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 その後、俺たち三人はしばらくしてからやってきた防衛軍に事情聴取の為に長いこと拘束されている。防衛軍の到着が遅れたのは、訓練中に起きた些細な事故だと思ってのんびりしていたかららしい。これは防衛軍の兵士が話していたのを立ち聞きしたことなので事実かどうかは分からないが、もし事実なら、防衛軍はとんだお気楽組織だと思った。事実、この国じゃ戦争なんて一度も起きたことがないので、戦う為の組織である防衛軍は、災害などが起こらない限り、お気楽な組織には違いないのだが。

 しかし、そんなお気楽組織でも、所属不明の機甲兵が出現したこと、その機甲兵によって死人まで出たことを知ると、大慌てで本格的な捜査に乗り出したそうだ。防衛軍とは指揮系統の異なる、白馬皇子が率いる独立宇宙軍などにも問い合わせを行って捜査を行っているらしい。俺たちに対する事情聴取もその一環というわけだ。

「パイロットの特徴だけど、眼の色以外には何も分からないのかな」

 兵士が俺に問う。最初は三人同時に聴取を受けていたが、今は別々の部屋で一人ずつ聴取を行っているので、部屋の中には主に話をする兵と何か紙に記録をしている兵の二人と俺しかいない。

「はい、ヘルメットを被っていたので顔はほとんど見えなかったし、通信などによる会話も一切ありませんでしたので。これは個人的な意見ですが、あの瞳の色はカラーコンタクトなどで出せる色ではなかったように思います」

「青い目……か。そんな眼をした人は見たことがないな。パイロットの死体も元が人間とは分からないぐらい酷い状態だったから眼の色なんて調べようがないしね。あ、悪いね。これは君にはつらい話だったかな」

「いえ、別に構いません」

 口ではそう言ったが、本当はそんな話聞きたくなかった。人を殺した感覚なんて全くないのに、感覚以外のあらゆる情報は俺が人殺しだと声高々に主張するのだ。

「まあ、今日はこのぐらいにしとこうか。明日になれば、宇宙軍からも何か情報があるかもしれないしね。それじゃ、御苦労さま。また何か聞くべきことが出てきたら学校を通じて呼び出すことになるからよろしく」

「はい、それじゃ失礼します」

 軽くお辞儀をして部屋を後にする。

「あ、やっと出てきた。結構長いこと待ってたんだよ」

 九条が部屋の前の長椅子に腰かけていた。

「九条か。まあ、あれだ。無事でよかった。……大禅師はどうしたんだ?」

「ああ、大禅師君なら先に帰ったよ。撃墜されたことがよほどショックだったみたい。今頃、学校のシミュレータ室にでも籠ってるんじゃないかな」

 プライドの高い大禅師ならありえそうな話だ。でも何故九条はまだここに残っているのだろう。さっさと帰ればよかったのに。

「そういえば、なんで九条は残っていたんだ。何か俺に話でもあるのか?」

「えーと、話というか……まあ話と言えば確かに話なんだけど。なんていったらいいのかな。とにかく、早く帰りましょう。ここから学校まで随分と距離があるし、早くしないと寝る時間がなくなっちゃうよ」

 そう言われて腕につけられた時計を見ると、短い針が北北東の方角を指していた。確かにゆっくりしていたら、学校の寮に着く頃には朝になっているだろう。

「そうだな。それじゃ、さっさと帰るとするか」

「うん。でね、遅くなっちゃったから軍の人が車で送ってくれるって」

「それくらいして当たり前だ」

「ふふ、それもそうだね。それじゃ行こうか」

 俺と九条は休憩室で待っていた運転手が動かす車で学校へと向かう。

 先ほどは、話があると言っていたのに、車の中では、九条は下を向いて指先を弄っているだけで何も喋らなかった。運転手も特に何かを話す訳でもなく、車内は無言のまま暗い道を進み、やがて学校に到着した。

 運転手に礼を言ってから車を降りると、運転手は労いの言葉を言うとすぐに車を発進させた。俺と九条は車内と同じように無言で寮へと向かう。門から寮まではたいした距離がある訳ではない。すぐに寮の前に来てしまった。寮は男女別々に分かれているので、九条とはここでお別れだ。

「それじゃ、九条さん。また明日」

「あ、ちょっと待って!」

 男子寮に向かって歩き始めた俺の肩を掴んで大きな声でそう言うと、すぐに顔を真っ赤にして肩に触れた手を引っ込めた。

「あ、あの、ほら、話があるっていったでしょ。そんなに長い話じゃないから今反してもいいかな」

「……別にいいけど」

 本当は部屋に戻って寝てしまいたかったが、相手が話をしたいと言っているのに、それを断るというのも、なんだか後味が悪いような気がしたので、しぶしぶ了解する。

「私と東城君ってさ……ほら、昔から同じ学校だったでしょ。昔は私なんかよりも東城君の方が頭も良くて、運動もできて、それに何時だって誰にだって優しかった。困っている人がいたら何も言わなくても助けてあげてさ。あれは小学校三年生の時かな。東城君にとっては、たくさんの人の内の一人だったかもしれないけど、小学校に入って初めてのクラス替えで、新しいクラスに馴染めなくて、一人寂しく座っているだけの私に声をかけてくれて……あれがきっかけで新しい友達もできてさ……すごく嬉しかった」

「……覚えていないな。そんなこと」

 俺は冷たい声でそう言った。しかし俺の声など聞こえなかったかのように、九条は話し続ける。

「それからも東城君はなんでもできて、誰にでも優しくて……でも中学校に入った頃だったかな。誰にも気付かれないくらい、ゆっくり、さりげなく、少しずつ成績も落としていって、スポーツでも本当はもっと活躍できるのに手を抜いて目立たないようにして、困っている誰かを見かけても放っておいて……でも私は気付いていた。誰にも見られないように陰から誰かを助けていたのを。どうしてそんな風にするのか私には分からなかったけど、表面が変わっても中身は優しい東城君のままなんだなって」

「……」

 俺は何も言わない、答えない。だが、やっぱり九条はそんなことはお構いなしに喋り続ける。

「その陰から誰かを助けているっていうのも段々と分からなくなってきてさ。それで私、最近は、本当に東城君は変わっちゃたんじゃないかって、あの頃の東城君と今の東城君は別人なんじゃないかって思うようになっていた。でも、今日のことでそんなことはないんだって思った。東城君は今もきっと、誰にも見えない所で誰かの為に何かしてあげているんだって。今回はさ、あんなに派手な事件だったから、隠れながら誰かを助けるなんてとてもできる状態じゃなかった。だけど、東城君は学校の皆や私、それに大禅師君を助ける為に戦ってくれた。だからさ、お礼を言わなくちゃいけないと思っていたの。本当にありがとう。そんな東城君のこと……私は好きだよ」

「ぷ、ふふふ……はははは、はは」

 顔を真っ赤にする九条を見て、何故か知らないが、無性に笑いがこみあげてきた。

「ちょ、ちょっと! なんで笑うのよ!」

 頬を膨らませて九条はそう言った。

「はは、ごめん、ごめん。九条さんって、俺と話すときだけ違和感があるというか、他の人とは違う感じだから、てっきり嫌われているものだと思っていたからさ。俺って随分と的外れなことを考えていたんだって思うと、なんか笑えてきちゃって」

 なによそれ、と九条は呆れたような顔で笑う。

「だけど、ちょっと買いかぶりすぎだよ。俺なんかどこにでもいる普通の人間だ。九条さんが思っているような立派な人間じゃないよ。まあ、誰かに嫌われるっていうのは誰だって嫌だからね。そうじゃないと分かったほっとしたよ。それじゃあ、夜も遅いしまた明日、学校で」

「隙っていうのは、嫌いじゃないって意味じゃないんだけどな」

「え、何か言ったか?」

 九条が何か言っていたようだったが、あまりに声が小さかったのでよく聞こえなかった。

「ううん、なんでもない。じゃあ、また明日」

 そう言うと、九条は駆け足で女子寮へと向かった。俺も男子寮にある自分の部屋へと向かう。もう夜遅い。この時間じゃ共同風呂も閉まっている。朝に入るのは使用時間が短いために、夜と比べて人が多いから好きじゃないのだ。

 それに、この事件で随分と目立ってしまったし、クラスメイトにあれこれと質問攻めにあうのかと思うと、明日を迎えるのが嫌になる。といっても俺が敵機を倒したところは見られていない訳だし、防衛軍の兵士からは詳細は黙っておくように言われている。そうなると、どうせ注目されるのはあの二人だろう。

 ……しかし、こんな会話をしたのは久しぶりだ。九条の言うように、昔の俺はもっと積極的だった。困っている人を見たら放っておくことなんか出来なかったし、それは絶対的に良いことなのだと信じていた。だが、人生長く生きれば生きるほど、人の心とは複雑になるものだ。中学生になると、俺が善と信じてやまなかったものが、ある人によっては偽りや悪にも見えうることを知った。

 だが、俺は今日、また新しいことを知ったのだ。誰かにとっては悪に見えても、昔みたいに何も考えずに自分の気持ちのままに行動するのもいいものだと。そうすれば、中には分かってくれる人もいるのだと。

 ……まあいい、さっさとベッドに入って寝るとしよう。俺は速度をあげて、暗い廊下を歩き、自室へと向かった。


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