第1話:選んだのは、一番静かな笛でした。
「……ふわぁ、ここが『エテ・オーヴ』の世界か」
目の前に広がるのは、抜けるような青空と、風に揺れる始まりの街の草原。
VRヘッドセットを被った僕――コハクが降り立ったのは、最新技術を駆使したファンタジーのど真ん中だった。
周りのプレイヤーたちは「大剣で無双するんだ!」「攻撃魔法を極めるぞ!」と鼻息荒くギルドへと走っていく。けれど、僕の目的は違う。
(……とにかく、可愛い生き物と日向ぼっこがしたい)
ステータス画面を開く。選べる初期クラスの中に、不人気だと噂の『呼子』があった。
本来なら「召喚師」の下位互換。魔物の注意を引く(ヘイトを集める)ための、地味なサポート職だ。
「よし、これにしよう」
僕が手にした初期装備は、一本の古びた木笛。
他のプレイヤーが派手なエフェクトを振りまく中、僕は一人、街外れの静かな丘へと向かった。
岩場に腰を下ろし、そっと指を添える。
スキル【小さな呼び声】を発動させながら、適当に思いついたメロディを奏でてみた。
『ピロリ……ピポ、パ……』
お世辞にも上手いとは言えない。
けれど、その音色は風に乗って、キラキラとした光の粒子のように草原に溶けていった。
(誰も来ないかな。まあ、昼寝でもして――)
そう思った、その時。
『……キュイ?』
足元の草むらが、ガサガサと揺れた。
現れたのは、真っ白で、丸くて、耳が長い……。
「……え、待って。何これ。綿毛?」
そこには、バレーボールを二回りほど大きくしたような、極限まで膨らんだ「綿毛ウサギ」がいた。
つぶらな瞳でこちらを見上げると、僕の足元に「ぽふっ」と体当たりしてくる。
「っ……柔らかい……!」
あまりの弾力と毛並みの良さに、思わず抱き上げる。
すると、どこからともなく、さらに『プルプル』『ピヨピヨ』と音が聞こえ始めた。
気づけば、僕の周りは、見たこともないほどツヤツヤしたスライムや、産毛の生え揃った小鳥たちで埋め尽くされていたのだ。
「あれ……? 呼子って、こんなに集まってくるものなの?」
その時、僕の視界にシステムメッセージが流れた。
【特殊条件を達成しました:『精霊に愛されし旋律』が発動】
【伝説級召喚獣:『天界の綿毛』が懐きました】
「……伝説級? この、ただの綿毛が?」
僕が首を傾げると、腕の中のポムが満足そうに『ぷうっ』と鳴いて、僕の鼻先に柔らかな尻尾を押し当ててきた。
これが、後に「世界を癒やしで壊滅させた」と言われる伝説の召喚師・コハクの、あまりにもゆるすぎる第一歩だった。




