再戦
そして、遂に時間はやってきた。
「ワープアウト十行前。十、九、八、七、六、五、四、三、二、一……ワープアウト」
その掛け声と同時に格納庫内の機体が次々と発進していく。俺もそれに続いて宇宙空間へと飛び立つ。そして、麗華の作戦に従ってオープンチャンネルに設定して通信を開いた。千歳に麗華に言われた通りに話し始めるよう促す。
「えーと、私は千歳第一皇女です。皆に酷いことをした白馬皇子を許すことはできません。皆さん、私に力を貸してください! 繰り返します。わ、私は……」
千歳にしては上出来か。あとは、これを聞いてくれた人が一人でも俺たちの味方になってくれることを祈るのみだ。
しかし、そんな希望はすぐに打ち砕かれることになった。防衛軍もオープンチャンネルを使ってこの場にいる全員に通信を送ってきたのだ。
「防衛軍宇宙基地より伝える。既にお亡くなりになった千歳皇女の名を語る反逆者たちよ。それほどの規模の装備をどこで拵えたかは分からぬが、このような行為を断じて許す訳にはいかない。これより貴様らを殲滅する」
その警告と同時に、基地から発進したと思われる機甲兵が攻撃をしかけてきた。機体の見た目がレッド・ファイターに似ているが、その速度は過去に戦ったものよりも大きく向上している。
「え、私が死んでいるってどういうこと! ねえ、私の話を聞いてよ!」
千歳はまだ話し続けている。自分が死んでいるとされていることや、自分の話を全く聞いてもらえないことに困惑しながらも懸命にだ。
「千歳、もう無理だ」
しかし、その努力もこれ以上は意味がない……むしろ逆効果なくらいだろう。俺は通信を閉じた。チャンネルを機甲兵部隊の双方向通信へと切り替える。
「凛、大禅師。こちらの話を聞いてもらえない以上、戦うしかない。俺たちの機体スペックは他のものよりも抜き出ている。バトルノアの防衛はサバイバーに任せて、俺たちは先行して敵の頭を叩こう」
「そうね。それが被害を少なくする唯一の方法だもんね」
「そうと決まれば突っ込むぜ!」
敵の中枢を叩くべく、一気に加速をかける。本来ならこれほどの加速を行えば、かなりのGは体にかかるはずなのだが、不思議なことに全くGを感じない。どうやらこの機体にはそれを緩和する機能がついているようだ。あるいは推進システムが根本的に異なるのかもしれない。どうやって前に進んでいるのかもよく分からない機体だ。それがGを発生しない推進システムでもおかしくはない。
しかし、速度を上げすぎれば、逆に相手の攻撃を回避することは難しくなる。相手の攻撃がこちらに届くまでの時間が相対的に短くなる所為だ。だから、無理な速度の上昇はせずに、あくまで敵の攻撃に対応できる程度の速度を維持する。
そしてバトルノアとの通信圏内を出て、少し進んだ時だった。
「貴様ら、ここから先へは行かせんぞ!」
オープンチャンネルで堂々と呼びかけてくる聞き覚えのある声。
「……二人とも、先に行ってくれ。あいつを放置すれば、仲間が何機堕とされるか分からん」
「いいのか? 護は一度あいつに敗れている。なんなら俺が相手をしても……」
「いや、だからこそだ。一対一であいつを倒さなくちゃ、きっと俺は生き延びることができない」
「そんな! それなら猶のこと戦うべきじゃないよ。死ぬ可能性がある相手となんて……」
「九条、護だって男だ。なに、二度も同じ相手に負けるような男じゃないよ、護は」
「そういうこと、凛。だから先に行ってくれ。絶対に追いつくから」
「……分かった。絶対だよ」
アマテラスとツクヨミは先へと進んだ。
「反逆者ごときが、この私に一対一を挑むとはな。褒美としてその声ぐらいは覚えてやろう。チャンネルを四十四番に合わせるがよい」
こいつは下手な小細工をするような奴ではない。一度手合わせをしたからそれぐらいは分かる。俺は敵機の言うままにチャンネルを合わせた。
「随分と日本語が上手になったじゃないか……あの時の借りは返させてもらうぜ」
「借り? おかしな話だ。私とやりあって生きている者などいたかな? いや、待て。貴様まさか!」
「そのまさかさ。今度は負けないぜ」
「そうか、そういうことか。ということはあの二機のどちらかは私に屈辱を味あわせてくれた奴か。さっさと終わりにして始末するとしようか」
「さっさと終わらせるつもりなのは俺も同じだ。行くぞ!」
俺は腰に据えられた一種目の剣である二本のビーム剣を抜いた。
敵機は、大型のクローに鳥のような脚部。もう片方の腕の先はビーム砲のような形状をした装備に代わって入るし、起動力も大幅に上昇しているが、機体のコンセプトは前と変わっていないようだ。
「貴様の機体も新しいようだが、私の生まれ変わったブラック・クロウも前と同じとは思わない事だな!」
そう叫びながら敵機はそのクローをこちらに向けて突き出す。大丈夫、この距離ならば届かない。
「ダメ、護! 下がって!」
千歳が急に出した声に思わず言われた通りに後ろへと下がる。すると、届かないはずのクローが目前にまで迫っていた。関節の分かれた関節部が伸びたのだ。千歳の声がなければ危ないところだった。
「千歳、なんで今の攻撃をっ!」
「私にも分からない……でも見えたの。あの手が伸びる光景が」
見えた……少し先の未来が? 千歳の予知能力が関係しているのか? しかし、あれは夢を媒介にしてみるものじゃないのか。しかし、なんにせよ助かった。
「今の声……そちらの機体は二人の乗りか? 仲の良いことだ。まあいい、幸運は二度続かないことを教えてやる」
再び敵機がクローを突き出してこちらに向かってくる。俺はそれを横に避けると、すぐに反転して敵の胴体めがけてビーム剣を突き刺す。しかし、敵の反応速度は速い。敵機は俺の攻撃をすばやく回避する。
「それならば!」
俺は片方の剣を腰に戻すと、肩につけられた剣を空いたその手に握りしめた。六種ある内の二種目、ヤエガキだ。一見すると先ほどと同じ普通のビーム剣だが、柄と刃の間にある長さのある出力機にはある仕掛けが施されている。俺はそのヤエガキで再び敵を突いた。
「先ほどと同じ動き、当たるはずがないだろう!」
俺はヤエガキの仕掛けを作動させるスイッチを押した。出力機から前後左右にビーム上の刃が飛び出る。横に躱したことでがら空きとなった敵機の側面を攻撃する。
「なっ!」
しかし、敵機は腕をずらしてそれを避けた。やけに細い敵機の胴体にまでは刃は届かない。
「なかなかやるな。今度はこちらの番だ」
再びクローによる攻撃。伸び代があることは既に分かっている。俺は上に急加速してそれを回避し、上からの反撃を試みる。しかし、推進時には感じないはずのGをその体で感じたことで、俺が振り回されていることに気がつく。その軸となっているのは足だ。見ると、敵機の後ろから尻尾のように生えているアームがスサノオの足を掴んでいるのが見えた。
「捕まえたぞ。もう逃がさない!」
「……それはどうかな?」
使われたのは足。これは不幸中の幸いというべきだろう。俺は三種目の剣を起動させた。起動と同時に俺の足を掴んでいたアームの先が溶けてなくなる。クツナギ。機体の足の裏から飛び出るビームの刃だ。
「仲間がこの先で待っているからな。いい加減に終わりにさせてもらう」
ヤエガキを元の位置に戻し、次に手にしたのは四種目の剣であるクサナギだ。それを敵機の横に向けて発射する。
「ははは、どこに向かって撃っている! 全然違う方向ではないか」
敵の言うことはもっともだ。これがビーム砲ならの話だが。俺はクサナギを左から右へ一気に振り抜く。クサナギから発せられる光の線もそれに伴って横へと移動する。
「これほどの長さのビームサーベルだというのか!」
それも間違いである。これはスサノオの剣の内の一本ではあるが、その本質は剣ではない。敵機は俺がビーム砲かと思っていた装備から発したビームの刃でそれをガードする。刃がやけに細い。おそらく捉えた相手の急所を確実に突くためのものだろう。しかし、その性質を生かすことはもうない。勝負はこれで決まった。
クサナギとは即ち蛇行剣。そして、その実態は切断能力を持たない光の鞭である。クサナギが放つ光の線は、敵のビーム刃によって防がれた箇所を軸とした円状の軌跡を描きながら動き続ける。そしてその力によって敵機のビーム刃をも弾くと、敵機へと到達したそれは敵機を縛り上げてその腕の動きを封じる。
俺はクサナギの電源を入れたままにしてその場に浮かべると、二本のビーム剣を手にして敵機に接近する。そして動きをほぼ封じられている敵機に近づくと、その四肢と推進機を斬り落とし、相手に向かって言った。
「殺しはしない。俺の仲間も戦う力がないお前を攻撃したりはしないだろう。流れ弾が飛んできたりしなければ生き残れるはずだ」
「……同情のつもりか?」
「違う。ただ、俺の傍にいる人に、誰かが死ぬところを見せたくないだけだ」
「……そうか。まだ名乗っていなかったな。私はソフィア・ラズミーヒナだ。貴様の名前はなんだ?」
「東城護だ」
「覚えておこう。いずれ、この借りは返す。私を生かしておいたことを後悔させてやる」
「好きにすればいい」
俺は無力となったソフィアをそのままにして、先に行った凛と大禅師を追って先へと進んだ。
「……護、あれでよかったの? もしかして私が護の足を引っ張っているの?」
先ほどのソフィアとの会話が気になったのだろう。ずっと黙っていた千歳が訪ねてきた。
「そんなことはない。むしろ、千歳のおかげで俺はソフィアを殺さずにすんだ。一度は人を殺した身ではあるが、あれほど気分の悪くなるものはないさ」
誰も殺さずに済めばそれでいい。それは偽善かもしれない。俺が殺さずとも誰かが殺すかもしれないし、俺が見逃した相手が別の誰かを殺すかもしれないのだ。だけど、今はこれでいいと思った。