ツクヨミ
「ごめん、大禅師君。やっぱり私、一人で先に進むなんてことできなかった」
置いてきた護や大禅師のことが気がかりで引き返してきた凛に、首の下のコックピットを正確に撃ち抜かれ、アンドレイ・マレンコフは絶命した。その攻撃は、ツクヨミの持つ武装の一つ、超長距離狙撃銃によって行われた。レーダーにすら映らない距離からの狙撃に、大禅師をいたぶることに夢中だったアンドレイが反応することができなかったのは必然だろう。
「大禅師君、かなり酷くやられているみたい。早く助けてあげないと」
凛が狙撃銃を背負って大禅師の方に向けて進もうとしたその時。後ろから不気味な声が聞こえてきた。
「ご苦労だったね。私があの男を殺したりすれば、奴の仲間たちが黙っていないだろう。そういう意味では誰かに殺してもらいたいと常々思っていたのだが、いや、本当に殺してくれる人が現れるとはね。君には感謝しているよ」
凛が後ろを見ると、先ほどまでは何もなかったその空間に、大禅師が戦っていたイズミエナよりも更に数倍の巨大な機体がそこにいた。そして、気付いた時にはその機体の腕がツクヨミの上半身に巻きついていた。
「もっと話をしたいのだが、その前にその物騒なものを破壊しておくとしよう」
巻きついているのとは別の腕が更に四本伸びてきて、その先端から二本のビーム刃が発生する。その見た目はまるで蛇の顔のようだ。そして、その刃がツクヨミの両肩のビーム砲と、足のミサイルポッドを破壊する。ミサイルポッドを破壊されたことで内部のミサイルが爆発し、その衝撃でツクヨミの両足は消え去った。
「これでいい。突然現れて驚いただろう。この機体の名前はズミヤー・アハト。別の種類の古代語を組み合わせていてね。インテリジェンスな私に相応しいと思うだろう。意味は八つの蛇といった感じかな。その出力を抑えることで機体を背景と一体化させるステルス機能を備えているんだ。これは、あのアンドレイでさえ知らない機能だ。あの男も自分の機体に妙な物を取りつけていたようだし、文句は言えないよね。もっとも、彼はもう死んじゃったんだけど。しかし、残念だ。アンドレイを殺してくれたとはいえ、君のような反逆者はやっぱり放っておくことはできない。だから天国へと送ってあげよう」
「白馬皇子……貴方の思い通りになんてなるもんですか」
「皇子……? ああ、成程。君たちは二年前に千歳を連れて脱走した人達なのか。どこでこんな機甲兵を調達してきたのか分からないけど、多分千歳も一緒なんだろう。千歳を殺す訳にはいかないよな。あの予知能力は兵器の開発にも役に立つだろうからね。あの戦艦の中にいるのかな? 教えてくれるかい?」
「……」
「だんまりか。まさか機甲兵に乗っているなんてことはないだろうからね。あの戦艦は沈めないように攻撃するように命令しないと。ああ、君とのお喋りもこのぐらいにしておこうか。これから死にゆく人間には何を離しても大丈夫だからいいよね。誰にも言えない秘密を持つのってすごくストレスが溜まるんだよ」
「誰が貴方なんかに殺されるものですか!」
凛はそう叫ぶと、胸部のミサイルポッドを発射した。しかし、ズミヤー・アハトによって締め付けられているので、その蓋は開かない。ミサイルは内部で爆発した。胸部といえばコックピットもそのすぐ傍にある。動く火薬庫ともいえるツクヨミのコックピットは頑丈に作られてはいたが、それでもかなりの衝撃がコックピットに加わる。その衝撃で全周囲モニターの一部が割れ、床にぽろぽろと砕け散る。
「随分と無茶なことをするな。しかし、この程度ではズミヤー・アハトにダメージを与えることはできない」
巻きついていたその腕も、爆発が起きた胸付近にあった部分は弾け飛んだが、その壊れた部分だけが、ぽろりと外れると何もなかったかのように無事な部分が連結する。壊れた分、その腕は短くはなったが有効なダメージを与えたとは言い難い状況だった。
「このっ!」
「おっと、武器は使わせないよ」
凛がその肩にセットされたビームバズーカを手にしようとすると、ズミヤー・アハトの蛇顔をした腕の先端が開き、そこからビームが放たれた。そのビームはバズーカを貫き、中に詰め込まれていた粒子を噴出させる。一瞬、辺り一面が光りに包まれたが、それらの粒子は瞬時に視認できない程度に分散する。
「こんなところでやられる訳にはいかないっ!」
凛の思いに呼応するように、腰につけられたリングが月明かりに似た光を放つ。そして、そのリングに備え付けられた八つの勾玉状のビーム砲門は空間を自由に移動して白馬に攻撃をしかける。しかし、一つ一つの出力が小さなそれは、ズミヤー・アハトに決定的なダメージを与えることはできない。
「なんだ、これは。まあよい。その光っているリングが力の源なのだろう。それさえ壊してしまえば何の問題もない」
白馬はその腕の先端に生えたビーム状の牙でリングを引き裂いた。リングは光を失い、攻撃を続けていた勾玉状のビーム砲もその動きを止める。
「さて、これ以上おかしなことをされる前に止めを刺すかな」
『……助けて、護』
迫ってくるズミヤー・アハトの六本の腕を目の前にして、凛は胸の内でそう願った。