういう姿は昔と全然変わっていない。
「あー、ごほん、ごほん。二人とも早く行くわよ」
九条が急かすようにこちらを睨んでいるので、急いで探索を開始する。俺たちは麗華の指示通り、右方向へと進んでいく。進んでいく通路の両側にはところどころ扉がある。千歳に頼んで触って貰ったりもしたが、その扉も開きそうにない。
しばらく進んでいくと、隣から九条が話しかけてきた。
「と、東城君。千歳皇女とは随分と親しいみたいだけど、二人はその……一体どんな関係なの?」
「どんなって……そりゃ千歳とは」
「お友達だよ! 私と護は永遠の友情を誓いあったの!」
俺が答える前に、千歳がにこにこと笑いながらそう言った。
「お友達……ねえ」
九条の目には疑いの色が見え隠れしている。
「いや、疑っているみたいだけど、本当だぞ」
「別に疑ってなんていないわよ。ただ、その……東城君は千歳皇女の事を名前で呼ぶじゃない? なんなら私のことも、その、名前で呼んでもいいのよ!」
九条は顔を真っ赤にしてそう言った。
「いや、千歳には名字なんてものはないし、他に呼び様もないだろう。九条の事は九条の方が呼びやすいし、無理に変える必要もないんじゃ……」
「なによ! 私のことを名前で呼ぶのは嫌だっていうの!」
「別に嫌って訳じゃないけどさ。なんだ、九条は名前で呼ばれる方がいいのか?」
「……」
「おい、九条。聞いているのか?」
「……」
「……凛さん?」
「さんはいらない」
「はあ。分かったよ、凛って呼べばいいんだろ?」
それを聞いた九条は耳まで真っ赤にしている。しかし、その表情はなんだか笑っているようだ。本当によく分からない奴だ。
ずっと歩いて行くと、やがて広がった空間に出た。円形のその空間の中央には巨大な透明なケースが設置されているが、中にはなにもない。
「ねえねえ、二人とも。ここにボタンがあるよ。押してみようか?」
千歳が指を差す先には赤いボタンがあった。その位置からしてこの透明なケースに何か関係しているようにも思える。
「ダメよ、千歳皇女。安易に押したりしたら、何が起きるか分からないんだから」
「えー、つまんないの」
「うーん、しかしどうやらここで行き止まりみたいだし……とりあえず反対側に行った二人に、何か見つけたか聞いてみるか」
俺は携帯端末を取り出して弾禅師を呼び出す。すぐに大禅師は通信に出た。
「お、何か見つけたのかい? こっちは全然ダメだ。どの扉もロックされてて開かない」
「扉に関しては此方も同じだ。ただ最奥に空っぽの大きな透明のケースと、そのすぐ傍に赤いボタンを一つ見つけた」
「そんなものはこっちにはなかったが……で、ボタンは押してみたのか?」
「いや、まだだ。何が起こるか分からないからな。とりあえず、そっちの状態も聞いておこうと思って」
「そういうことか。じゃあ今から麗華もつれてダッシュでそっちに行くから、少しの間待っていてくれ」
「了か」
俺の返事が終わる前に通信が切れた。返事なんてほんの一、二秒だというのに大禅師はせっかちな奴だ。
「それで東城君、むこうはどうだって?」
「何も見つけられなかったみたいだ。二人とも今からこっちに来るって」
「そう。じゃあこのボタンを押すのは二人が来てからだね」
二人はすぐに到着した。本当にダッシュで来たらしい。大禅師はピンピンしているが、麗華の方は息も絶え絶えといった様子だ。
「はあ、はあ。それで……はあ、はあ。ボタンと……はあ、はあ。いうのは……はあ、はあ」
「……随分と呼吸が荒いようだが大丈夫か、麗華?」
「大丈夫だ。ボタンというのはこれだな」
そう言うと、麗華はボタンを押した。
「あー、麗華ちゃんずるい! 私が押したかったのに!」
ボタンの代わりと言わんばかりに、千歳はぽかぽかと麗華のことを殴る。
「見て! ケースの中に何か出てきたわ!」
凛が透明なケースを指差す。そこには宣伝用のマスコットキャラクターのようなものが浮かんでいた。
「これまた随分と久しぶりの来客ですね」
「しゃ、喋った!」
「そりゃ喋りますよ。なんといっても私は日本帝国が誇る最新の人工知能コンピュータなんですから。もっとも、最新というのは私が作られた当時の話ですけどね」
「こりゃ驚いた。コンピュータに知能を持たせるのはとても不可能なことだと思っていたが……」
大禅師が驚くのも無理はない。俺だって驚いている。コンピュータというのは計算は完璧にこなすが、自分で物事を考えるのは苦手。これが一般常識だ。こんなに流暢に会話をするコンピュータなんて見たことがない。それにしても、作られた当時は最新って……それは当り前じゃないか?
「ありゃりゃ……人間が来なくなったから、私はもう用済みになってしまったのかと思っていたのに。技術の進歩はまだそんなものなんですか」
コンピュータだというのに、妙にむかつく奴だ。無駄口ばかり叩いているコンピュータに業を煮やしたのか、麗華が前に出てきてコンピュータに向かって言った。
「……私たちは無駄話をする為にここに来たわけじゃないわ。式典会場で皇族を狙ったものと思われる事件が起きたわ。私たちは彼らから逃げ伸びなければならない。ここにはその為に役に立つようなものはあるのかしら?」
「皇族を狙った事件? ちょっと待ってください。外部から情報を収集しますから。ああ、なるほど。今、犯人が全国に向けて声明を発表しているようですが、お聞きになりますか?」
「なんですって? 聞くに決まっているでしょう。はやくしなさい!」
「待ってください。すぐに準備できますから。よし、では始めますよ」
透明なケースの中にモニターが表示され、おそらくは事件の首謀者であると思われる人物がそこに映し出された。その姿は、この国の人間ならほとんど誰もが知っている顔であった。どうやら放送が始まってからまだ間もないようで、今は前口上を述べているようだ。やがて、モニターに映し出されている犯人は犯行声明を喋り始める。
「国民諸君、皇帝武蔵を始めとした皇族たちは全て我々が始末した。何故、と諸君は思うだろう。これは必然なのだ。彼らは、私が幾度となく忠告したにも関わらず、外界からやってくる脅威に備えようとしなかった。そして、これは皇帝武蔵一人の責任ではない。この国の悠久の歴史の中で、一人でもこの国を守る努力をしただろうか。否、誰一人としてそのような者はいなかった。だからこそ、我々は腐りきった皇族たちに鉄槌を下したのである……」
「話しているのは、白馬皇子……だよな?」
画面に映る男を見て、俺はそう呟く。
「ええ、滅多なことでは表舞台に出てこない人だから写真でしか見たことないけど、多分そうだと思う」
凛も自信はなさそうだが、同じ事を思ったらしい。
「多分じゃないよ! これは白馬お兄様だよ!」
俺たちの会話を聞いた千歳がそう叫んだ。白馬皇子は千歳の実の兄だ。家族の顔を見間違えるとは思えないので、この男は間違いなく白馬皇子ということらしい。
「おいおい、なんで皇子が反乱なんて起こすんだよ。だって相手は家族だぜ? そりゃ、順当にいけば皇位を継ぐのは大和第一皇子だろうけど、だからってここまでするか」
「理由は本人が語ってくれるでしょう。とにかく、今は話を聞きましょう。こんな行為をしでかす気になった、彼なりの理由をね」
麗華の言葉で、再び全員の意識がモニターに集中する。画面の中の白馬皇子は、話し続ける。
「私はいつかはやってくるだろう敵に備えて、不抜けた防衛軍から宇宙軍を分離し、独自の指揮系統を持つ独立宇宙軍を設立した。この独立宇宙軍があったからこそ、皇族という必然の犠牲者が生まれる舞台は最善のものとなった。宇宙軍の力がなければ、この舞台は最悪の形で幕が開かれていたことだろう。これを見ている諸君らの多くも見てくれたと思う。皇族が集まっていた会場ホールに各地の防衛軍基地を一斉に攻撃を加えた機甲兵を。あれこそが外界からの敵、ソ連によって作られた、我々のものよりも高度に発達した機甲兵、レッド・ファイターである。しかし、本来的であるはずの彼らは我々独立宇宙軍の力によって使者へとその姿を変貌させた。紹介しよう、彼はソ連からの使者、アンドレイ・マレンコフ大佐だ」
カメラが横に移動し、アンドレイという名の男を映し出す。その男は、俺たちが訓練所で見た男と同じ、青い瞳をしていた。
「彼らの使う言語は、我々の言うところの古代語だ。これから彼の言うことは私が翻訳して君たちに伝えよう」
そう白馬皇子が言うと、アンドレイは喋り始めた。白馬皇子が言った通り、アンドレイの口から出てくる言葉は聞いたことのないものだった。横でそれを聞いている白馬皇子が、聞きなれた日本語に翻訳して喋る。
「我々はソビエト宇宙連邦に所属している。上からの命令で未開の宙域を探索していた。この星はソビエトが長年探し求めていた、居住可能な惑星だ。本来ならば、すぐにでも本部に連絡し、侵攻を開始するところなのだが、独立宇宙軍によって、我が母艦は撃沈し、本部との通信手段を断たれた。もし、宇宙で戦った相手があの弱小な防衛軍だったなら、我々の母艦は今もなお健在し、本部からの増援によって、この星は瞬時に占領されていたことだろう。つまり……」
アンドレイの言っていることはどうにも引っかかる。彼の話は、白馬皇子にとってあまりに都合の良いことばかりだ。
「なあ、これってもしかして……」
「都合の好い部分は嘘でしょうね。でも、普通の人は古代語なんて分からないから、彼の言うことを信じる人もいるかもしれない」
「でも、どこまでが嘘なのかしら。ソビエトって遷星前の三大国家の一つでしょう? そんな連中がここにいるなんて、にわかには信じられないけど」
「仮にソ連だとしよう。通信手段がないかどうかは置いておいて、本部に連絡していないというのは本当だろうな。そうでなければ、いくらなんでも白馬皇子だって奴らと手を結んだりはしないだろう」
「そもそも白馬皇子はなんでこんなことをしたのかしら。ソ連本部に連絡されることを恐れてのことだとしたら、もしかしたら嫌々やっているのかも」
「おいおい、嫌々だったら別のやり方っていうものがあるだろ」
考えられることが色々ありすぎて結論は出そうにない。
「とにかく、白馬たちが式典を襲ったのは紛れもない事実。皇族たちを始末したというのも、殺したかどうかは分からないけど、少なくとも拘束はしているでしょうね。宗が言う通り、皇族たちを殺す気なんて始めからなくて、アンドレイとかいう男とその仲間を騙すつもりで嫌々やっているとしたら、あんな乱暴な手段は取らないでしょうから。細かい事情はどうであれ、私と千歳は奴らに捕まる訳にはいかない。なんとか逃げる方法を考えないと……」
確かに、皇族である麗華と千歳は捕まればただでは済まないだろう。千歳はその能力を利用する為に殺されたりはしないだろう。しかし、麗華はそうではない。白馬皇子が言ったことが事実で、皇族が既に皆殺しにされていたとしたら、本来なら皇族の端くれであるはずの麗華は、今では数少ない皇族の一人だ。本来、女性は皇位につくことはできないが、白馬皇子が死んで他に皇位を継ぐ者がいなくなれば、例外的に皇位につくことを十分に考えられる。そんな麗華が感じているだろう恐怖は相当のものだろう。
「でもよ、逃げるとして、どこに逃げればいいんだ? この国を白馬が乗っ取っちまったなら逃げ場所なんてないじゃないか。この星には国は一つしかないんだから」
ずっとケース内に浮かんでいる珍妙なマスコットを眺めているだけで、話を聞いている素振りもなかった千歳が、急に手を挙げて叫んだ。
「なら、別の星に逃げればいいんだよ!」
この星には逃げる場所がないなら、別の星に逃げればいい。確かに、それができれば問題ないのだが、あまりに突拍子もない意見だ。
「千歳、いくらなんでもそれは無理だよ。ここ以外に人が住める星なんて……」
「ありますよ」
やけに自信たっぷりな声でそう言ったのはケース内のマスコットだ。
「へえ、そんな星があるなら是非とも教えてもらいたいものだなぁ」
「そんなの決まっているじゃないですか。地球ですよ」
「地球だぁ? お前、馬鹿なことを言っちゃいけないよ。そりゃ、俺たちのご先祖様は大昔に地球からこの星へとやってきた。だけど、その人類発祥の地である地球の場所に関する記録は残ってないんだ。どうやって地球まで行くって言うんだ?」
大禅師が自称最新の人工知能コンピュータであるマスコットに突っかかる。気持ちは分からないでもないが、人間ですらない相手に本気で怒っても仕方がないだろうに。
「どうやって……貴方の方こそ馬鹿なことを仰らないで貰いたいですね。この船こそ、かつて日本国がその技術を結集して作り上げた地球脱出船……その名もノアなのですから。それと、私はお前という名前ではありません。ラビという立派な名前があるのですから、ちゃんとそう呼んでください」
「なんだって? この遺跡が地球脱出船だと?」
聞き間違いではない。確かにラビはそう言った。ラビが起動したことや、照明が勝手に点いたことから考えると、この船は地球を脱出してこの星にたどり着いてからずっと壊れたりせず、生き続けているというのか。
「はい、そうです。冷戦状態にあったソ連とアメリカが、その高い技術を奪おうとそれぞれ日本帝国に攻め込んだ三国戦争。そして、敗北の未来を予知した日本帝国が行った、皇族を遠い彼方の星へと脱出させる国家存続作戦。その為に当時の技術を結集させて作り上げられたのがこの船です」
三国戦争? 国家存続作戦? いきなり話が壮大になってきたので頭の方が追いついてこない。ああ、なんだか頭が痛くなってきた。
「中々興味深い話ではあるけれど、今は過去のことはいいわ。話しぶりから察するに、この遺跡は宇宙船で今でも地球に行く能力を保持しているのね」
麗華がラビに尋ねる。
「そういうことです。それで、地球に向かわれるのですか?」
ラビの問いに、俺たち全員は目を会わせて意志を確認する。地球が今どうなっているのか分からないが、どの道、他にどうしようもないのだ。俺たちの意見が一致するのは必然だった。
「分かりました。では場所を移しましょう。私が起動した時点で、この船の内部ロックは解除されています。エレベーターを使って艦橋に来てください」
そう言うと、ラビはふっとその姿を消してしまった。
「エレベーターか。さっきはロックされて開かなかったが、それらしいものは確かにあったぜ。こっちだ」
それは大禅師と麗華が探索した左方向へと続いていた通路の先にあった。艦橋というからには、おそらく最上階にあるのだろう。三つあるエレベーターの一つに乗り込み、三階から地下一階まであるスイッチの三階を押すとエレベーターが動き出した。すぐに三階に到着し、その扉が開く。
「おや、思ったよりも早かったですね」
先ほどまで俺たちがいた場所にあったものと同じ透明のケースが艦橋の後ろにもあり、ラビもその中に浮かんでいた。
この艦橋には、船によって収集することのできる、ありとあらゆる情報が集められる。中央の画面にはレーダーによって探知された周辺の状況や、船の各部の整備状況などが表示されている。
「すごい……これが遠い昔に作られたなんて信じられない」
凛が簡単の声をあげるのも無理はない。この船の艦橋は、今の技術で作ることのできる宇宙船よりも明らかに優れたものだった。この船は山に埋もれている状況にも関わらず、空を飛んでいる敵の偵察機の動きや、星の周囲を円運動している衛星の動きまでも探知していた。
「それでラビ、地球へ行くにはどうすればいいの?」
「はい。ワープ航法を用いることで、外部時間的には約一年、内部時間的に約一日で地球に到着します。その為には、まず艦首を地球方向に向ける必要があります。ちょうど百八十度反転した方向ですね。その後、宇宙に出てワープ航法に移行する為に必要な速度まで加速しなければなりません。ワープ空間に入ってしまえば、あとは地球まで一直線です」
流石にこの場でワープして一瞬で地球に到着とはいかないらしい。地球までどれほどの距離があるかは分からないが、目的にまで一度にワープできるというのはすごい技術だ。しかし、本質的には現代でも小惑星地帯から資源を運ぶ際などに使われている宇宙航法と同じもののようで、加速と軸合わせは必要らしい。
「意外とやることが多いわね……この船には武装はついているの?」
「脱出船なので戦闘用の武装はついていませんが、護衛用のブシドー二機が地下の格納庫にあります。たぶん動くと思うので、必要ならお使いください」
「多分って……えらい適当だな。仕方がない。俺がちょっと行って調べてくる。護、お前もついてこい。訓練場で敵機を倒したのは護だからな。護衛を務めるなら適任だろう」
「それは構わないが、艦橋での作業は誰がやるんだ?」
「それは私に任せて。レーダーのチェックと船の操縦ぐらいなら、なんとか同時に出来ると思う」
そう言ったのは九条だ。確かに、幅広い知識を持った彼女なら、初めて乗る船の操縦でも上手くこなしてくれることだろう。
「私は軍人としての訓練は受けていないけど、通信師としての仕事ぐらいならできると思うわ」
今度は麗華がそう言った。頭の回転が速く、決断力もある彼女にはぴったりだろう。
「ねえねえ、私は何をすればいいの?」
千歳がそう言った。残念ながら彼女に任せられる仕事があるとは思えない。俺が口籠っていると、麗華が言った。
「千歳はそこの艦長席に座っていなさい。貴方がいなければこの船が動くことはなかったのだから、これは貴方の船みたいなものだものね」
それを聞いて、千歳は喜んで艦長席に座った。座っているだけの簡単な仕事だが、艦橋全体を見渡すことのできる艦長席を千歳は気にいったようだ。
「じゃあ、俺と大禅師は格納庫のブシドーの様子を見てくるよ。動かないんじゃ藩士にならないからな」
「了解。ブシドーの状態が確認出来たら艦内通信で連絡ちょうだい。通信の仕方は……ラビ、どうすればいいのかしら?」
「通信は各所に設置されたコンソールで行うことができます。あそこにあるのがそうですね」
ラビは艦橋の入り口近くにあるコンソールを指差す。
「ボタンを押して、話したい部署の名前を言えば通信が繋がります。これのシステムを動かしているのも、私なんですよ」
ラビは胸を張って誇らしげにそう言った。
「分かった。それじゃ行ってくるよ」
そう言って、俺と大禅師の二人は艦橋を出て、エレベーターで地下の格納庫へと向かった。
格納庫に着いた俺は、目の前にあるブシドーを見て驚いた。
「これは……ブシドーなのか?」
狭い格納庫には二機のブシドーが納められていた。格納庫にはぎりぎりもう一機分ぐらい納められる空間があったが、ここにあるのは二機だけだ。一機は随分と過去に外に持ち出されたのかもしれない。
このブシドーは、見た目は似ているものの、馴染みある普通のブシドーとは細部が異なっていた。まず目につくのは、その胸にこの国のシンボルである日の丸が描かれていることだ。それに、足裏は平坦ではなく鉤爪状になっており、その鉤爪によって床とは直接触れていない部分には、敵機に着いていたようなブースターがついている。反重力システムも小型化されていて、推進機と一体化しているようだ。その他には各所に異なる部分が見受けられた。
「おいおい、進んでいるのは船だけでなく機甲兵もかい」
大禅師も同じように驚いているようだった。
「もしかすると、俺たちの知っているブシドーはこれの模倣品なのかもしれないな。全く同じ物を作るのは技術的に不可能だったから、今のような形になったんだろう」
「成程。ということは差し詰めこいつはオリジナルブシドーってところか。とにかく、起動させてみようじゃないか。性能が良くても壊れてたんじゃくず鉄と一緒さ」
そう言うと大禅師は近くの作業用リフトで、コックピットがある位置まで登ると、さっさとコックピットに入って行った。俺も、もう一機のオリジナルブシドーに乗り込む。
コックピットに入ると、電源を立ち上げて起動させた。自動的に不具合がないか内蔵されたコンピュータによって調べられ、結果がコンソールのモニターに表示される。オールグリーン、不具合は一つもなかった。しかし、驚くのはそこではない。
「これはすごい。出力も内部エネルギーも……何もかもが、ただのブシドーとは段違いだ」
これなら敵機とも互角以上に渡り合える。そう確信して、力強く拳を握りしめる。
機体の通信システムで艦橋と連絡をすると、探知される恐れもあったので、俺は一度機体から降り、格納庫内にあるコンソールで艦橋と連絡を取る。
「格納庫のブシドーは何も問題がない。いや、むしろ良すぎる位だ」
「それを聞いて安心したわ。こちらの発進準備は完了。敵機の攻撃も予測されるから出撃の準備をお願い。それと機体に戻ったら通信システムを連結させておいてね」
コンソールから聞こえてきたのは麗華の声だ。立派に通信師としての仕事をこなしている。俺は了解と答え、再び機体へ乗り込む。すぐに俺の機体と大禅師の機体、そして艦橋とのリアルタイム通信を繋ぐ。
そして発進の時を機体内で待っていると、激しい震動が起こった。
「これより発進するわ。計画はこうよ。まず地上を離れたら反重力システムによって上昇。貴方達は船の護衛の為に出撃して貰うわ。無事に宇宙空間に出たら、二人は船に戻って頂戴。貴方達二人帰艦したら、船を加速させてワープ空間に突入するわ」
山に埋もれた状態の船は、反重力システムによって徐々に上昇していく。船を覆い隠していた山は崩れ落ち、かつて先祖たちをこの星へと誘い、今度はその生まれ故郷へと戻ろうとしている船、ノアはその姿を現した。
「こちら大禅師宗、これより出撃する!」
「東城護。こちらも出撃する」
俺と大禅師の操るオリジナルブシドーがノアの艦艇から出撃する。既に周囲には辺りを飛び回っていた敵の機甲兵が集まっている。敵機は突然出現した船をどうしたものか思いあぐねていたようだったが、ブシドーの姿を見るなり敵と判断して攻撃をしかけてきた。
「やらせるものか!」
俺は肩に備え付けられた盾で、敵機の機甲兵レッド・ファイターが放った船に直撃する軌道を描いていたビームを防ぐ。盾にあたったビームは拡散し消えてなくなる。このオリジナルブシドーの盾には特殊なコーティングがされており、ビーム攻撃を無効化することができるのだ。といっても、防ぐ度にそのコーティングは徐々に剥がれていってしまうので過信は禁物である。
「この野郎、消え失せな!」
そして、大禅師が肩の刀を抜き、ビームを放った敵機を切り裂く。敵機は無残にも爆発して四散する。万物を貫くはずのビームを防がれ、驚異的な機動力で瞬時に仲間を撃墜されたのを見て、周囲の敵は目標を船から俺たちの機体へと変える。
「もっとだ。もっと俺たちの方によってこい!」
置いて行かれない為にしっかりと高度を上げつつ、こちらから攻撃を仕掛けることで敵機の注目を集め、船から引き離していく。
「あれは、ブシドーか」
俺たちを囲むように集まってくる敵機の中にはブシドーの姿もあった。援護しに来てくれたのか、そう思い接近すると、ブシドーは刀を抜き、こちらに向かって振り下ろしてきた。それをぎりぎりのところで回避する。
「くそっ! こいつら、早くもソ連に協力してやがるのか!」
既に彼らは白馬皇子とソ連の連中に屈している。防衛軍の通信コードで呼びかけても何も答えようとしないことから、それは明らかであった。
今度は二機が挟み打ちするような形で襲いかかってきた。俺は目の前の敵機のコックピット部を正確に刀で突いた。目の前の敵機は動きを止めたが、抜け殻となった機体は俺の足を止める壁となる。後ろから来る敵機は刀を前に突き出してこちらに突進してきている。
普通のブシドーならどうしようもない状況だったが、俺が乗っているのはオリジナルブシドーだ。俺は上半身を百八十度回転させ、壊れた敵機を盾にして攻撃を防ぐ。そして刀を抜く。機能を失ったブシドーは落下していき爆発する。もう一機のブシドーもそれに巻き込まれ派手に砕け散った。
「やるな、大禅師」
「お前もな、護。正直驚くぜ。碌に操縦経験もないだろうに、そこまで機甲兵を自在に操れるなんて、驚きだぜ」
大禅師も敵機を次々と撃破している。その実戦能力は流石と言わざるを得ない。軍人の家系である大禅師は、士官学校とは別に親から訓練を受けており、その訓練には機甲兵の操縦も含まれている。その経験は、初めて乗るオリジナルブシドーの操縦にも生かされている。その場その場でがむしゃらに敵機を倒す俺とは違い、流れるように敵を斬るその様は見事としかいいようがない。
だいぶ高度があがってきた。周囲の敵機は大方撃破したし、移動に備えて船の傍へと戻ってきたその時だった。レーダーに、急速に接近してくる機体が映った。そして、通信機からはアンドレイが喋っていたのと似た発音の叫び声が聞こえてくる。どうやら、接近してくる敵機がオープンチャンネルで発信しているようだ。声が高いのでおそらくは女だろう。オリジナルブシドーに組み込まれていたらしい自動翻訳機がご丁寧に音量まで忠実に聞きなれた言語に変換してくれる。
「貴様ら、逃がさんぞ! 我らが同胞を殺した罪、思い知らせてやる!」
「罪もなにも……元はと言えば仕掛けてきたのはお前たちの方じゃないか!」
「それでも、貴様らが同胞を殺したのは変わらん!」
レーダーでは識別できなかったが、この敵機はブシドーともレッド・ファイターとも違う全く別の機体だった。その機体は黒いカラーリングをしており、やけにでかい片方の腕の先端がクロー状になっている。そうでない方の腕は普通だが、その肩にはレッド・ファイターのものよりも大型のビーム砲が装着されている。足の先が鳥の爪のようになっていた。
「死んで貰う!」
黒い敵機はその肩の大型ビーム砲を発射した。これを避けたら船に直撃してしまう。俺は仕方がないので肩の盾でガードする。その強力なビーム砲によって盾を覆う特殊コーティングは瞬時に剥がれおち、盾そのものは溶けてしまった。だが、機体本体は無事である。
「よくもやってくれたな」
俺は胸部にある牽制用のバルカン砲を撃つ。バルカン砲は威力が低く、装甲を貫くことはできないが、装甲に覆われていないむき出しの大型ビーム砲を破壊するには十分だった。
「くそう、しかし私は他の有象無象の連中とは違うのだ。私は正規の軍人だ。その誇りの為にも、私と私のブラック・クロウがこんな相手に負けるものか!」
大型ビーム砲を失った敵機は、熱を持っているのか赤く光る剣をその手に握りしめて、こちらに突っ込んでくる。俺はその手を足で蹴っ飛ばした。剣によって足の装甲が切り裂かれたが、蹴りの衝撃で敵機の手から剣が抜け落ちる。
しかし、俺のその行動は失敗だった。
敵機の大型クローが俺の足を掴んだのだ。敵機はそのまま体をくねらせると、今度は鳥のような爪で俺の肩を掴む。そして敵機が体を起き上がらせると、丁度後ろを向いた状態で俺の上に乗っかっているような形になった。
「ははは、捕まえたぞ」
敵のパイロットはそう言うと、その大型のクローでブシドーの頭部を締め付ける。まるで万力のようだ。締め付けられる頭部は激しく軋み、メインカメラが壊れて、コックピット内の視界表示が大きく乱れる。
「――護! 死んじゃ嫌! 逃げてぇえっ!」
いきなり、通信機から凛の叫び声が聞こえてきた。いつもは俺の事を東城君と呼んでいるので一瞬誰だか分からなかったが、あの声は間違いなく九条のものだ。
「ちょっと、凛。落ち着きなさいよ!」
今度は麗華の声が聞こえてくる。ああ、なるほど。この状況を艦橋から見て思わず麗華から通信機を奪い取ったのか。でもゴメン、俺はもうダメだ。そう思ったその時だ。
「やらせるかよ!」
乱れる視界に足と腕を失った敵機が映る。大禅師だ。大禅師が二本の刀で両足と腕を切り裂き、蹴っ飛ばしたのだ。おそらく、俺の乗るブシドーには肩に敵機の足が、頭部に腕がくっついたままだろう。
「貴様! 二対一など卑怯だぞ!」
「あんなに大勢で襲ってきておいてよく言うぜ」
大禅師の言うことの方が正しい。あれだけの数で襲っておきながら、今更正々堂々もないだろう。
「……次にやる時は負けんぞ」
敵機はしばらくその場にとどまっていたが、やがて離れていったのがレーダーで確認できた。両足と大型クローを失い、残ったのは片手だけ。しかも武器である剣を落としているとなると戦闘能力がないのは明らかだ。撤退せざるを得ないだろう。
地上からの追手はもうこないようだった。敵は防衛軍基地の攻略の為に全戦力を地上に投入していたらしく、宇宙に出ると敵機の反応はなかった。麗華からの通信を受け、俺は大禅師に手を引かれて船へと戻った。
俺たちはブシドーから降りると一目散に艦橋へと向かった。
「状況はどうだ」
俺よりも先に艦橋に入った大禅師が尋ねた。
「順調よ。あと一分もすればワープ空間に入れるわ」
麗華がそれに答える。どうやら地球への旅は今のところ順調のようだった。千歳は艦長席に座って、足をぶらぶらとさせている。凛は俺の方を涙で潤んだ瞳で見ていた。しかし、その涙をごしごしと服の袖でふき取ると、何事もなかったかのように、すぐに前に向き直り艦の操舵を続ける。
「まもなくワープ空間に入るわ。三、二、一……突入!」
ワープ空間に突入したようだ。なにもない暗黒の宇宙空間を映し出していたエ映像ディスプレイに映るのは無数の光の線のみだ。無事にワープ空間に突入したことで凛がほっと息を吐く。
「これで一安心ね。ラビ、地球にはあとどれくらいで着くの?」
「はい、約一日。正確には二四時間と二五分、四六秒です。それまですることもないので皆さんは休憩をとるとよいでしょう。一階にかつての乗組員が使っていた生活用の個室があるのでそれをお使いください」
「よし、やっと休めるぜ! 早速、飯にしようぜ」
伸びをしながら大禅師が言った。
「申し訳ありません。この船には食料を積んでいないのです。たった一日ですから我慢してください。水はありますのでお好きなだけどうぞ」
それを聞いて大禅師がショックのあまりぶっ倒れる。
「もう、こんなところで寝られたら邪魔じゃない」
そう言うと麗華は床に倒れている大禅師を蹴っ飛ばした。大袈裟に叫び声をあげ、大禅師が飛び起きる。
「お前、何しやがる」
「鍛えているのだから、これぐらい大丈夫でしょう」
麗華は怒る大禅師を無視して艦橋を出て行ってしまった。大禅師もそれを追いかけて艦橋を後にする。
「凛……なんでさっき泣いていたんだ?」
先ほどの涙のことが心配で凛に尋ねた。すると凛は膝を抱えて泣き出してしまった。想定していなかった展開に俺は焦る。
「おいおい、どうしたんだ」
しかし、凛は泣いているだけで何も答えない。
「馬鹿ね、護は。私にだって分かるよ。凛が泣いているのは護が無事だったのが嬉しいからに決まっているじゃない」
そう言ったのは艦長席に座って足をぶらぶらさせて遊んでいた千歳だった。
「俺が無事で嬉しいって……どういうことだ?」
「さっき外で護がピンチになったのを見ていた凛ったら凄かったのよ。宗が護を捕まえていた相手を吹っ飛ばした後、無事で良かったって言いながら泣き出すんだもの……」
「ああ、もうっ! それ以上は言わないで!」
先ほどまで泣いていた凛は飛び上がって千歳の口を塞ぐ。塞がれた千歳の口からはもごもごという音しか漏れてこない。恥ずかしいことをばらさないでよ、と千歳に言い聞かせる凛の目にはまだ少し涙がたまっているようにも見えた。
「本当に大丈夫か、凛? あまり無理はしない方がいいぞ」
「大丈夫、大丈夫。ほら、私たちも個室に行って休みましょう。ほらほら、東城君に千歳皇女も早く、早く!」
そう言って凛は俺と千歳の手を引っ張る。
「そんなに引っ張るなよ」
「いいから、いいから!」
俺と千歳は凛に引っ張られながら艦橋を出るとエレベーターに乗り込み、一階にある個室へと向かった。
それから俺が個室に入ろうとすると千歳がついてこようとしたので凛がそれを止める。
「そこは東城君が使う部屋だから駄目よ。千歳皇女は別の部屋を……」
「えー、別々の部屋なの? 私、護と一緒の部屋がいいな。一人はつまらないんだもの」
千歳はそう言って一人で個室を使うのを嫌がった。俺は子供の頃のことを思い出し、千歳は一人でいるのが淋しいのだと分かった。だから、別に同じ部屋でもいいぞというと、凛が急に怒り出した。
「東城君と千歳皇女が同じ部屋なんて、そんなのは認められません!」
「別にいいじゃないか。何が駄目なんだ?」
俺は凛が起こっている理由が分からなかったのでそう言った。
「だ、ダメなものはダメなの! 千歳皇女、一人が嫌なら私と同じ部屋にしましょう。そう、それがいいわ!」
しかし、凛はそう言うと問答無用に千歳を連れて部屋に入ってしまった。
「一体なんなんだ……?」
俺はしばし、その場にぽかんと立ち尽くしていたが、気を取り直すと、俺は自分の部屋で休むことにした。